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ジェシル、ボディガードになる 78

2021年04月02日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルの足が止まる。図面から顔を上げると、目の前にドアがあった。
「ノラ、開けてちょうだい」
 ノラは言われるままに鍵を取り出してドアを開ける。中に入ると広い踊り場になっていて、上下に向かって階段が続いている。
「これで降りて行けば地下一階に行けるってわけね」
 ジェシルは階段を下りて行く。ノラはためらっていたが、ジェシルに続いた。
「……ジェシルさん、大丈夫なんでしょうか?」ノラの声は不安でいっぱいになっている。「……わたし、ここは初めてで……」
「あら、偶然ね。わたしも初めてよ」ジェシルは後ろを着いて来るノラに振り返って笑顔を見せる。「不安がっていても仕方がないわよ」
 ジェシルは言うと階段を下りて行き、姿が見えなくなった。
「……やっぱり、ジェシルさんって凄いや…… 恐れるものが何にも無いんだもん…… 尊敬しちゃう!」
 ノラは言うと、瞳をきらきらさせながらジェシルの後を追った。
 ノラが地下一階に着くと、ジェシルはドアのまで待っていた。
「さあ、行くわよ!」ジェシルは張り切っている。この状況を楽しんでいるようだ。「警備なら、全フロアの図面やら何やらが色々とあるでしょうからね」
「はい……」ノラは急に怖じ気図いてしまった。「でも、良く考えたら、ここはスタッフが来ちゃいけないフロアなんですよ」
「わたしはスタッフじゃないわ」
「着ている制服が、スタッフ用です……」
「そう? じゃあ、脱いじゃえば良いじゃない」ジェシルは言うと、エプロンを外した。「それなら、問題は無いでしょう?」
「ダメですよう!」ノラは慌てる。「下着姿でうろつくつもりなんですか! それこそ問題ですよう!」
「なるほど……」ジェシルは脱ぎかけた制服のシャツから手を離す。「じゃあ、別の手で行こうかな。……ノラ、ドアの鍵を開けてちょうだい」
「ここは入れないエリアですから、鍵が合うかどうか……」ノラは言いながら鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込む。ロック外れる音がした。「開いた……」
「そんなものよ」ジェシルは笑む。「じゃあ、ちょっと待っていてね」
 ジェシルはドアを少しだけ開けて警備フロアの様子を見ている。しばらくその状態だったが、すっとドアから出て行った。ドアが音も無く閉まった。ノラは、待っているようにと言われたので、ドアを開けることはしなかった。その代りにドアに耳を押し付け、様子を聞き取ろうとした。何かを叩くような音と呻き声のようなものとが聞こえた。
「何があったのかしら……」ノラはドアから離れた。イヤな予感しかしない。「まさか……」
 ドアが開いた。にこにこしているジェシルは、右手で気を失ってぐったりしている若い警備員の襟首をつかんで引き摺っていた。叩くような音は手刀か突きを警備員に食らわせたもので、呻き声は警備員が発したものだったのだ。
「ジェシルさん!」状況を理解したノラは思わず声を上げた。「何て事を!」
「しいぃぃぃっ……」ジェシルはノラの唇に、ぴんと伸ばした左に人差し指を当てた。「ノラはここに居て、この娘を見張っていて。すぐには起きないだろうけど」
 ジェシルは言うと、警備員の制服を脱がし始めた。こう言う事は慣れているのか、手早かった。続いて、ジェシルは自分の制服を脱ぐ。そして、警備員の制服を着た。髪の毛を制服の中に収める。
「う~ん…… ちょうど良さそうな娘だと思ったんだけど、やっぱり胸とお尻がきついわ……」ジェシルはからだを軽くひねりながら言う。腰に警棒やスタンガンを下げたベルトを付けた。「あら、結構重いのねぇ」
「ねえ、ジェシルさん……」ノラは不安そうな目でジェシルを見る。「ここで、待つんですか?」
「ちょっとの間よ」ジェシルは言いながら脱いだスタッフ用の制服を使って、これも手慣れた感じで警備員の手足を縛り上げた。エプロンで顔を覆い、頭の後ろで縛る。「こうやっておけば、ノラの姿はバレないでしょ? もし、動き出したら頭でも蹴っ飛ばしてやれば良いわ。そうすれば大人しくなるだろうから」
 ジェシルは言うと、さっと出て行った。
 ノラは、縛り上げられている警備員の隣に座り込んだ。
「……そんなぁ…… 蹴っ飛ばすなんて出来ないよぉ……」ノラは動かない警備員を見て溜め息をつく。「……ジェシルさん、早く戻って来てくださいよう……」
 と、警備員がもぞもぞと動き出した。
「きゃっ!」
 ノラは悲鳴を上げると、飛び上がるように立ち上がり、警備員の頭を蹴飛ばしてしまった。警備員は再び動かなくなった。
「……どうしよう。やっちゃったわ……」
 ノラは両手で自分の両頬を挟んでつぶやいた。
 そのような事があったとも知らず、ジェシルは平然と警備のフロアを歩いている。
「あの……」ジェシルはすれ違った警備員に声をかけた。「あの、指令室はどこでしょうか?」
「何だと?」聞かれた相手は振り返り、じろじろとジェシルを見る。痩せて少し齢の行った警備員だ。その眼光の鋭さから、ベテランであることが分かる。「お前、何を言っているんだ?」
「入ってまだ間が無くって……」ジェシルはわざとくねくねして見せる。「それに、わたしって覚えが悪いじゃないですか」
「そんな事は知らん!」ベテランは明らかにいらいらしている。「もっと、びしっと出来ないのか?」
「すみません……」ジェシルはわざとおろおろして見せる。「だから、教えてほしいんですよう。お願いしますぅ」
「まったく……」ベテランは舌打ちをする。「仕方がないわね。次の角を左に曲がれば分かるわ」
「わあ、ありがとうございますぅ!」
 ジェシルは出来そこないの敬礼をしてベテランに背を向ける。
「ふん!」ベテランは歩き去るジェシルの後ろ姿を見て鼻を鳴らす。「警備の質も落ちたものだ。最近は見てくれの良いのを採用するのかねぇ」
 ベテランは、べえと舌を出しているジェシルには気が付いていない。


つづく

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