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お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 「秘密のノート」9

2022年08月24日 | コーイチ物語 1 1) 黒皮表紙のノート 
 コーイチはノートを放り出した。
「うわあっ! うわあっ!! うわあっ!!!」
 悲鳴は続いた。
 コーイチが芯の先端が触れるか触れないかくらいにして書いた「吉田吉吉」が、ノートの紙の内側から滲み出すように湧いてきた水色のインクのようなもので縁取りされ始めたのだ。そして、誰がどう見ても「吉田吉吉」とはっきり読める水色の文字がノートに浮かび上がった。
「うわわわわ、死神が! 殺し屋が! 死神が! 殺し屋が!」
 コーイチは自分の頭を抱え、うわ言のように繰り返した。
 こんな事になるなんて考えもしなかった。これじゃ、ちょいと転ぶくらいとか、読み取りエラーになるとかなんて、のんきな事を言っていられないじゃないか。なんて事をしてしまったんだ。いや、ボクには責任はないぞ。そもそもこんなノートをカバンに入れた清水さんか林谷さんが悪い。
 しかも、見返しに〝みだりに人の名を記す事なかれ〟なんて書いてあったら、どうしても書いてみたくなるに決まっている。人の心理を手玉に取るなんて、なんと言う卑劣な人たちなんだ。
 でも、書いたのはボクだ…… 課長に何かあったらボクのせいだ…… 課長、ボクが必ず復讐してあげます。もし事故死なら清水さんを、他殺なら林谷さんを。課長、安心して成仏してください! ……うわああ、何を考えているんだ! 落ち着け! 落ち着くんだ!
 コーイチは気を静めようと、部屋の中をぐるぐるを歩き回った。何気なく開かれたままのノートを覗いた。
 おや……? コーイチの動きが止まった。
 先程まではっきりと書かれていた「吉田吉吉」が消え、その薄いクリーム色のページは白紙のままになっていた。
 消えているぞ。まさか死神にせよ殺し屋にせよ課長の名が転送されたので消されたんだろうか。でも、これだけのページがあるのに、最初のページしか使わないなんて理不尽だな……
 コーイチはノートを拾い上げ、ぱらぱらとページを繰ってみた。
 普通のノートと変わらないな。最初のページにしか書けないなんて感じには見えないな。じゃあ、さっきのは何だったんだろう。まるで手品だな。
 コーイチの脳裏に、ふと印旛沼陽一の顔が浮かんだ。

       つづく


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