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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 183

2020年11月13日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「ここじゃ」
 姫は前方に建つ、質素で飾り気のない横長な平屋を指差した。
「ここって……」コーイチはつぶやく。お城からもやや距離がある。……なるほど、ここは、ボクのような者の仮住まいってわけだな。コーイチは納得した。「……でも、ボク一人で住むには、大きいような……」
「何を言っておるのじゃ?」姫は不思議そうな顔でコーイチを見る。「ここは、わたくしの住まいぞ」
「え?」コーイチは驚いた。「……でも、姫様って…… 姫様って言うのは、お城に住んでいるもんじゃないんですか?」
「城はつまらん」姫は言うと城をにらむ。「皆、建前だけで動いておる。そんな中に居たら、息も出来ぬわ!」
 コーイチは姫の剣幕に驚きつつも、改めて目の前の平屋を見る。いくら何でも、姫が起居するような所とは思えない。
「だからって……」コーイチは姫を見る。「ちょっと……」
「何が、だからでちょっとなのじゃ?」姫は言う。「城なんかより、よっぽど良い」
 ……きっと、建てろ建てろと駄々をこねたんだろうな。あのお殿様じゃ、姫様の言う事を聞くしかないだろうから。コーイチは思った。
「姫様は、ここで御自ら、炊事も洗濯も掃除もなさいます」腰元の一人が言う。「わたし共がお手伝いをしようとすると叱られます」
「はぁ、そうなんですか……」コーイチは姫を見る。得意気になっているようには見えない。それから腰元に顔を向けた。「……じゃあ、あなた方も一緒に住んでいるんですか?」
「いえ、わたし共は、お城から通っておりまして……」
「この者たちは、日中、わたくしの相手をしてくれておるのじゃ。この気難しい姫のな」そう言うと姫は笑う。「二人とも損な役回りよな」
「姫様……」腰元たちは返事に困っている。「……決して、そのような事は……」
「ははは、まあ良い」姫は腰元たちの動揺を軽く流すと、コーイチを見る。「斯様なわけでな、ここで暮らすのじゃ」
「はあ、そうですか……」コーイチは答えてから、はっと気付く。「ちょっと待ってください。腰元さん方は(「腰元さんですって」腰元たちはくすくすと笑う)、お城から通っているんですよね?」
「そうじゃ」姫はうなずく。「そう申したろうが」
「……じゃあ、夜はどうなるんで?」
「埒も無い事を」姫は呆れた顔をする。「腰元は居らぬ」
「と言う事は……」
「うむ、わたくしとコーイチだけになるな」
「えっ!」コーイチは思わず一歩下がる。「そ、それって……」
「つまらぬ事を考えるな。寝所は別じゃ」姫は言う。コーイチはほっと息をつく。その様子を姫が意地悪そうな目で眺める。「……ただし、わたくしがコーイチを気に入れば、話は別じゃ……」
 コーイチはため息をついた。……姫様に嫌われたら、ボクの首が飛んでしまう。好かれてしまったら、内田家の婿にならなければならない。……ああ、逸子さん! ボクはどうしたら良いんだ! もう、タイムマシンなんか大嫌いだぁ!
「何をぶつぶつ言っておる?」姫はコーイチを見ながら言う。「さあ、中に入るのじゃ」
 姫は出入口の引き戸を開けた。中に入らず、じっとコーイチを見ている。先へ入れと促しているのだ。コーイチは諦めて素直に従った。
 入るとすぐが広い土間だった。かまどが三つある。小さいながらも井戸もある。いきなり台所になっているので、コーイチは驚いた。
「食わねば人は生きてはおれん」姫がコーイチの後ろから言う。「裏へ台所を作るなど愚の骨頂じゃ」
 続いて、姫は履き物を脱いで先に上がり、コーイチを見る。無言の指図を受け、コーイチも草履を脱いで上がり、姫の後に付いた。姫は満足そうだ。
「始めの部屋は食事をする所じゃ。次はわたくしの寛ぎの部屋。その隣は寝所。その先がコーイチの部屋で寝所も兼ねておる」姫は歩きながら、それぞれの部屋を示す。八畳間が壁で仕切られて並んでいる作りだ。「そして、ここ、一番奥が厠と風呂じゃ」
「それは、ご丁寧な説明で……」コーイチは言って頭を下げる。他に言い様がない。「じゃあ、ボクは自分の部屋へ……」
「コーイチ……」姫は不機嫌な顔をする。元々が不機嫌そうなな顔なので、不機嫌さに拍車がかかる。「お前、そうやって、誰にでも頭を下げるのは止した方が良いぞ」
「分かりました……」コーイチはそう答えて、思わず頭を下げそうになる。「……おっとっと……」
「そうじゃ、むやみに頭を下げぬ事じゃ」
「でも、どうしてです? 感謝のつもりなんですが……」
「わたくしの夫にでもなれば、内田の当主じゃ。当主が、無闇に頭を下げるものでは無い」
 姫は言うと、にこりと笑う。コーイチは慌てる。
「でもでもでも……」コーイチは必死だ。「まだ、ボクがそうなるとは決まっていないじゃないですか!」
「だがの、わたくしに嫌われると、お前の首が飛ぶのじゃぞ……」姫は意地悪そうな顔をする。「となれば、わたくしに好かれるようにならねばなるまい? わたくしに好かれれば、行く行くは内田の当主じゃ」
「でもでもでも……」コーイチはさらに必死になる。「どんなに頑張っても、姫様が『嫌いじゃ』の一言でおしまいじゃないですか!」
「そうならぬように努めれば良かろう?」姫はぐっと顔を寄せる。「それとも、もう諦めておるのかえ? となれば、これじゃな……」
 姫は殿様の真似をして、自分の首の後ろをとんとんと叩いて見せる。
「いや、そんなんことは……」コーイチの顔が青ざめる。「でも、ボクには逸子さんが……」
「逸子? 何者じゃ?」姫の目がきらりと光る。コーイチはあたふたする。「申してみよ。その逸子なる者はコーイチの何じゃ?」
「え…… あの…… その……」
 答えあぐねているコーイチを、姫は意地悪そうな目つきで見つめている。しばらくして、意を決して口を開こうとしたコーイチだったが、姫はそれをコーイチの目の前に手を広げて制した。
「ところでな、コーイチ」姫は手を下ろしながら言う。「お前、腹が減っておったよなぁ?」
「え?」気勢を削がれたコーイチだったが、姫の一言で、また腹の虫が大きく鳴いた。「……はい、お聞きの通りで……」
「ならば、食事の部屋で待っておれ」
 姫は言うと、コーイチに背を向けて行ってしまった。コーイチは仕方なく、言われた通りに、食事をする部屋へと向かった。畳の上に座って、ぼうっとしていると、ぐつぐっと煮炊きする音ともに、良いかおりが流れてきた。コーイチの腹がまた鳴った。
「ははは、やはり、からだは正直じゃのう」
 土間の方から姫の声がした。本当に自ら食事を作っているようだ。
 コーイチは思わず居住まいを正した。


つづく

 


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