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コーイチ物語 「秘密のノート」 87

2022年09月18日 | コーイチ物語 1 10) パーティ会場にて 京子と逸子  
「何でお前がここにいるんだ?」
 コーイチはニヤニヤしながら立っている名護瀬に言った。名護瀬はワインボトルから直接一口飲んで言った。
「今夜、西川新課長の就任パーティがあると、お前の会社から連絡が入った。色んな所のお偉いさんが来るってんで、役員クラスを中心に出席をしているんだが、宴会魔王のオレが出ないわけにはいかん! だから来た。つまりオレは客だ。お客様だぞ! ようこそいらっしゃいましたぐらい言えよ!」
「何言ってるんだ、どうせ無理矢理くっついて来たんだろう」
 やっぱり酒癖の悪さは相変わらずだ。ま、飲んでなくてもそんなに変わらないけれど…… コーイチは苦笑した。このいつでもどこでも同じ感じって言うのが、名護瀬の良い所だ。
「ところで、さっきここに『アイアイ』がいただろう? 『アイアイ』」
「え?」コーイチは腕を組んで考え込んだ。南の島の大きなお目々でしっぽの長いおサルさんなんていたかな。「そんなのいなかったぞ」
「バーカ!」
 名護瀬がコーイチの顔を覗き込んで叫んだ。これが出るとそこそこ出来上がっている証拠だ。
「『アイアイ』ってのはな、逸子ちゃん、印旛沼逸子ちゃんの頭文字だよ。今あちこちでブレイク中なんだよ。そんな事も知らないお前って、本当に人類かってんだ、ヴェークァ!」
「バーカ」から「ヴェークァ」になると、相当に出来上がった合図だ。しかし、慣れているコーイチは平気だった。むしろ面白がっていた。
「へぇー、逸子さんって有名なんだ」
「ヴ、ヴェ、ヴェークァ! お前、毎日べろ~んと生きているから何も知らんのだ。なのに、そんなお前が何で『アイアイ』と知り合いなんだよ! しかも、腕まで組みやがって…… オレはしっかり見てたんだからな!」
 名護瀬はおいおいと泣き出した。始まった、泣き上戸だ。
「逸子さんとは今日初めて会った。お父さんの印旛沼さんはボクと同じ課の大先輩だ。家でよくボクの話をするらしく、それでボクに好意を持ってくれたらしい」
「好意だとぉ……!」泣いた顔が急に怒りに燃えた顔になって、名護瀬が凄んでコーイチに肩をぶつけた。「好意だとおぉぉぉ! ……うらやましいなぁ……」
 またおいおいと泣き出した。ひとしきり泣くと、またグイッとワインを一口飲んで言った。
「もう一人いただろう。白いチャイナ服の『アイアイ』に負けないくらい可愛い娘。あれは誰だ? やっぱりモデルか?」
「あれか、あれは……」
 コーイチは答えに困った。自称「コーイチ君の幼なじみの京子」だが、全くの別人だし、魔女だし、ノートの持ち主だし……
 でも、よく考えてみたら、本名を聞いていないし、会った人全員に「京子」で通しているし、京子であっても別段困る事もなかった。むしろ、この娘は魔女で、変なノートの持ち主で、なんて説明しても「ヴェークァ」と言われるのがオチだろう。
 ならば……
「……あれは、ボクの幼なじみの京子さんだ」
「そうか、お前の幼なじみの京子ちゃん、『キョンちゃん』か」
「『キョンちゃん』ねぇ……」
 コーイチは名護瀬のセンスに呆れたような溜息をついた。
「京子さんは、逸子さんの雑誌のカメラマンにお願いされて、一緒に写真を撮るんだそうだ」
「じゃ、『キョンちゃん』のモデルデビューってわけだ!」
「そうなのかな?」
「そうに決まってるだろうが、ヴェークァ! ……でもよ、『アイアイ』に『キョンちゃん』なんて、お前『両天秤にバナナ』そのものじゃねぇか!」
 名護瀬は言ってカラカラと笑い出し、肘でコーイチを小突いた。泣き上戸の次は笑い上戸か。ま、いつものパターンだな。
「な、『キョンちゃん』はお前にやる。だから、『アイアイ』はオレにくれ!」
「勝手な事言うなよ。でも、すぐ戻って来ると言ってたから、待ってたら会えるし話せるぜ」
「ヴ、ヴェ、ヴェークァ! 恥ずかしいじゃねぇか!」
 名護瀬がさらに赤くなった。変な所で純情なんだよな。コーイチは笑顔になった。
「おい、コーイチ」
 上から目線風な声がかけられた。見ると、岡島が気取った手つきで黒ビールの注がれたグラスを持って立っていた。
「あの白いチャイナ服の娘、あれは一体何者なんだ?」
 そうか、岡島は散々ひどい目に合わされているんだものな。でも、相手がいなくなってから偉そうに出て来るなんて、相変わらずな性格だよな。
「なんでぇ、お前は? 『キョンちゃん』に文句があんのかよ、この、ヴェークァ! ここ食ったろか、あぁ?」
 名護瀬がいきなり岡島の頭に食い付こうとした。驚いた岡島はよろけてグラスを持ったまま、ドシンと尻餅をついてしまった。こぼれた黒ビールが岡島のスーツに跳ねた。
「何て事をするんだ、君は!」
「うるせぇ! ザマァねぇな、おい!」
 泣き上戸、笑い上戸、そして、いつものパターンで行くと、最後は怒り上戸だ。しかも、相手はよりによって岡島だ。
 コーイチは続く展開を予想して、ため息をついた。

       つづく

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