何処かで虫が鳴いてはいるものの、まだ夜は寒くはなかった。さとみと百合恵は並んで歩いている。
「百合恵さん……」さとみは立ち止まり、横の百合恵を見上げる。「うちの親をどうやって説得したんですか?」
「あら、気になる?」百合恵はさとみに笑顔を向ける。「さとみちゃん、ご両親の趣味って知っているかしら?」
「え? 趣味?」さとみはおでこをぴしゃぴしゃと叩き始めた。「う~ん、趣味かぁ…… お母さんは海外ドラマにはまっているし、お父さんはラノベにはまっているし……」
「ふふふ…… さとみちゃんって、ご両親の事、よく見ているのねぇ」百合恵は言うと、さとみを抱きしめた。「偉いわね。……でも、違うわ。お二人には共通の趣味があるのよ」
「……それは知りません……」百合恵の着ているジャンプスーツの前ファスナーが少し開いていて、そこから豊かな胸が見えている。呼吸を確保するために横を向いたさとみの頬に胸が直接当たっている。さとみは思わずぽうってなってしまう。「両親に、共通の趣味なんて……」
「さとみちゃんでも知らない事があるのね」百合恵はさらにさとみを抱きしめる。百合恵の胸がさとみの頬に強く押し付けられた。さとみはますますぽうっとなる。「それはねぇ、ゲームなのよ」
「ゲーム……?」ぽうっとしたままでさとみがつぶやく。「ゲーム?」
「そうよ。最新作のRPGゲームをプレゼントするって言ったら、ご両親ともすぐに了解してくれたわ」
「どうして、そんな事を知っているんですか?」
「ほら、わたしって、会っただけで相手の事が分かるじゃない?」
「それで……」
「そうよ。……でも、ゲームがお好きだなんて、かわいらしいご両親ね」
「はぁ……」
さとみは内心呆れている。二人並んでゲームをしている姿が浮かぶ。「そこは攻撃よ!」「いいや、ここは魔法で回復が先だ!」「その前にやられちゃうわ!」「いいや、こっちの方が素早さは上だった」「ふん! 全滅したって知らないわ!」「いいや、全滅はしない。攻撃した方が全滅しちまうよ!」……こんな喧嘩腰の会話をしながらゲームをやるんだろうなぁ。さとみはうんざりする。
「ふふふ……」百合恵はさとみを放した。「さとみちゃん、喧嘩するほど仲が良いって言葉、聞いた事があるでしょ? さとみちゃんのご両親がそれよ。だから、うんざりしない事ね」
「は~い……」
さとみは答える。……百合恵さんがそう言うんだから、良しとしよう。さとみはうなずく。
「車で行きましょう。その角を曲がった所に停めてあるわ」
百合恵は言って先を歩む。さとみはとことこと後を追う。
角を曲がると、大きな黒塗りのスポーツカーが停まっているのが見えた。車の所に柄の悪そうな若い男が三人たむろしていた。
「あら、わたしの車に何か御用?」
百合恵が男たちに言う。
「これ、お姉さんの?」
男の一人が訊く。
「そうよ。これから出すから、どいてちょうだい」
「お姉さん、ちょっとオレたちも乗せてくれない?」
「う~ん……」百合恵は腕組みをし、男たちを見る。「ダメだわ」
「良いじゃねぇかよう」別の大柄な男がそう言いながら百合恵に迫る。「こんな良い車、女にゃ、似合わねぇよ」
「そう思うぜ」三人目が言いながらうなずく。「痛い目見る前にキーを寄越しな」
「そう…… じゃあ、取りにおいで」
百合恵は言うと腰のポケットからキーを取り出して振って見せた。三人はにやにやしながら百合恵に近付く。……あ、やられる! さとみが思った次の瞬間には、三人とも倒れて気を失っていた。百合恵の蹴りと突き肘撃ちとが決まったのだ。三人とも、ぴくりともしない。
「……百合恵さん、相変わらず強いんですね」
「あら、驚かないの?」
「何だか、慣れちゃったみたいです……」
「あらまあ……」
百合恵はくすりと笑った。
さとみは車には全く疎いが、これは日本製ではない事は分かった。左ハンドルだったからだ。
「本当はバイクが好きなんだけど、さとみちゃん、乗り慣れていないだろうから、車にしたのよ」
「そうですね。わたし、バイクって乗ったことがないです」
「じゃあ、ちょうど良かったわね。……さあ、乗って」百合恵が手にしたキーを操作すると、ドアが真上に上がって開いた。さとみは物珍しそうにドアの動きを見ている。「これってね、シザーズドアって言うのよ」
「そうなんですか…… これだと、狭い所でも乗り降りできますね。でも、天井の低い所だと大変かも……」
「ふふふ、さとみちゃんて面白い事を言うのねぇ」
二人を乗せた車は、迫力あるエキゾーストノイズを響かせて、滑るように走って行った。
つづく
「百合恵さん……」さとみは立ち止まり、横の百合恵を見上げる。「うちの親をどうやって説得したんですか?」
「あら、気になる?」百合恵はさとみに笑顔を向ける。「さとみちゃん、ご両親の趣味って知っているかしら?」
「え? 趣味?」さとみはおでこをぴしゃぴしゃと叩き始めた。「う~ん、趣味かぁ…… お母さんは海外ドラマにはまっているし、お父さんはラノベにはまっているし……」
「ふふふ…… さとみちゃんって、ご両親の事、よく見ているのねぇ」百合恵は言うと、さとみを抱きしめた。「偉いわね。……でも、違うわ。お二人には共通の趣味があるのよ」
「……それは知りません……」百合恵の着ているジャンプスーツの前ファスナーが少し開いていて、そこから豊かな胸が見えている。呼吸を確保するために横を向いたさとみの頬に胸が直接当たっている。さとみは思わずぽうってなってしまう。「両親に、共通の趣味なんて……」
「さとみちゃんでも知らない事があるのね」百合恵はさらにさとみを抱きしめる。百合恵の胸がさとみの頬に強く押し付けられた。さとみはますますぽうっとなる。「それはねぇ、ゲームなのよ」
「ゲーム……?」ぽうっとしたままでさとみがつぶやく。「ゲーム?」
「そうよ。最新作のRPGゲームをプレゼントするって言ったら、ご両親ともすぐに了解してくれたわ」
「どうして、そんな事を知っているんですか?」
「ほら、わたしって、会っただけで相手の事が分かるじゃない?」
「それで……」
「そうよ。……でも、ゲームがお好きだなんて、かわいらしいご両親ね」
「はぁ……」
さとみは内心呆れている。二人並んでゲームをしている姿が浮かぶ。「そこは攻撃よ!」「いいや、ここは魔法で回復が先だ!」「その前にやられちゃうわ!」「いいや、こっちの方が素早さは上だった」「ふん! 全滅したって知らないわ!」「いいや、全滅はしない。攻撃した方が全滅しちまうよ!」……こんな喧嘩腰の会話をしながらゲームをやるんだろうなぁ。さとみはうんざりする。
「ふふふ……」百合恵はさとみを放した。「さとみちゃん、喧嘩するほど仲が良いって言葉、聞いた事があるでしょ? さとみちゃんのご両親がそれよ。だから、うんざりしない事ね」
「は~い……」
さとみは答える。……百合恵さんがそう言うんだから、良しとしよう。さとみはうなずく。
「車で行きましょう。その角を曲がった所に停めてあるわ」
百合恵は言って先を歩む。さとみはとことこと後を追う。
角を曲がると、大きな黒塗りのスポーツカーが停まっているのが見えた。車の所に柄の悪そうな若い男が三人たむろしていた。
「あら、わたしの車に何か御用?」
百合恵が男たちに言う。
「これ、お姉さんの?」
男の一人が訊く。
「そうよ。これから出すから、どいてちょうだい」
「お姉さん、ちょっとオレたちも乗せてくれない?」
「う~ん……」百合恵は腕組みをし、男たちを見る。「ダメだわ」
「良いじゃねぇかよう」別の大柄な男がそう言いながら百合恵に迫る。「こんな良い車、女にゃ、似合わねぇよ」
「そう思うぜ」三人目が言いながらうなずく。「痛い目見る前にキーを寄越しな」
「そう…… じゃあ、取りにおいで」
百合恵は言うと腰のポケットからキーを取り出して振って見せた。三人はにやにやしながら百合恵に近付く。……あ、やられる! さとみが思った次の瞬間には、三人とも倒れて気を失っていた。百合恵の蹴りと突き肘撃ちとが決まったのだ。三人とも、ぴくりともしない。
「……百合恵さん、相変わらず強いんですね」
「あら、驚かないの?」
「何だか、慣れちゃったみたいです……」
「あらまあ……」
百合恵はくすりと笑った。
さとみは車には全く疎いが、これは日本製ではない事は分かった。左ハンドルだったからだ。
「本当はバイクが好きなんだけど、さとみちゃん、乗り慣れていないだろうから、車にしたのよ」
「そうですね。わたし、バイクって乗ったことがないです」
「じゃあ、ちょうど良かったわね。……さあ、乗って」百合恵が手にしたキーを操作すると、ドアが真上に上がって開いた。さとみは物珍しそうにドアの動きを見ている。「これってね、シザーズドアって言うのよ」
「そうなんですか…… これだと、狭い所でも乗り降りできますね。でも、天井の低い所だと大変かも……」
「ふふふ、さとみちゃんて面白い事を言うのねぇ」
二人を乗せた車は、迫力あるエキゾーストノイズを響かせて、滑るように走って行った。
つづく
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