ジャンセンと彼女はじっと見つめ合っている。民たちはそんな二人を息を殺して交互に見据えている。
「……ジャン……」ジェシルはジャンセンの腕を突つき、小声で訊く。「どうしたのよ? ……まさか、知り合いとか……?」
ジャンセンは無言のままジェシルに振り返る。ジャンセンの目を驚きのせいか、大きく見開かれている。
ジェシルはデスゴンだった彼女を見る。整った顔立ちをした若い女性だ。やや褐色の肌に黒い瞳と黒い眉が大人な感じを表わしている。その反面、ぷっくりとした赤い唇が少女の様な愛らしさを見せていた。黒い瞳はジャンセン同様に大きく見開かれている。
「ジャン! 黙っていたら分からないわよう!」ジェシルは苛立たしそうに言う。「驚くのはもう良いから、彼女は一体誰なの?」
「……ジャンセン」かすれた声が彼女から発せられた。「ジャンセン・トルーダ……」
彼女はジャンセンのフルネームを口にすると、両手を地に着けて疲れ切ったように頭を垂れた。ジャンセンはその場にしゃがみ込んで彼女の両肩を支えた。
「マーベラ…… マーベラ・トワットソン!」ジャンセンは言う。マーベラはゆるゆると顔を上げ、精一杯の笑みを浮かべた。ジャンセンも優しい笑みを浮かべる。「そうか、マーベラ! 君だったのかあ!」
ジャンセンは言うと、マーベラを抱きしめた。マーベラもゆっくりとジャンセンの背中に両腕を回す。
「何、何、何なのよう!」ジェシルは突然の展開に戸惑ってた。「ジャン、どう言う事か、説明しなさいよう!」
ジェシルは戸惑っていたが、それ以上に、ジャンセンの行動が癪にさわった。……何よ! 抱きしめちゃってさ! しかも、あんな優しい顔までして! わたしには一度だって見せた事が無いじゃない!
「浮かんでいる姿を見て、ひょっとして君なんじゃないかって一瞬思ったんだけどさ……」ジャンセンにはジェシルの声が届いていないようだ。抱きしめたままマーベルの顔を見下ろしている。「マーベラ。君の髪色は特別だからなあ!」
「……ジャンセン」マーベラは恥かしそうな笑みを浮かべる。「わたしの赤い髪を褒めてくれたのはあなただけだった……」
「そうなんだ」ジャンセンは驚いた顔をする。「とにかく、どこからでもすぐに分かるからね。君を捜すのには便利だった」
「相変わらずね……」マーベラは抗議をするように、ちょっと目を細める。「……もう大丈夫よ」
マーベラはジャンセンの背中に回した腕を離し、ゆっくりと立ち上がった。ジャンセンも一緒に立ち上がる。しかし、マーベラはすぐにふらついて、右手で自分の顔を覆った。
「どうしたんだい?」ジャンセンが心配そうに声をかける。「無理はしない事だよ」
「……ありがとう」マーベラは顔から手を放して一瞬ジェシルを睨み付けた。それから、笑顔をジャンセンに向ける。「ちょっと痛みが残っているみたいだわ……」
「そうなんだ」ジャンセンはうなずき、ちらっと目だけでジェシルを見る。「ジェシルがアーロンテイシアの闘神モードとシンクロしちゃったからなぁ」
「ちょっとぉ!」ジェシルがジャンセンの肩をつかみ、自分の方へと向かせた。睨み付けてきたマーベラも気に入らない。「まるでわたしが悪いみたいじゃない! 先に仕掛けてきたのはデスゴンの方、このマーベラの方だったのに!」
「でも、君はやり過ぎだったと思う」ジャンセンは怒るジェシルに平然と答える。「マーベラに何かあったら、歴史も変わってしまう所だ」
「何よ、さっきからマーベラ、マーベラって! いったいどこの誰なのよ!」
「え? ……ああ、そうか」ジャンセンは今気がついたと言う顔をする。「ジェシルは知らないんだよな……」
「そうよ!」
ジェシルはぷりぷりして、マーベラを睨む。マーベラも負けじと睨み返した。
つづく
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