地震だ! 激しく揺れている。そればかりではない。何かが自分の上に落ちてきている! うわあ! どうしたのよう! どうして地震なんか起こるのよう!
「……み!」意味不明な言葉を発する禍々しくて不気味な声がする。「……み!」
からだが押さえつけられているようだ。身動きが出来ない。そのくせ、激しく揺れている。絶体絶命だわ! ようし、こうなったら力づくで……
「うわあああっ!」
さとみは叫んで上半身を起き上がらせた。ぼんやりしている眼を大きく見開く。そこには呆れた顔をして立っている母親がいた。
「……何? 何があったの?」さとみは言いながらきょろきょろする。「何でお母さんがここに居るの?」
「何て声を上げてんの、あんたって娘は! せっかく起こしに来てあげたのに!」母親はぷりぷりと怒っている。「揺すっても叩いてもびくともしないから、力付くでベッドから引きはがそうとしたら、叫び声を上げちゃって!」
「え? ……地震じゃなかったの?」
「馬鹿な事を言ってないで、とっとと起きなさい。今日は早く学校へ行くんでしょ?」
「え? ああ、そうだった……」さとみは机の目覚まし時計を見る。六時を回っている。「うわっ! 寝過ごしちゃった! 鳴らなかったのかなぁ?」
「ちっとも止めようとしないから、こうして来たんじゃないの」母親はうんざりした顔をする。「目覚まし時計、買ってから一度も役に立った事ないわねぇ」
「そんな事無いわよう!」
「良いから、とっとと着替えて行きなさい。みんなに迷惑かけちゃうわよ。それと……」母親は机の上に海苔で包んだおにぎりが一つ乗った小皿を置いた。「ちゃんと食べるのよ」
母親は部屋を出て行った。ぷっと頬を膨らませるさとみだったが、おにぎりを見てにへらと笑む。大慌てで着替え、おにぎりを片手に家を出た。
「うわっ、梅干し!」ぱくついたおにぎりの中身にさとみは酸っぱい顔をする。「おかげで目が覚めちゃった……」
さとみはおにぎりをぱくつきながら歩いた。最後の一口を食べ終わり、角を曲がると、百合恵が立っていた。
「あら、さとみちゃん」
百合恵は笑顔でさとみに手を振る。百合恵は大きなサングラスにつばの広い帽子をかぶっている。淡いピンク色のスーツの上下に、フリルの付いた白シャツを着込み、、白いハイヒールを履いていた。どこかの女社長と言った姿だ。
「百合恵さん!」さとみは百合恵に駈け寄る。百合恵は両手を広げてさとみを迎えようと構えるが、さとみは百合恵の直前で止まって頭を下げた。「おはようございます! ……それにしても、何と言うか、ゴージャズな感じですね」
「ふふふ…… 朝日が眩しくてね。それと日光対策って感じかな。……それにしても、相変わらずねぇ、さとみちゃんは」
「え?」
「わたしがこうして両手を広げているのよ? わたしの胸に飛び込んでくるのが普通じゃない?」
「そ、そんな……」さとみは赤くなる。「こんな朝っぱらから、出来ませんよう」
「じゃあ、夜ならできるのかしら?」
「もうっ! 百合恵さんなんか知らない!」
さとみはぷっと頬を膨らませる。その様子を見て百合恵は笑う。
「ふふふ、その顔が見たかったのよ。さとみちゃんのその顔、かわいいから」
「もうっ!」
さとみはさらに赤くなる。百合恵は広げた両手をぽんと打ち叩いた。
「さてっと……」百合恵は真顔になる。「話は豆蔵や虎之助から聞いたわ」
「竜二じゃなかったんですか?」
「竜二はなんだか興奮しちゃっていてね、何を言っているのか良く分からなかったわ」百合恵が思い出し笑いをする。「一つ一つ、虎之助が訂正を入れてね。すっかり拗ねちゃった竜二が虎之助に丸投げしたのよ。そうしたら、虎之助の説明が上手くって。まあ、虎之助本人も大変な目に遭ったと言っていたから、余計に詳しかったわね。それで話は分かったのよ」
「やっぱり、竜二ってそんな感じなんだ……」さとみは呆れた顔をする。「なんだかなぁ……」
「でもね、竜二はミツルって言う男女……竜二がそう呼んでいたけど……には相当腹を立てていたわ」百合恵がまた思い出し笑いをする。「正義感だけはあるのよね、他は色々と足りないけど」
「豆蔵が全責任は自分にあるって言っていました」さとみは豆蔵の辛そうな顔を思い出す。「とっても悔やんでいるようでした」
「そうね。わたしの前でもそうだったわ。でも、豆蔵には、みつさんをさらわれたのが一番辛いでしょうね」
「そうですね。あの二人仲が良さそうですもんね」
「あら、さとみちゃんもそんな事に気がつくようになったんだ」
「わたしだって、いつまでもお子ちゃまじゃないですよう!」
さとみはぷっと頬を膨らませかけて、やめた。百合恵がまた変な事を言い出すと思ったからだ。しかし、百合恵は真顔だった。
「……今回の学校絡みの一連の出来事、かなり手強いわね。あの黒い影が裏で糸を引いているようだわ」
「わたしもそう思います。ミツルって人も怖いですけど、あの影の方がもっと怖い……」さとみは学校の方を向いて言う。「でも、今はみつさんを助けなきゃ!」
「そうね。それはわたしも同じだわ」百合恵はうなずく。「それにね、今回の事は、みつさんの貞操の危機でもあるのよ」
「ていそう……?」さとみはきょとんとする。「何の事ですか?」
「あら、『お子ちゃま少女 さとみ』は卒業したんじゃなかったの? ……まあ、いいわ」百合恵は苦笑する。「とにかくみつさんを助けましょう! さあ、車に乗って。わたしも学校へ行くわ」
「はい」
百合恵は角に停めてある車にさとみと共に乗り込み発進させる。まだ静かな空気をエンジン音が激しく揺らした。
つづく
「……み!」意味不明な言葉を発する禍々しくて不気味な声がする。「……み!」
からだが押さえつけられているようだ。身動きが出来ない。そのくせ、激しく揺れている。絶体絶命だわ! ようし、こうなったら力づくで……
「うわあああっ!」
さとみは叫んで上半身を起き上がらせた。ぼんやりしている眼を大きく見開く。そこには呆れた顔をして立っている母親がいた。
「……何? 何があったの?」さとみは言いながらきょろきょろする。「何でお母さんがここに居るの?」
「何て声を上げてんの、あんたって娘は! せっかく起こしに来てあげたのに!」母親はぷりぷりと怒っている。「揺すっても叩いてもびくともしないから、力付くでベッドから引きはがそうとしたら、叫び声を上げちゃって!」
「え? ……地震じゃなかったの?」
「馬鹿な事を言ってないで、とっとと起きなさい。今日は早く学校へ行くんでしょ?」
「え? ああ、そうだった……」さとみは机の目覚まし時計を見る。六時を回っている。「うわっ! 寝過ごしちゃった! 鳴らなかったのかなぁ?」
「ちっとも止めようとしないから、こうして来たんじゃないの」母親はうんざりした顔をする。「目覚まし時計、買ってから一度も役に立った事ないわねぇ」
「そんな事無いわよう!」
「良いから、とっとと着替えて行きなさい。みんなに迷惑かけちゃうわよ。それと……」母親は机の上に海苔で包んだおにぎりが一つ乗った小皿を置いた。「ちゃんと食べるのよ」
母親は部屋を出て行った。ぷっと頬を膨らませるさとみだったが、おにぎりを見てにへらと笑む。大慌てで着替え、おにぎりを片手に家を出た。
「うわっ、梅干し!」ぱくついたおにぎりの中身にさとみは酸っぱい顔をする。「おかげで目が覚めちゃった……」
さとみはおにぎりをぱくつきながら歩いた。最後の一口を食べ終わり、角を曲がると、百合恵が立っていた。
「あら、さとみちゃん」
百合恵は笑顔でさとみに手を振る。百合恵は大きなサングラスにつばの広い帽子をかぶっている。淡いピンク色のスーツの上下に、フリルの付いた白シャツを着込み、、白いハイヒールを履いていた。どこかの女社長と言った姿だ。
「百合恵さん!」さとみは百合恵に駈け寄る。百合恵は両手を広げてさとみを迎えようと構えるが、さとみは百合恵の直前で止まって頭を下げた。「おはようございます! ……それにしても、何と言うか、ゴージャズな感じですね」
「ふふふ…… 朝日が眩しくてね。それと日光対策って感じかな。……それにしても、相変わらずねぇ、さとみちゃんは」
「え?」
「わたしがこうして両手を広げているのよ? わたしの胸に飛び込んでくるのが普通じゃない?」
「そ、そんな……」さとみは赤くなる。「こんな朝っぱらから、出来ませんよう」
「じゃあ、夜ならできるのかしら?」
「もうっ! 百合恵さんなんか知らない!」
さとみはぷっと頬を膨らませる。その様子を見て百合恵は笑う。
「ふふふ、その顔が見たかったのよ。さとみちゃんのその顔、かわいいから」
「もうっ!」
さとみはさらに赤くなる。百合恵は広げた両手をぽんと打ち叩いた。
「さてっと……」百合恵は真顔になる。「話は豆蔵や虎之助から聞いたわ」
「竜二じゃなかったんですか?」
「竜二はなんだか興奮しちゃっていてね、何を言っているのか良く分からなかったわ」百合恵が思い出し笑いをする。「一つ一つ、虎之助が訂正を入れてね。すっかり拗ねちゃった竜二が虎之助に丸投げしたのよ。そうしたら、虎之助の説明が上手くって。まあ、虎之助本人も大変な目に遭ったと言っていたから、余計に詳しかったわね。それで話は分かったのよ」
「やっぱり、竜二ってそんな感じなんだ……」さとみは呆れた顔をする。「なんだかなぁ……」
「でもね、竜二はミツルって言う男女……竜二がそう呼んでいたけど……には相当腹を立てていたわ」百合恵がまた思い出し笑いをする。「正義感だけはあるのよね、他は色々と足りないけど」
「豆蔵が全責任は自分にあるって言っていました」さとみは豆蔵の辛そうな顔を思い出す。「とっても悔やんでいるようでした」
「そうね。わたしの前でもそうだったわ。でも、豆蔵には、みつさんをさらわれたのが一番辛いでしょうね」
「そうですね。あの二人仲が良さそうですもんね」
「あら、さとみちゃんもそんな事に気がつくようになったんだ」
「わたしだって、いつまでもお子ちゃまじゃないですよう!」
さとみはぷっと頬を膨らませかけて、やめた。百合恵がまた変な事を言い出すと思ったからだ。しかし、百合恵は真顔だった。
「……今回の学校絡みの一連の出来事、かなり手強いわね。あの黒い影が裏で糸を引いているようだわ」
「わたしもそう思います。ミツルって人も怖いですけど、あの影の方がもっと怖い……」さとみは学校の方を向いて言う。「でも、今はみつさんを助けなきゃ!」
「そうね。それはわたしも同じだわ」百合恵はうなずく。「それにね、今回の事は、みつさんの貞操の危機でもあるのよ」
「ていそう……?」さとみはきょとんとする。「何の事ですか?」
「あら、『お子ちゃま少女 さとみ』は卒業したんじゃなかったの? ……まあ、いいわ」百合恵は苦笑する。「とにかくみつさんを助けましょう! さあ、車に乗って。わたしも学校へ行くわ」
「はい」
百合恵は角に停めてある車にさとみと共に乗り込み発進させる。まだ静かな空気をエンジン音が激しく揺らした。
つづく
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