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ジェシル、ボディガードになる 79

2021年04月04日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 ジェシルは言われた通りに進み、指令室のドアを見つけた。
「さあて……」ジェシルはつぶやく。「『姫様』たちの居所ね……」
 ジェシルがドアの前に立つと、自動で開いた。それほど広い部屋ではなく、五人の中年の女性が横一列になって、正面の壁にはめ込まれているスクリーンに向かって座っていた。各自の前には操作パネルの付いたデスクが置かれている。スクリーンは幾つにも分割されていて、各エリアの様子をリアルタイムで映し出している。それらを分担して監視しながら、巡回中の警備員に指令を出している、警備の要の部署だった。
 からだよりも頭を使う仕事のようで、五人は特に訓練を施されたようには見えない体格をしている。しかし、制服はデザインが違っていた。いかにも特別と言った感がありありとしていた。ジェシルは眉をひそめる。
「何事です?」ジェシルに気が付いた一人が立ち上がって言う。声ががらがらでひどく痩せた女性だった。「ここは一般の警備員の立ち入りは制限されています。出て行きなさい」  
「そんなに怒らないでくださいよぉ」ジェシルは、上からの物言いに内心むっとしながらも、わざとらしい笑顔を浮かべて言った。「ちょっと欲しいものがあるんですよぉ」
「今すぐ出て行きなさい。さもないと、特殊警備員を呼びますよ」
「すぐに出て行くから、話だけでも聞いてよぉ」
「……主任、いかがいたしましょう?」
 立ち上がっていた女性が中央に座っていた女性に声をかけた。やや恰幅の良いその女性が主任のようだ。
「特殊警備員を呼びなさい」
 主任はジェシルに振り返る事もせずに言った。
「かしこまりました」立っていた女性が卓上のマイクに身を屈めた。「こちら指令……」
 皆まで言う事は無かった。ジェシルが素早く動き、五人の首筋に手刀を打ち込んだからだ。
「あらあら……」椅子の上でぐったりとしている五人を見てジェシルは笑む。「現場で鍛え直さなくちゃ、ダメそうねぇ」
 ジェシルはデスクにうつ伏せている主任を床に転がすと、操作パネルを確認する。
「何よ、これ? 旧式の簡単なヤツだわ」ジェシルは言うと両手を組んでぽきぽきと指を鳴らした。「ジョウンズのヤツ、警備にはお金をかけていないわねぇ。自分の体力に自信があるせいね。……まあ、わたしには好都合だけど」
 ジェシルはパネルを操作し始めた。しばらくすると、十一階より上の図面がプリントアウトされた。ジェシルは何かを思いついたらしく、もう一度操作する。警備エリアを含む地下階の図面もプリントアウトされた。ジェシルはそれを手に取った。
「ふ~ん、十一階から上の各部屋は広いのね。大会にやってきたボスたちの部屋も兼ねているようだわ……」つぶやきながらジェシルは図面を見て行く。「……やっぱり最上階に居そうだなぁ……」
 最上階は二つに仕切られていた。一方はジョウンズの部屋だろう。となれば、もう一方に『姫様』とミュウミュウがいると考えて良さそうだ。続いて、地階の図面にも目を通す。
「この階の下が動力室になっているんだ……」ジェシルはパネルを操作し、動力室のさらに詳しい図面を出した。「何かに使えるかもしれないわね」
 ジェシルは図面を四つ折りにし、ポケットに入れた。はみ出しているが気にはしていない。
「おっと、一番肝心な事を忘れる所だったわ……」ジェシルは操作パネルを見る。「これね……」
 ジェシルはパネルの白い部分をタップした。手の平をかたどったホログラムがデスクの上に現われた。掌紋認証の登録を行うためのものだ。ジェシルは手の形のホログラムに自分の右手を重ねる。軽やかなチャイム音がして登録は終了した。
「これでどこでも行けるわね」ジェシルは分割されている画面を見た。「なんだか、みんな動きが素人っぽいわ。大会で無理矢理増員したって事のようね」
 ジェシルは指令室を出た。
「待て!」背後から声をかけられた。ジェシルは振り返る。ここを教えてくれたベテランの警備員だった。「ポケットからはみ出しているものは何だ?」
「え?」ジェシルはわざとおろおろして見せた。「こ、これは、そのう…… ちょっと頼まれたお使いでぇ……」
「誰に頼まれたのだ?」ベテランはジェシルに歩み寄る。「とりあえず、見せなさい」
「イヤですぅ! 頼まれものなんですぅ! お願いしますぅ!」ジェシルはわざとらしく甘えた声を出す。「だから、見せられませんですぅ!」
「良いから見せなさい」ベテランはジェシルのポケットから四つ折りの紙の束を引き抜いた。広げて中を確認している。ベテランの表情が険しくなった。「……あなた、これって、持ち出し禁止の図面じゃない!」
 ジェシルの突きがベテランの腹に入った。呻きながらベテランは前屈みになる。ジェシルは膝でベテランの顎を蹴り上げる。ベテランは図面を散らしながら仰向けに倒れ、動かなくなった。
「ごめんね、おばさん……」ジェシルは散らばった図面を拾い集め、ポケットに入れながら言う。「でも、イヤだって言うのに無理してくるからよ」
 ジェシルは、倒れているベテランに下手な敬礼をすると、その場を足早に去った。
 途中、数人の警備員とすれ違ったが、誰にも咎められなかった。ジェシルが好い加減な敬礼をすると、相手も返してくるが、ジェシルよりも下手だった。
「……本当、警備員の質が悪いわねぇ。でも、おかげで助かっちゃたけど」
 ジェシルはノラの待つ外階段へのドアを開けた。


つづく


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