「ねえ、宿泊エリアって?」
「試合出場者が滞在するところだ」
「ただっ広い場所に出場者が雑魚寝でもするのかしら?」
「心配するな。個室なっている」
「試合はいつから始まるの?」
「お前は、本当に何も知らないのだな……」アレルは呆れた顔をジェシルに向ける。「あまりにも予備知識が無さ過ぎるぞ」
「だって、わたしが自ら応募したわけじゃないんだもの」ジェシルは口を尖らせる。「色々と事情があるのよ」
「それにしても……」アレルは言うと、無慈悲な笑みを浮かべる。「そんな事では、初戦で終わりだな」
「そうは行かないのよねぇ……」
「対戦相手は今夜決まるだろう。明日には発表される。大会は明後日からだ」
「そう……」
ジェシルとアレルは黙ったままエレベーターに乗り、最初の階へ戻った。アレルは別のエレベーターをあごで示す。
「どれに乗っても構わない。八階に行けば、そこが宿泊エリアだ」
「あら、ジョウンズはジェシルを宿泊エリアに連れて行くようにって言っていたけど?」
「宿泊エリアは出場者専用だからな」
「でも、部屋がどこだか分からないわ」
「ドアに名の書かれたプレートを取り付けてある。それを探しながら行けば迷わない」
「そう…… それはご親切ね」
「では、健闘を祈るよ」
どう聞いても口先だけな励ましを言うと、アレルは立ち去ろうとジェシルに背を向けた。
「あ、そうだ!」ジェシルがアレルの背中に向かって言う。「あなたは、大会以外では命は落とさない、『姫様』の御名が汚される、とか言ってたじゃない?」
「ああ、言った」アレルは振り返る。「それは間違った事ではない」
「でもね、ジョウンズは怒っていたわよ」
「え?」アレルの表情が強張る。「どう言う事だ?」
「わたしを倒すチャンスを、あなたのその一言がダメにしたからじゃない?」
「……そんな……」アレルは明らかに戸惑っている。「その様な事は、ジョウンズさんだった充分承知しているはずだ!」
「わたしに文句言っても仕方ないわよ」ジェシルは笑む。「まあ、それだけ、わたしは厄介者なんでしょうね。……そんなに気にする事は無いんじゃないかしら? それじゃ、色々とありがとう」
ジェシルは言うと、開いたエレーベーターに乗り込み、何とも言えない表情のアレルに手を振った。ドアが閉まり、エレベーターは上昇する。
「……さてっと……」ジェシルはつぶやく。「泊まる所って、どんな所かしらね? きれいな所だと良いけどなぁ……」
エレベーターが停まりドアが開く。長い通路が真っ直ぐ続いている。その左右の壁に等間隔でドアが並んでいる。ドアには公用宇宙語で名前が書かれたプレートが貼り付けられていた。ジェシルは通路を歩きながら、自分の名前の貼られたドアを探す。通路はピンク色なのだが、ジェシルは慣れてしまったのか、気にする様子も無くなっていた。
「……何よ! こんな所だなんて!」
ジェシルは声を荒げて文句を言う。自分の名の付いたドアが通路の一番奥だったからだ。エレベーター前から歩いて、十分近くも掛かる。
「これは、絶対に故意的ね!」ジェシルはエレベーターの方を見る。エレベーターが小さく見える。「な~にが、純然とした大会よ! 公平な扱いよ!」
不意にジェシルの部屋の向かいのドアが開いた。ジョウンズに負けないくらいの体格のメレス人の女性が、のっそりと現われた。はち切れそうな緑色のタンクトップから覗くメレス人の特徴である真っ白な肌が、やや紅潮している。
「何を騒いでいるのよ!」メレス人の女性はジェシルを見下ろし、口を尖らせる。「静かにしなさいよね! ここは子供の遊び場じゃないのよ!」
「そんな事は分かっているわよ!」ジェシルも負けずに口を尖らせる。「こんな遠い所の部屋がイヤなだけよ」
「部屋順は、エントリー順なのよ? 文句を言う前に、もっと早く申し込むべきだったわね」
「そんな事なんて知らないわ! わたしが申し込みしたわけじゃないんだし!」ジェシルは言う。「あなただって、こんな遠くの部屋なんじゃない? 申し込みをためらっていたのかしら?」
「わたしは、もっと早くに申し込みをしたかったのだけど、傭兵の依頼が舞い込んでさ、すぐに済むと思ったんだけど、ちょっと長引いちゃったのよ。大会も大事だけどさ、お金を稼ぐ事も大事だからね。でも、申込期限が近づいてきたから、最後は大暴れしてケリをつけてきたのよ」
「他にも兵隊仲間がいたんじゃないの?」
「激しい戦闘でさ。わたし以外は全員戦死しちゃって。だから、仕方が無かったわけ」
「最初から大暴れすれば良かったじゃない?」
「そこまでの給料はもらってないもの。無駄な事はしないわ」言いながら、メレス人の女性はジェシルの部屋のドアを見る。「……あら、あなたがジェシル・アンなの?」
「そうよ。文句でもあるの?」
「いや。宇宙パトロールの猛者だって聞いたことがあるわ……」メレス人の女性は、じろじろと無遠慮にジェシルを見る。「もっとごっつい女だと思っていたわ」
「あなたみたいな?」
「……でも、そんな華奢じゃねぇ……」メレル人の女性はジェシルの問いには答えず、鼻で笑う。「まあ、鑑賞向きだとは思うけど、実戦向きには見えないわね」
「それは、戦ってみなくちゃ分からないじゃない?」
「ふふふ、大した自信ねぇ…… じゃあ、あなたと当たるのを楽しみにしているわ」
メレル人の女性は言うと部屋に戻った。閉じられたドアには「ケレス・デイ」とあった。
「歴戦の女傭兵のケレス、無慈悲のケレスか…… 聞いた事があるわね」ジェシルは言うと不敵な笑みを浮かべた。「楽しみじゃないの……」
つづく
「試合出場者が滞在するところだ」
「ただっ広い場所に出場者が雑魚寝でもするのかしら?」
「心配するな。個室なっている」
「試合はいつから始まるの?」
「お前は、本当に何も知らないのだな……」アレルは呆れた顔をジェシルに向ける。「あまりにも予備知識が無さ過ぎるぞ」
「だって、わたしが自ら応募したわけじゃないんだもの」ジェシルは口を尖らせる。「色々と事情があるのよ」
「それにしても……」アレルは言うと、無慈悲な笑みを浮かべる。「そんな事では、初戦で終わりだな」
「そうは行かないのよねぇ……」
「対戦相手は今夜決まるだろう。明日には発表される。大会は明後日からだ」
「そう……」
ジェシルとアレルは黙ったままエレベーターに乗り、最初の階へ戻った。アレルは別のエレベーターをあごで示す。
「どれに乗っても構わない。八階に行けば、そこが宿泊エリアだ」
「あら、ジョウンズはジェシルを宿泊エリアに連れて行くようにって言っていたけど?」
「宿泊エリアは出場者専用だからな」
「でも、部屋がどこだか分からないわ」
「ドアに名の書かれたプレートを取り付けてある。それを探しながら行けば迷わない」
「そう…… それはご親切ね」
「では、健闘を祈るよ」
どう聞いても口先だけな励ましを言うと、アレルは立ち去ろうとジェシルに背を向けた。
「あ、そうだ!」ジェシルがアレルの背中に向かって言う。「あなたは、大会以外では命は落とさない、『姫様』の御名が汚される、とか言ってたじゃない?」
「ああ、言った」アレルは振り返る。「それは間違った事ではない」
「でもね、ジョウンズは怒っていたわよ」
「え?」アレルの表情が強張る。「どう言う事だ?」
「わたしを倒すチャンスを、あなたのその一言がダメにしたからじゃない?」
「……そんな……」アレルは明らかに戸惑っている。「その様な事は、ジョウンズさんだった充分承知しているはずだ!」
「わたしに文句言っても仕方ないわよ」ジェシルは笑む。「まあ、それだけ、わたしは厄介者なんでしょうね。……そんなに気にする事は無いんじゃないかしら? それじゃ、色々とありがとう」
ジェシルは言うと、開いたエレーベーターに乗り込み、何とも言えない表情のアレルに手を振った。ドアが閉まり、エレベーターは上昇する。
「……さてっと……」ジェシルはつぶやく。「泊まる所って、どんな所かしらね? きれいな所だと良いけどなぁ……」
エレベーターが停まりドアが開く。長い通路が真っ直ぐ続いている。その左右の壁に等間隔でドアが並んでいる。ドアには公用宇宙語で名前が書かれたプレートが貼り付けられていた。ジェシルは通路を歩きながら、自分の名前の貼られたドアを探す。通路はピンク色なのだが、ジェシルは慣れてしまったのか、気にする様子も無くなっていた。
「……何よ! こんな所だなんて!」
ジェシルは声を荒げて文句を言う。自分の名の付いたドアが通路の一番奥だったからだ。エレベーター前から歩いて、十分近くも掛かる。
「これは、絶対に故意的ね!」ジェシルはエレベーターの方を見る。エレベーターが小さく見える。「な~にが、純然とした大会よ! 公平な扱いよ!」
不意にジェシルの部屋の向かいのドアが開いた。ジョウンズに負けないくらいの体格のメレス人の女性が、のっそりと現われた。はち切れそうな緑色のタンクトップから覗くメレス人の特徴である真っ白な肌が、やや紅潮している。
「何を騒いでいるのよ!」メレス人の女性はジェシルを見下ろし、口を尖らせる。「静かにしなさいよね! ここは子供の遊び場じゃないのよ!」
「そんな事は分かっているわよ!」ジェシルも負けずに口を尖らせる。「こんな遠い所の部屋がイヤなだけよ」
「部屋順は、エントリー順なのよ? 文句を言う前に、もっと早く申し込むべきだったわね」
「そんな事なんて知らないわ! わたしが申し込みしたわけじゃないんだし!」ジェシルは言う。「あなただって、こんな遠くの部屋なんじゃない? 申し込みをためらっていたのかしら?」
「わたしは、もっと早くに申し込みをしたかったのだけど、傭兵の依頼が舞い込んでさ、すぐに済むと思ったんだけど、ちょっと長引いちゃったのよ。大会も大事だけどさ、お金を稼ぐ事も大事だからね。でも、申込期限が近づいてきたから、最後は大暴れしてケリをつけてきたのよ」
「他にも兵隊仲間がいたんじゃないの?」
「激しい戦闘でさ。わたし以外は全員戦死しちゃって。だから、仕方が無かったわけ」
「最初から大暴れすれば良かったじゃない?」
「そこまでの給料はもらってないもの。無駄な事はしないわ」言いながら、メレス人の女性はジェシルの部屋のドアを見る。「……あら、あなたがジェシル・アンなの?」
「そうよ。文句でもあるの?」
「いや。宇宙パトロールの猛者だって聞いたことがあるわ……」メレス人の女性は、じろじろと無遠慮にジェシルを見る。「もっとごっつい女だと思っていたわ」
「あなたみたいな?」
「……でも、そんな華奢じゃねぇ……」メレル人の女性はジェシルの問いには答えず、鼻で笑う。「まあ、鑑賞向きだとは思うけど、実戦向きには見えないわね」
「それは、戦ってみなくちゃ分からないじゃない?」
「ふふふ、大した自信ねぇ…… じゃあ、あなたと当たるのを楽しみにしているわ」
メレル人の女性は言うと部屋に戻った。閉じられたドアには「ケレス・デイ」とあった。
「歴戦の女傭兵のケレス、無慈悲のケレスか…… 聞いた事があるわね」ジェシルは言うと不敵な笑みを浮かべた。「楽しみじゃないの……」
つづく
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