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ジェシル、ボディガードになる 68

2021年03月21日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
 アレルはドアノブを引いた。扉は軋むことなく開いた。ジェシルはアレルに中に入るよう、あごで促された。ジェシルはむっとして睨み返すが、そのまま室内へと入って行く。
 広いこの部屋もピンク色だ。絨毯も調度品も。その中で窓から見える宇宙空間の暗黒が何故かほっとする。
 ジェシルの正面に据えられた大きなピンク色のカスガレー材の机の向こう側にピンク色のTシャツを着たジョウンズが座っていた。歴戦の数々を物語る傷跡を散りばめた、むき出しの逞しい腕が机の上に両肘を付き、組んだ手の甲の上にあごを乗せている。宇宙焼けをした褐色の肌が照明に光る。整った顔立ちながら勝ち気そうな雰囲気が漂っている。黒い瞳は揺れることなくジェシルを捉えている。短く刈り込んだ頭髪はピンク色に染めていた。
「……ジェシル・アンを連れてきました」
 アレルは言うが、ジョウンズは答えず、じっとジェシルを見つめている。ジェシルもジョウンズを見つめ返している。傍のアレルは緊張感が漲っている場に気圧され、それ以上話せなかった。
「……ふん、ジェシル・アン、か……」
 長い沈黙の後、ジョウンズは低い声で言った。視線はジェシルから逸らさない。
「そうよ、わたしがジェシルよ。宇宙パトロールのね」ジェシルもジョウンズから視線を逸らさない。「それで、何の用? 受付での出来事を謝罪してくれるのかしら?」
「あれは挨拶代わりだ。あんな程度でどうこうなるとは思ってはいなかったよ」ジョウンズは言うと、アレルに顔を向ける。「アレル、外で待機していろ。用がある時に呼ぶ」
 アレルは敬礼をして部屋から出て行った。
「あの警備員も軍人上がりね」ジェシルが言う。「ひょっとしたら、宇宙パトロール上がりもいるのかしら?」
「いるよ」ジョウンズが馬鹿にしたように言う。「大して使えないからな。せいぜい雑用係と言う所だ」
「あら、そうなの?」
「馬鹿にするなと、腹は立たないのか?」
「まあ、パトロールからこんなシンジケートに鞍替えするような連中じゃ、その程度でしょうね」
「そうか……」ジョウンズは鼻で笑う。「なかなか面白い事を言うのだな」
「そんな事を言うために、わざわざ呼んだのかしら?」
「そうでは無い……」
 ジョウンズは言うと立ち上がった。アレルも大きいと思ったが、ジョウンズはそれを縦も横も凌いでいる。筋肉質の分厚いからだにピンク色のTシャツが張り付いているように見える。履いているピンク色の軍隊用のズボンもはち切れそうだ。太腿の太さはジェシルの腰回りくらいはあるだろう。ジョウンズはジェシルの前まで来ると、ジェシルを見下ろす。その姿は威圧的だ。しかし、ジェシルは平然としている。
「君がこの大会に参加した理由だ」ジョウンズは言う。「それが知りたいのだ」
「あらあら、白々しいったら!」ジェシルはおどけてみせる。「知っているんでしょ? わたしがオーランド・ゼムと組んでいる事。シンジケートを潰すって言う提案に宇宙パトロールが全面協力する事。そして、『姫様』と世話係を頂きに来たって言う事」
「まあな……」ジョウンズは無表情で答える。「白を切り通すのかと思っていたのだがな」
「そんな面倒な事はしないわ」ジェシルは言う。「じゃあさ、面倒な事は省いて、その二人を渡してくれない?」
「それは無い」ジョウンズは即答する。「……それよりも、提案がある」
「イヤよ!」ジェシルも即答する。「絶対にイヤ!」
「まだ何も言っていないぞ」
「どうせ、仲間になれとか、女性解放を共にやろうとかって言うんでしょ? ふざけないでね。どう言い繕ったって、あなたはシンジケートの大ボスの一人。それも『姫様』の威を借りる卑怯者なのよ」
「はっきりと言うだな……」ジョウンズは言う。表情を見せないその顔からは内心が測れない。「まあ、君ならそう言うだろうとは思っていたよ」
「じゃあ、聞く事は無かったじゃない?」ジェシルは口を尖らせる。「それで、わたしをどうするつもり? ここで命を奪う? 大会以外で出場者に何かあったら、『姫様』の御名を汚す事になるって、アレルが言っていたわ」
「……余計な事を……」ジョウンズは扉を睨みつけた。それからジェシルに視線を戻す。「……だが、それは言える。それだけリタ・ヴェルドヴィック姫の名は全宇宙に轟いているのさ」
「利用価値があるって言う事ね。話じゃ『姫様』を上手く丸め込んでいるそうじゃない?」
「尊敬をしているのだよ」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「そうだ! 一つ提案があるんだけど」
「内容によるな」
「あなたは、試合中にわたしを葬り去れると思っているわよね?」
「そうだな。だから、ここでは手を出さない事にするよ」
「でも、わたしはそうならないと思っているわ」
「自信過剰だよ、ジェシル。この宇宙には君が知らない猛者が山ほどいる」
「わたしだって、かなりの猛者よ?」ジェシルは言ってにやりと笑う。「それで、わたしが勝ち残ったなら、二人を素直に渡してほしいのよ」
「何だとぉ!」ジョウンズの表情が険しくなる。「ふざけた事を言うな!」
「あら、どうして? あなたはわたしが倒れると思っているんでしょ? だったら問題は無いじゃない?」ジェシルは挑発する。「それに、どうせ、わたしを潰すために裏で色々と工作するんでしょ? 卑怯なシンジケートなら当たり前よね?」
「そんな事はしない!」ジョウンズは語気を荒げる。「この大会は純然たるものだ! 姫とわたしの名誉に賭けて言おう。そのようなつまらぬ事はしない!」
「信じて良いわけ?」
「信じてもらおう」ジョウンズは少し落ち着いたようだ。「君が敵対する者であっても、大会出場者として公平に扱わせてもらう」
「それは嬉しいわ。それで、わたしの提案はどうかしら?」
「……良いだろう」ジョウンズはうなずく。「だが、その前に君は最期を迎えるさ」
「そうだと良いわね。でも、ちゃんと守ってよ」ジェシルは言うと、部屋を見回す。「……それにしても、趣味が悪いわ。ピンクはダメよ。わたしなら黄色一択ね」
「アレル!」ジョウンズが外のアレルを呼ぶ。アレルはすぐに部屋に入ってきた。「話は終わった。ジェシルを宿泊エリアに連れて行け」
 ジェシルはアレルと共に部屋を出た。 

つづく


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