「ちょっと、ブロウ、あなた、何やってんのよ!」
驚いて近寄るシャンを、ブロウは唇をコーイチに重ねたまま手で制した。シャンは止まって、ブロウの様子を見ていた。
ブロウは唇を少しずつ離し、上体を起こし始めた。ブロウの唇とコーイチの唇との間を薄紅色の細い糸のような光が結んでいた。ブロウはゆっくりゆっくり上体を起こす。光が途切れそうになると、起こすのを止め、光が強まるのを待ち、強まるとまた上体を起こす。ブロウが上体を起こし終えると、光はすうっと消えた。
「ふう、やれやれ……」ブロウは溜息を付きながら、額に浮かんだ汗をどこからか取り出した絹のハンカチでぬぐい、笑顔になった。「これで少しはいいかな?」
「あなた、何をしたの?」シャンが改めて言った。「いくらコーイチ君が好きだからって、動けないのを良い事に、キ……キスしちゃうなんて!」
「何言ってるのよ、お姉様。赤い顔して……」ブロウはからかうように言った。「あれは、私の『気』をコーイチ君に分けてあげたのよ。コーイチ君、からだは動かないけど、呼吸はしているわ。だから、私の『気』を肺に送り込んで、そこから酸素のように『気』を血液に乗せて、全身に行き渡らせてみようと思ったわけ。見えていた光は私の『気』。途中で途切れると終わりだから、大変だったわ」
「ふ~ん……」シャンがうなずいた。それから口を開いた。「つまり、どう言う事?」
「エネルギー・チャージって事よ!」
「なるほどね……って、魔女のエネルギーをコーイチ君に分けちゃったの? それじゃ、ドリンクと同じ結果になるじゃないの!」
「平気よ。あと二人分をスミ子に書き込んでもらえれば、何とかなるんだから」
「でもねぇ…… コーイチ君の体、大丈夫かしらねぇ……」
コーイチのからだがびくんと動いた。二人は会話を止め、コーイチを見つめた。
「う、う~ん……」
コーイチは寝転がったまま、大きく伸びをした。両目をぱちぱちと何度も瞬かせる。やがてむっくりと上半身を起き上がらせた。
「ああ、コーイチ君!」
ブロウがコーイチに抱きついた。
「いてててて……」コーイチが顔をしかめた。「相変わらず、魔女は力の加減が上手くないね……」
「ゴメンなさい。うまく行ったのが嬉しくって……」
「そう。そりゃあ、なんだか分かんないけど、良かったね……」
「ええ、良かったの……」
コーイチは笑顔をブロウに向けた。ブロウも笑顔を返す。
「はいはいはいはい!」シャンがぱんぱんぱんぱんと手を叩きながら割って入って来た。「ほんわかしてる場合じゃないでしょ? さ、ブロウ、早く!」
「ええ、そうだったわ……」ブロウはシャンにうなずいてみせ、それからコーイチに向き直った。「コーイチ君、スミ子にあと二人、あと二人書けば全て解決よ。がんばって!」
ブロウは座卓の上のスミ子を指し示した。コーイチは座卓に向かいペンを取った。
「でも……」コーイチは困った顔をした。「名簿の名前、全部書いちゃったんだ」
「じゃあ、シャンも言ってたけど、幼なじみの京子さんとか、逸子さんとか書けばいいわ」
「京子さんの名字、忘れちゃったんだ……」コーイチは情けなさそうに言った。「思い出したとしても、もし、誰かのお嫁さんになっていたら名字が変わるだろう? 『京子』とだけ書くわけにも行かないし……」
「取り合えず、逸子ちゃんだけでも書いておけば?」シャンが言った。「あの娘はまだ、お嫁さんになってないわよぉ」
「うん、そうだね」
コーイチは言って、スミ子に『印旛沼逸子』と書き込んだ。文字が綺麗な桃色に縁取られた。
「まあ……」ブロウは羨ましそうにつぶやいた。「この色は『恋の色』よ。逸子って娘、今以上にコーイチ君を好きになるんだわ……」
「あと一人か……」コーイチは考え込んだ。からだから、また湯気が立ち始めた。「誰かいないかなぁ……」
「コーイチ君、誰でもいいから、早くして!」コーイチの様子にあわてたブロウが叫んだ。「エネルギー・チャージは二度はできないの!」
「じゃ、これにしよう」ふらふらし始めたコーイチが言った。「他に浮かばないや……」
コーイチが書いたのは『岡島和利』だった。
つづく
驚いて近寄るシャンを、ブロウは唇をコーイチに重ねたまま手で制した。シャンは止まって、ブロウの様子を見ていた。
ブロウは唇を少しずつ離し、上体を起こし始めた。ブロウの唇とコーイチの唇との間を薄紅色の細い糸のような光が結んでいた。ブロウはゆっくりゆっくり上体を起こす。光が途切れそうになると、起こすのを止め、光が強まるのを待ち、強まるとまた上体を起こす。ブロウが上体を起こし終えると、光はすうっと消えた。
「ふう、やれやれ……」ブロウは溜息を付きながら、額に浮かんだ汗をどこからか取り出した絹のハンカチでぬぐい、笑顔になった。「これで少しはいいかな?」
「あなた、何をしたの?」シャンが改めて言った。「いくらコーイチ君が好きだからって、動けないのを良い事に、キ……キスしちゃうなんて!」
「何言ってるのよ、お姉様。赤い顔して……」ブロウはからかうように言った。「あれは、私の『気』をコーイチ君に分けてあげたのよ。コーイチ君、からだは動かないけど、呼吸はしているわ。だから、私の『気』を肺に送り込んで、そこから酸素のように『気』を血液に乗せて、全身に行き渡らせてみようと思ったわけ。見えていた光は私の『気』。途中で途切れると終わりだから、大変だったわ」
「ふ~ん……」シャンがうなずいた。それから口を開いた。「つまり、どう言う事?」
「エネルギー・チャージって事よ!」
「なるほどね……って、魔女のエネルギーをコーイチ君に分けちゃったの? それじゃ、ドリンクと同じ結果になるじゃないの!」
「平気よ。あと二人分をスミ子に書き込んでもらえれば、何とかなるんだから」
「でもねぇ…… コーイチ君の体、大丈夫かしらねぇ……」
コーイチのからだがびくんと動いた。二人は会話を止め、コーイチを見つめた。
「う、う~ん……」
コーイチは寝転がったまま、大きく伸びをした。両目をぱちぱちと何度も瞬かせる。やがてむっくりと上半身を起き上がらせた。
「ああ、コーイチ君!」
ブロウがコーイチに抱きついた。
「いてててて……」コーイチが顔をしかめた。「相変わらず、魔女は力の加減が上手くないね……」
「ゴメンなさい。うまく行ったのが嬉しくって……」
「そう。そりゃあ、なんだか分かんないけど、良かったね……」
「ええ、良かったの……」
コーイチは笑顔をブロウに向けた。ブロウも笑顔を返す。
「はいはいはいはい!」シャンがぱんぱんぱんぱんと手を叩きながら割って入って来た。「ほんわかしてる場合じゃないでしょ? さ、ブロウ、早く!」
「ええ、そうだったわ……」ブロウはシャンにうなずいてみせ、それからコーイチに向き直った。「コーイチ君、スミ子にあと二人、あと二人書けば全て解決よ。がんばって!」
ブロウは座卓の上のスミ子を指し示した。コーイチは座卓に向かいペンを取った。
「でも……」コーイチは困った顔をした。「名簿の名前、全部書いちゃったんだ」
「じゃあ、シャンも言ってたけど、幼なじみの京子さんとか、逸子さんとか書けばいいわ」
「京子さんの名字、忘れちゃったんだ……」コーイチは情けなさそうに言った。「思い出したとしても、もし、誰かのお嫁さんになっていたら名字が変わるだろう? 『京子』とだけ書くわけにも行かないし……」
「取り合えず、逸子ちゃんだけでも書いておけば?」シャンが言った。「あの娘はまだ、お嫁さんになってないわよぉ」
「うん、そうだね」
コーイチは言って、スミ子に『印旛沼逸子』と書き込んだ。文字が綺麗な桃色に縁取られた。
「まあ……」ブロウは羨ましそうにつぶやいた。「この色は『恋の色』よ。逸子って娘、今以上にコーイチ君を好きになるんだわ……」
「あと一人か……」コーイチは考え込んだ。からだから、また湯気が立ち始めた。「誰かいないかなぁ……」
「コーイチ君、誰でもいいから、早くして!」コーイチの様子にあわてたブロウが叫んだ。「エネルギー・チャージは二度はできないの!」
「じゃ、これにしよう」ふらふらし始めたコーイチが言った。「他に浮かばないや……」
コーイチが書いたのは『岡島和利』だった。
つづく
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