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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第六章 備品飛び交う校長室の怪 26

2022年05月10日 | 霊感少女 さとみ 2 第六章 備品飛び交う校長室の怪
 百合恵は黒い革製のライダースーツを着込んでいた。アイと朱音としのぶは百合恵の傍まで駈けて行き、からだを直角に曲げて「おはようございますぅぅぅぅ!」と大きな声で挨拶をした。からだのラインがしっかりと出ていて、坂本教頭が呆けた顔で百合恵を見ている。それに気付いた谷山先生がずかずかと百合恵に近づいた。
「ちょっと、何ですのぉ、あなたはぁ? ここは学校、神聖な場所ですのよぉ? そこに、そんな……」谷山先生はおぞましい物を見るように眉間に縦皺を作り、震える右手で百合恵の谷間の見える少し開いている胸元を指差す。「破廉恥な姿でぇ! 学校には、年頃の男子生徒や男性教員もいるのですよぉ!」
「うるせぇな……」アイが低く言って、谷山先生を睨む。「姐さんがどんな格好をしようと、関係ねぇじゃん」
 しかし、百合恵は壁を見つめている。さとみには見えている。百合恵は豆蔵から話を聞いているのだ。豆蔵が指を二本立て、一本ずつ曲げている所を見ると、さとみに話したのと同じ事を、百合恵にも話しているのだろう。百合恵も険しい表情になった。
「ちょっと、話を聞いているのですかぁ?」
 谷山先生は無視された形になった事に腹を立てる。豆蔵は話を終えると姿を消した。百合恵は顔を谷山先生に向けた。
「ええ、聞いておりますわ」百合恵は飛び切りの笑みを浮かべて見せた。「ですけどぉ、バイクで来たものですからぁ、バイクにはやっぱりこの格好かと思いましてぇ。他意はございませんわぁ」
 百合恵は谷山先生の言い方を真似して答える。アイはにやにやし、朱音としのぶは笑いをこらえながら互いを肘で突つき合っている。
「バイクですってぇ! 教頭先生! 何と言う事でしょう! バイクですってぇ!」
 きんきん声で叫びながら、谷山先生は振り返り、坂本教頭を見る。坂本教頭は口角をやや上げた半開きの口で百合恵の姿を見ている。と言うか、見惚れている。
「教頭先生!」
 谷山先生の悲鳴に近い大きな声で、坂本教頭は我に返った。口を閉じ、幾度か咳払いをし、気持ちを整える。
「ええと、百合恵さんでしたね? 先だっては、色々と、どうも……」坂本教頭は言って、頭を下げる。谷山先生はぎろりと百合恵を見る。「……で、当校へは、どのようなご用で?」
「呼び出しを受けたんですの」百合恵は言うと、松原先生の隣に立つ。「松原先生から連絡を受けましてね」
「松原先生ぃ!」谷山先生は、今度は松原先生に噛みつく。「あなた、関係の無い人を勝手に呼ぶとは、どう言う料簡なんですのぉ!」
「何を言ってんだ!」アイが谷山先生に噛みついた。「お前ぇだって、霊能者だかを勝手に呼んでんじゃねぇかよ! それにな、百合恵姐さんは『百合恵会』の特別顧問だ。無関係なんかじゃねぇんだよ!」
 朱音としのぶが「そうだ、そうだ」と囃し立てる。谷山先生は顔を真っ赤にし、怒りで全身を震わせながら、坂本教頭に振り返る。何か言い返してほしいと言った感じだ。
「まあ、その、あれだ……」坂本教頭は、忙しなく咳払いをしながら言う。「こうして集まってもらったのは『百合恵会』のメンバーで、その特別顧問の百合恵さんが関係が無いなどと言えると思うのかね、谷山先生?」
「え?」谷山先生は驚いた顔をする。坂本教頭が手の平を返したからだ。しかし、どうにか出来るものでは無い。谷山先生は大きなため息をついた。「そうですねぇ、教頭先生ぃ…… 立派な関係者でございますわねぇ……」
「それで、松原先生、どうして、百合恵……特別顧問さんをお呼びしたのかね?」坂本教頭は松原先生を見て言う。「仕事柄、まだご就寝中だったのではないのかね?」
「まあ、教頭先生、お気遣いありがとうございます」百合恵が教頭に軽く頭を下げる。百合恵の開いている胸元を真上から覗くような形になった坂本教頭の視線を、百合恵は平気で受け流す。「松原先生から、これから校長室でちょっとしたイベントがあるので来てほしいって連絡を頂いて」
「ええ、そうです」松原先生はうなずく。「だって、谷山先生が霊媒師の方を呼ぶって言うし、『百合恵会』からは綾部が出るし。だったら、百合恵さんにも特別顧問として立ち会って頂かなきゃ、って思ったんです」
「イベントって……」谷山先生がむっとした顔で松原先生を睨む。「松原先生ぃ! イベントなどと、軽々しい言い方は控えて頂きたいものですわぁ! これは、校長室のポルターガイスト現象の大元を探り、除霊する事が目的ですのよぉ!」
「はぁ、分かっていますけど……」松原先生が困った顔で頭をぽりぽりと掻く。「じゃあ、何て言えば良いんですか?」
「除霊会で良いじゃございませんのぉ?」
「除霊会、ですか…… なんだか、大袈裟な気もしますけど……」
「何をおっしゃるんですぅ! 校長先生に関わる事なのですわよぉ!」
「はあ、そうですねぇ……」松原先生は苦笑しながら百合恵を見る。百合恵も苦笑している。「……分かりました、除霊会、ですね」
「……それにしても、その霊媒師の方、遅いですわねぇ」百合恵が廊下を振り返って言う。「それとも、わたしが速く来過ぎちゃったのかしら?」
「片岡先生はぁ!」谷山先生は百合恵を睨み、きんきん声で言う。「お忙しい方なのですぅ! わたくしだから、無理をして来て下さるんですのよぉ!」
「あら、そうでしたのぉ! それはそれは、谷山先生は交友範囲がお広いんでございますわねぇ!」
 百合恵は谷山先生の口調を真似る。アイと朱音としのぶはにやにやする。しかし、当の谷山先生は気がついていない。むしろ、褒められたと思い、薄い胸を張って見せた。
「ええ、そうですのぉ。他にも占星術のテトラビブロス吉田先生とか、タロット占いのミンキアーテ渡辺先生とか……」
 と、そこへ、百合恵を案内してきた事務員の男性がやって来た。
「あの、また、お客様です……」事務員は困惑した表情で言う。「男性の方ですが……」
「ああ! 片岡先生ですわぁ!」谷山先生が歓喜のきんきん声を上げるる。「先生! お待ちしておりましたわぁ!」
 谷山先生の声に誘われるように、廊下の角を曲がって、男性が姿を現わした。


つづく


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