「……藤島様、大丈夫でしょうか……」
静かに寝息を立てているお千加を見ながら、おくみは言う。
「実はな……」坊様は囲炉裏の火をいじりながら言う。「藤島さんに気付かれぬように、護符を袂に入れておいたのさ」
「あら、いつの間に……」
「外に出て念仏を唱えようとした時じゃ」
おくみは豹変したお千加の姿を思い出した。寝ているお千加を不安そうな顔で見る。
「あの時の藤島さんは、かなり硬かったからのう」坊様は思い出し笑いをする。「あれじゃあ、褌を盗られても分からんかったのではないか」
「まあ、なんて事を言ってんです!」おくみは呆れて言う。「女に触る時は大騒ぎしてましたのに、褌は平気なのですか?」
「いやいや、変なつもりは無いぞ。あくまでも例え話じゃ」
慌てて弁解する坊様を、おくみはしらっとした眼差しで見つめる。ついでに、坊様の不埒な物言いのせいで不安な気持ちがどこかへ行ってしまった。
ぱちぱちはぜる囲炉裏火はおくみがここへ来てから変わらない唯一のものだった。今も音を立てた。おくみは眼差しを緩めて囲炉裏火を見つめた。
「……藤島様、大丈夫でしょうか……」おくみはぽつりと同じ事を言う。「護符、効きますかねぇ……」
「効き目があると良いのう……」
「効かないかも知れないんですか?」
「何しろ相手が分からんのでな」坊様は困った顔をする。「森の主が何者か分からんからなぁ…… 人の霊であれば効くであろうがの」
「効かなきゃ、藤島様はどうなるんです?」
「うむ……」
坊様は押し黙ってしまった。二人は揺れる囲炉裏の火を見つめている。
「新吉さんも心配ですねぇ……」
「……そうだな」
「お千加さんも、ずっとこのままって事は無いでしょうね……」
「そう願いたいもんじゃ……」
「何とも、頼り甲斐がありませんねぇ……」おくみは溜め息をついた。「わたしゃ、このまっまずっとここに居続けるなんて、真っ平ですよ」
「それは、拙僧とて同じじゃよ」坊様はぽりぽりと頭を掻く。「とにかく、相手の正体が分からんと、手の打ちようがない……」
不意に引き戸が強く叩かれた。おくみは引き攣った顔をして坊様を見る。坊様はおくみに頭を左右に振ってみせて、ゆっくりと立ち上がると引き戸の前に立ち、心張棒を外した。
引き戸が外から開けられた。
そこに立っていたのは藤島だった。右手に刀の抜き身を下げ、頭と言わずからだと言わず草葉にまみれている。息も荒い。
「……藤島さん……」坊様は目を見開いて言った。「無事だったかい……」
「……ああ」藤島はぶっきらぼうに答えると小屋に入り、後ろ手で引き戸を閉めた。「……御坊、見つけたぞ」
「見つけたとは……」坊様は呟くと、すぐに合点が行った様に手を打った。「おお、それでは祠を見つけなさったか!」
「ああ、ここからはちとあるが、見つけた」そう言うと、藤島はがくりと座り込んだ。「だが、新吉は取り逃がした……」
「でもね、藤島様、お千加さんは、ほら、無事ですよ!」おくみは伏せているお千加を藤島に示した。おくみは涙を流している。「藤島様のお働きのお蔭ですよ!」
「そうか……」藤島は穏やかな顔で寝ているお千加を見た。「それは良かった……」
「場所が分かったのなら、明るくなってから行ってみようかのう……」坊様は言って藤島を見る。「藤島さんは一休みしなきゃいけない」
「いや、平気だ」藤島は刀を杖にして立とうとしたが、腰が立たなかった。力尽きているようだ。「……面目無い……」
「そんな事はありませんぞ!」坊様が励ますように言う。「立派なお働きだ。とにかく、今はお休みなされ。邪気が薄れておる故、今は休むが一番じゃ」
「では、そうさせて貰おう……」
藤島は壁に背凭れた。すぐに寝息を立て始めた。
「おくみさんも休みなさい」坊様は優しく言う。「お千加さんなら、拙僧が診ているよ」
「……お坊様」涙を拭ったおくみが言う。「……お坊様は寝ないんですか?」
「気にするな。全て終わったら、ゆっくりと三日三晩くらい寝てやるさ」
そう言うと、坊様は静かに念仏を唱え始めた。その声に誘われるように横になったおくみは、いつしか寝入ってしまった。
つづく
静かに寝息を立てているお千加を見ながら、おくみは言う。
「実はな……」坊様は囲炉裏の火をいじりながら言う。「藤島さんに気付かれぬように、護符を袂に入れておいたのさ」
「あら、いつの間に……」
「外に出て念仏を唱えようとした時じゃ」
おくみは豹変したお千加の姿を思い出した。寝ているお千加を不安そうな顔で見る。
「あの時の藤島さんは、かなり硬かったからのう」坊様は思い出し笑いをする。「あれじゃあ、褌を盗られても分からんかったのではないか」
「まあ、なんて事を言ってんです!」おくみは呆れて言う。「女に触る時は大騒ぎしてましたのに、褌は平気なのですか?」
「いやいや、変なつもりは無いぞ。あくまでも例え話じゃ」
慌てて弁解する坊様を、おくみはしらっとした眼差しで見つめる。ついでに、坊様の不埒な物言いのせいで不安な気持ちがどこかへ行ってしまった。
ぱちぱちはぜる囲炉裏火はおくみがここへ来てから変わらない唯一のものだった。今も音を立てた。おくみは眼差しを緩めて囲炉裏火を見つめた。
「……藤島様、大丈夫でしょうか……」おくみはぽつりと同じ事を言う。「護符、効きますかねぇ……」
「効き目があると良いのう……」
「効かないかも知れないんですか?」
「何しろ相手が分からんのでな」坊様は困った顔をする。「森の主が何者か分からんからなぁ…… 人の霊であれば効くであろうがの」
「効かなきゃ、藤島様はどうなるんです?」
「うむ……」
坊様は押し黙ってしまった。二人は揺れる囲炉裏の火を見つめている。
「新吉さんも心配ですねぇ……」
「……そうだな」
「お千加さんも、ずっとこのままって事は無いでしょうね……」
「そう願いたいもんじゃ……」
「何とも、頼り甲斐がありませんねぇ……」おくみは溜め息をついた。「わたしゃ、このまっまずっとここに居続けるなんて、真っ平ですよ」
「それは、拙僧とて同じじゃよ」坊様はぽりぽりと頭を掻く。「とにかく、相手の正体が分からんと、手の打ちようがない……」
不意に引き戸が強く叩かれた。おくみは引き攣った顔をして坊様を見る。坊様はおくみに頭を左右に振ってみせて、ゆっくりと立ち上がると引き戸の前に立ち、心張棒を外した。
引き戸が外から開けられた。
そこに立っていたのは藤島だった。右手に刀の抜き身を下げ、頭と言わずからだと言わず草葉にまみれている。息も荒い。
「……藤島さん……」坊様は目を見開いて言った。「無事だったかい……」
「……ああ」藤島はぶっきらぼうに答えると小屋に入り、後ろ手で引き戸を閉めた。「……御坊、見つけたぞ」
「見つけたとは……」坊様は呟くと、すぐに合点が行った様に手を打った。「おお、それでは祠を見つけなさったか!」
「ああ、ここからはちとあるが、見つけた」そう言うと、藤島はがくりと座り込んだ。「だが、新吉は取り逃がした……」
「でもね、藤島様、お千加さんは、ほら、無事ですよ!」おくみは伏せているお千加を藤島に示した。おくみは涙を流している。「藤島様のお働きのお蔭ですよ!」
「そうか……」藤島は穏やかな顔で寝ているお千加を見た。「それは良かった……」
「場所が分かったのなら、明るくなってから行ってみようかのう……」坊様は言って藤島を見る。「藤島さんは一休みしなきゃいけない」
「いや、平気だ」藤島は刀を杖にして立とうとしたが、腰が立たなかった。力尽きているようだ。「……面目無い……」
「そんな事はありませんぞ!」坊様が励ますように言う。「立派なお働きだ。とにかく、今はお休みなされ。邪気が薄れておる故、今は休むが一番じゃ」
「では、そうさせて貰おう……」
藤島は壁に背凭れた。すぐに寝息を立て始めた。
「おくみさんも休みなさい」坊様は優しく言う。「お千加さんなら、拙僧が診ているよ」
「……お坊様」涙を拭ったおくみが言う。「……お坊様は寝ないんですか?」
「気にするな。全て終わったら、ゆっくりと三日三晩くらい寝てやるさ」
そう言うと、坊様は静かに念仏を唱え始めた。その声に誘われるように横になったおくみは、いつしか寝入ってしまった。
つづく
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