「ここがショップ通りよ。小さいお店ばかりだけど、どこも品が良いのよね」
逸子が言う。モデルをしているだけあって、その眼は確かだ。ナナは楽しそうににこにこしながら、並んでいる店を一軒ずつ見ている。
「この時代は、色々と楽しいですね。ケーキも、服も。わたしの時代は彩りの点で弱くなっているような気がします」
「流行は時代の風潮で変わるから、ナナさんの時代の物事は、ナナさんの時代に合っているのよ。だから、比較しない方が良いわ」
「そう言うものなんでしょうか……」
「そうよ」
「でも。この時代は、女の娘って感じが充分に生かせる時代ですよね。わたしも、何だか伸び伸びしてしまいます!」
ナナは言うと大きく伸びをして見せた。形の良い腰と可愛らしい臍が覗く。行き交う人たちがちらりと見ながら通り過ぎて行く。ナナはそんな視線は気にしていないようだった。とにかく楽しそうだ。
「良かったわ」逸子が満足そうにうなずく。「ナナさんって、何だかきつきつに縛られている感じがしてたから」
「そうですか?」
「トキタニ博士の曾孫ってのがプレッシャーだったのね。でもね、それは言ってしまえば時の運よ。気にする事なんてないわ」
「……ありがとうございます……」ナナは頭を下げた。「逸子さんって、優しいんですね。お姉さんみたいです」
「あら、今頃気がついたの? わたしはすっかりお姉さん気分よ」
逸子はそう言うと笑った。ナナも笑う。
逸子はナナと腕を組むと歩き出した。一軒の店の前で立ち止まった。
「このお店の服、なかなかセンスが良いのよね」逸子がショウウインドウを覗く。「男子物もあって、コーイチさんと来たことがあるの。最初はコーイチさんのを買うつもりだったけど、結局はわたしの服ばかりになっちゃったわ」
「どうしてですか?」
「コーイチさんが『これが似合う』『これも似合う』って感じで、わたしの服ばっかり見ているの。わたしが『これコーイチさんに似合うわ』って言ったら『ボクはこの服が気に入ってるから』って言って取り合わないの。もう三年くらい着ている服なのよ。でも、それが一番似合っているんだけどね」
「逸子さんて、本当に、コーイチさんが好きなんですね……」ナナが感心したように言う。「とても楽しそうに話すから……」
「そうね、大好きよ」逸子はあっさりと言う。「でも、本人の前では言い辛いのよねぇ……」
「そうなんですか?」
「去年のコーイチさんの誕生日に『大好きっ!』って言ったら『うわあぁぁぁぁ!』って叫んで、二階のアパートの窓を開けて、そこから飛び降りちゃったの」
「……大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫だったわ。どこも何とも無かったわ」
ナナはコーイチの精神状態を心配して言ったのだが、逸子にはケガをしなかったのかという意味に伝わってしまったようだった。
「そうですか……」
ナナはにこにこしている逸子に優しい笑みを返した。……逸子さんは本当にコーイチさんにべた惚れなんだわ。ナナは、ちらっとしか見ていないコーイチに思いを馳せた。ちょっとうらやましく感じたナナだった。
「コーイチさんって、ケーイチさんと似ているんですか?」ナナが聞く。「今のお話ですと、ちょっと変わっている所は似ているみたいですけど……」
「そうねぇ……」逸子は腕組みをして寄り目になる。コーイチの癖が移っているようだ。「……あんまり似てないわ。でも、お兄様だから」
「ケーイチさんを、お兄様って呼ぶのは?」
「え? やだあ!」逸子は急に赤くなった。「……だって、わたし、コーイチさんと結婚するんだもん。そうなればケーイチさんはお兄様じゃない!」
「そうなんですか……」
ナナは、一人できゃあきゃあしている逸子を、呆れたような、羨ましそうな表情で見ていた。
「ところで」逸子は不意に真顔になってナナに言う。「ナナさんの時代には、結婚って無いの?」
「まさか、ありますよ」ナナはちょっとむっとする。「……でも、男女はすべての面で平等になっているので、男女間の恋愛よりも効率の良さがあれば結婚しますね」
「好きになって結婚って無いわけ?」
「わたしの時代では、ほんのわずかですね。大抵は失敗して離婚しています」
「そうなんだ……」
「でも、これからは分かりません。わたしの時代で良しとされたものが、次の世代に残るかどうかは……」
「そうね。あれこれ考えても先の事は分からないわね」逸子は言うと、にこりとする。「でもね、コーイチさんが好きなのは変わらないわ」
「はいはい、分かりました」
二人は笑った。ナナは、これだけ寛いで、色々と、いわゆる無駄話をしたことが無かったので、とても新鮮だった。心は充分にリフレッシュしたと感じていた。
「……おう、そこのお姉ちゃんたち……」
背後から声をかけられた。二人が振り向くと、先程倒したトオルとタクマが顎を腫らして立っていた。他にも数人、屈強な体格の男たちが並んでいる。声をかけて来たのは。それらの中で頭一つ大きい凶悪そうな面構えの男だった。この男がリーダーなのだろう。逸子もナナもその男を見上げている。
「……お前たち、オレの仲間を痛めつけてくれたんだってな」リーダーが低い声で言う。「ちょっと付き合ってもらうぜ……」
からだのリフレッシュも出来そうね…… ナナはわくわくしながら拳を握った。
つづく
逸子が言う。モデルをしているだけあって、その眼は確かだ。ナナは楽しそうににこにこしながら、並んでいる店を一軒ずつ見ている。
「この時代は、色々と楽しいですね。ケーキも、服も。わたしの時代は彩りの点で弱くなっているような気がします」
「流行は時代の風潮で変わるから、ナナさんの時代の物事は、ナナさんの時代に合っているのよ。だから、比較しない方が良いわ」
「そう言うものなんでしょうか……」
「そうよ」
「でも。この時代は、女の娘って感じが充分に生かせる時代ですよね。わたしも、何だか伸び伸びしてしまいます!」
ナナは言うと大きく伸びをして見せた。形の良い腰と可愛らしい臍が覗く。行き交う人たちがちらりと見ながら通り過ぎて行く。ナナはそんな視線は気にしていないようだった。とにかく楽しそうだ。
「良かったわ」逸子が満足そうにうなずく。「ナナさんって、何だかきつきつに縛られている感じがしてたから」
「そうですか?」
「トキタニ博士の曾孫ってのがプレッシャーだったのね。でもね、それは言ってしまえば時の運よ。気にする事なんてないわ」
「……ありがとうございます……」ナナは頭を下げた。「逸子さんって、優しいんですね。お姉さんみたいです」
「あら、今頃気がついたの? わたしはすっかりお姉さん気分よ」
逸子はそう言うと笑った。ナナも笑う。
逸子はナナと腕を組むと歩き出した。一軒の店の前で立ち止まった。
「このお店の服、なかなかセンスが良いのよね」逸子がショウウインドウを覗く。「男子物もあって、コーイチさんと来たことがあるの。最初はコーイチさんのを買うつもりだったけど、結局はわたしの服ばかりになっちゃったわ」
「どうしてですか?」
「コーイチさんが『これが似合う』『これも似合う』って感じで、わたしの服ばっかり見ているの。わたしが『これコーイチさんに似合うわ』って言ったら『ボクはこの服が気に入ってるから』って言って取り合わないの。もう三年くらい着ている服なのよ。でも、それが一番似合っているんだけどね」
「逸子さんて、本当に、コーイチさんが好きなんですね……」ナナが感心したように言う。「とても楽しそうに話すから……」
「そうね、大好きよ」逸子はあっさりと言う。「でも、本人の前では言い辛いのよねぇ……」
「そうなんですか?」
「去年のコーイチさんの誕生日に『大好きっ!』って言ったら『うわあぁぁぁぁ!』って叫んで、二階のアパートの窓を開けて、そこから飛び降りちゃったの」
「……大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫だったわ。どこも何とも無かったわ」
ナナはコーイチの精神状態を心配して言ったのだが、逸子にはケガをしなかったのかという意味に伝わってしまったようだった。
「そうですか……」
ナナはにこにこしている逸子に優しい笑みを返した。……逸子さんは本当にコーイチさんにべた惚れなんだわ。ナナは、ちらっとしか見ていないコーイチに思いを馳せた。ちょっとうらやましく感じたナナだった。
「コーイチさんって、ケーイチさんと似ているんですか?」ナナが聞く。「今のお話ですと、ちょっと変わっている所は似ているみたいですけど……」
「そうねぇ……」逸子は腕組みをして寄り目になる。コーイチの癖が移っているようだ。「……あんまり似てないわ。でも、お兄様だから」
「ケーイチさんを、お兄様って呼ぶのは?」
「え? やだあ!」逸子は急に赤くなった。「……だって、わたし、コーイチさんと結婚するんだもん。そうなればケーイチさんはお兄様じゃない!」
「そうなんですか……」
ナナは、一人できゃあきゃあしている逸子を、呆れたような、羨ましそうな表情で見ていた。
「ところで」逸子は不意に真顔になってナナに言う。「ナナさんの時代には、結婚って無いの?」
「まさか、ありますよ」ナナはちょっとむっとする。「……でも、男女はすべての面で平等になっているので、男女間の恋愛よりも効率の良さがあれば結婚しますね」
「好きになって結婚って無いわけ?」
「わたしの時代では、ほんのわずかですね。大抵は失敗して離婚しています」
「そうなんだ……」
「でも、これからは分かりません。わたしの時代で良しとされたものが、次の世代に残るかどうかは……」
「そうね。あれこれ考えても先の事は分からないわね」逸子は言うと、にこりとする。「でもね、コーイチさんが好きなのは変わらないわ」
「はいはい、分かりました」
二人は笑った。ナナは、これだけ寛いで、色々と、いわゆる無駄話をしたことが無かったので、とても新鮮だった。心は充分にリフレッシュしたと感じていた。
「……おう、そこのお姉ちゃんたち……」
背後から声をかけられた。二人が振り向くと、先程倒したトオルとタクマが顎を腫らして立っていた。他にも数人、屈強な体格の男たちが並んでいる。声をかけて来たのは。それらの中で頭一つ大きい凶悪そうな面構えの男だった。この男がリーダーなのだろう。逸子もナナもその男を見上げている。
「……お前たち、オレの仲間を痛めつけてくれたんだってな」リーダーが低い声で言う。「ちょっと付き合ってもらうぜ……」
からだのリフレッシュも出来そうね…… ナナはわくわくしながら拳を握った。
つづく
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