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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 54

2020年05月22日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「逸子さん、いつ行きます? 夜にしますか?」
 ナナは言う。飾り窓から差し込む陽は、まだ夜までにはたっぷりと時間があることを示している。
「う~ん…… わたしはいつでも構わないんだけど」逸子は飾り窓を見ながら言う。「夜の方が侵入しやすいの?」
「警備の点ではそれほど変わりませんね」
「そうなんだ。……じゃあ、今から行きましょうか?」そう言う逸子の全身から、うっすらと赤いオーラが立ち昇る。「早くコーイチさんを取り返したいわ」
 逸子は、ナナとケーイチがなんとなく良い感じになっているのを見て、コーイチを取り返したい思いが強くなっていた。
「分かりました」ナナはうなずいた。「行きましょう」
「あら、ずいぶんとあっさり決めるわね」
「わたしの時代は、からだを鍛えて何かを成し遂げるよりも、メカニカルなものに重きを置いてます。ですから、逸子さんのように身体能力の高い人を相手にすることに慣れていないんです。ですから、意外と行けると思います」
「あら、それじゃ、わたしは扱いにくい女って事になるわけ?」
「そうですね」ナナはあっさりと肯定する。少しは否定して欲しいと逸子は思う。「わたしも少し鍛えていますから、扱いにくい女の部類に入ると思います」
「なるほどね……」逸子は苦笑する。「ナナさんの時代って、結構はっきりと言うのねぇ」
「何の事です?」ナナはきょとんとしている。「ちょっとよく分からないんですけど……」
「……まあいいわ」逸子は話題を変える。「じゃあ、この時代の男の人って、機械に頼り過ぎてるわけ?」
「そういう所はありますね。どれだけ機械に詳しいかが一種のステイタスになっているようです」ナナはうんざりした表情になる。「でも、原理や製造過程に関しては知らないんです。扱いに長けているってだけで……」
「わたしの時代だってそうよ」逸子もうんざりした表情になる。「新しい機械や道具にやたらと詳しい男性がいて、聞いてもいないのに話すの。だけど、そう言う人に限って、壊れちゃったら、すぐに捨てちゃうの。何とか直して使おうって思わないみたいね」
「あ、それは同じです」ナナは言う。「そして、新しいのが出ると、すぐにそっちへ行っちゃうんです」
「そうなの? わたしの時代もそうよ」逸子はため息をつく。「なんだか、男の人の本質って変わらないわねぇ……」
「コーイチさんも、そうなんですか?」
「いいえ、全然違うわ!」逸子の声が大きくなる。「コーイチさんはわたしよりも機械に疎いわ。でも、物をとことんまで大事に使うのよ。わたしが『買い替え時じゃない?』って言っても、『いやいや、まだまだ。これはせっかくぼくの所に来たんだから、もっともっと大事にしてやらなきゃ』って言うの。……ああ、わたしもこんな風に大事にされるんだなあ、って思うと嬉しくなっちゃうのよねえ」
「わあ! 逸子さん、惚気てるう!」
「あら、恥ずかしい!」
 二人はきゃあきゃあと、はしゃぐ。
「……ところで逸子さん」ひとはしゃぎ終わって、ナナが真顔になる。「タイムパトロール侵入に関して、一つ提案があります……」
「なあに?」
「せっかくなんですけど……」ナナは暗い表情になった。何だか言いにくそうだ。「実は……」
「良いわよ。何でも言って」
「……はい……」ナナは呼吸を整えた。「……わたしたちのこの服装、どうかと思うんです」
「え? そうなの?」
「逸子さんはタイムパトロールの制服がとてもよく似合っているんですけど、それにはわたしの識別認証が内蔵されているんです」
「ああ、そうなんだ……」
「で、わたしはタイムパトロールを辞めました。メモリースティックのデータが消去されてましたよね?」
「そのせいでこの時代に来たのよね」
「そうです。と言う事は、わたしの識別認証も消去されているはずです」
「そうか、これ着て侵入すると、すぐに見つかっちゃうってわけね」
「はい。明らかに不法侵入者となり、即、終身刑となります」
「それはイヤだわ。着替えなきゃね」
「はい。それと……」ナナは両手を左右に伸ばして、着ている服を強調する。「……この迷彩柄、わたしの時代じゃ、絶滅しているんです……」
「え? 似合っていると思うんだけどなぁ……」
「そう言ってもらうのは嬉しいんですけど……」ナナは消え入りそうな声で付け加えた。「恥かしいんです……」
「分かった、分かったわ」逸子は笑む。「じゃあ、改めて二人そろって着替えをしましょう」
「はい!」ナナはほっとしたようだ。笑顔が戻る。「じゃあ、わたしの部屋へ行って服を選びましょう。なるべく目立たない、周りと同じような服を」
「そうね。ナナさんの時代の女性って、どんな服着ているのかも興味あるし」
「逸子さんの時代とそれほど変わっていませんよ」
「それは、わたしが見て決めるわ」
 二人はまたきゃあきゃあ言いながら、二階にあるナナの部屋へと向かった。


つづく


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