豆蔵は宗右衛門長屋に来た。人死にが出たと言うのに、聞こえてくる声はにぎやかだった。笑い声も交じっている。豆蔵は一番奥にある井戸まで行くと、おかみさんたちが集まっていた。豆蔵を見ると、皆ふっと口を閉じる。
「こいつぁ、嫌われたもんだ……」
豆蔵は苦笑する。おかみさんの中に、おたき婆さんとおてるもいた。二人は、豆蔵を見るとそそくさと立ち上がった。
「おい、待ちねぇ、お二人さん」豆蔵は声を掛ける。「改めて、訊きてぇ事があるんだ」
「親分さん、今日は堪忍してやんなよ」井戸端にしゃがんだ恰幅の良いおかみさんが言う。「おたきさんもおてるさんも朝っぱらから大変だったんだからさ」
「そうそう、代わりにあたしら話を聞くよ」別のおかみさんが言う。「でもさ、さっきまで来ていた若い衆に話はしたよ」
他にいる五名ほどのおかみさんたちがうなずく。おかみさんたちの声が聞こえたのだろう、部屋から男衆も、ぞろぞろと出てきた。
「何でぇ、親分?」男衆の一人で腕っ節の強そうなのが言う。「話はさっきしちまったぜ。それとも何か? オレたちを疑っているのか?」
「疑うって、どう言う事でぇ?」豆蔵が腕っ節の男に訊く。「あんたらは嘘は言っていねぇんだろ?」
「いや、親分、機嫌を直してくれ」別の痩せた男が言って頭を下げる。「ちょっとした売り言葉に買い言葉ってやつだよ。……ほれ、熊五郎も謝りな」
「でもよう、公太……」
「やかましい、とにかくこれはお前ぇが悪い」
「すんません……」腕っぷし男の熊五郎がしぶしぶと言った感じで頭を下げる。「ちょっと頭に血が上りやした……」
「気にしちゃいねぇよ。……それよりも、みんなが見たって言う大入道野郎の事をもう少し聞きたくってな」
豆蔵は咳払いをする。長屋の連中は互いに顔を見合わせている。
「松吉の話じゃ、六尺を超える大男で、腕周りが大の男の腿くらいあって、髭面のつるつる頭だったとか?」
「そうそう……」痩せた男、公太がうなずく。「見るからに恐ろしい感じだったなぁ。なあ、みんな?」
皆はうんうんとうなずいてみせる。
「そうかい……」豆蔵もうなずく。「そいつに刺青は無かったかい? つるつる頭に蜘蛛の刺青があったら、オレの知っている野郎なんだがな」
「そいつはどんなヤツなんで?」公太が訊く。「極悪非道な大罪人、とか?」
「ああ、まさにそうなんだ。しばらく江戸を離れていたって話だったが、いつの間にか戻って来たようだな。……どうでぇ? 刺青を覚えていねぇかい?」
豆蔵はぐるりとみんなの顔を見回す。
「ああ、確か、そんなのがあったと思うよ」
女房衆の一人が言う。それを皮切りに各人が言い出した。あれは女郎蜘蛛の刺青だったとか、腕には蝮の刺青があったとか、あれは地獄から湧いて出た鬼の子孫じゃないかとか……
「そうかい、良く分かったよ。それだけはっきりとしているんなら、間違ぇ無ぇ、上尾の鬼蔵の野郎だな」
「名前にも鬼が付くのかい」熊五郎が言う。「そりゃあ、面白れぇ話だ」
「ま、とにかく、みんなの話に礼を言うぜ。これで下手人の目星も付いた」
豆蔵は長屋を後にした。
つづく
「こいつぁ、嫌われたもんだ……」
豆蔵は苦笑する。おかみさんの中に、おたき婆さんとおてるもいた。二人は、豆蔵を見るとそそくさと立ち上がった。
「おい、待ちねぇ、お二人さん」豆蔵は声を掛ける。「改めて、訊きてぇ事があるんだ」
「親分さん、今日は堪忍してやんなよ」井戸端にしゃがんだ恰幅の良いおかみさんが言う。「おたきさんもおてるさんも朝っぱらから大変だったんだからさ」
「そうそう、代わりにあたしら話を聞くよ」別のおかみさんが言う。「でもさ、さっきまで来ていた若い衆に話はしたよ」
他にいる五名ほどのおかみさんたちがうなずく。おかみさんたちの声が聞こえたのだろう、部屋から男衆も、ぞろぞろと出てきた。
「何でぇ、親分?」男衆の一人で腕っ節の強そうなのが言う。「話はさっきしちまったぜ。それとも何か? オレたちを疑っているのか?」
「疑うって、どう言う事でぇ?」豆蔵が腕っ節の男に訊く。「あんたらは嘘は言っていねぇんだろ?」
「いや、親分、機嫌を直してくれ」別の痩せた男が言って頭を下げる。「ちょっとした売り言葉に買い言葉ってやつだよ。……ほれ、熊五郎も謝りな」
「でもよう、公太……」
「やかましい、とにかくこれはお前ぇが悪い」
「すんません……」腕っぷし男の熊五郎がしぶしぶと言った感じで頭を下げる。「ちょっと頭に血が上りやした……」
「気にしちゃいねぇよ。……それよりも、みんなが見たって言う大入道野郎の事をもう少し聞きたくってな」
豆蔵は咳払いをする。長屋の連中は互いに顔を見合わせている。
「松吉の話じゃ、六尺を超える大男で、腕周りが大の男の腿くらいあって、髭面のつるつる頭だったとか?」
「そうそう……」痩せた男、公太がうなずく。「見るからに恐ろしい感じだったなぁ。なあ、みんな?」
皆はうんうんとうなずいてみせる。
「そうかい……」豆蔵もうなずく。「そいつに刺青は無かったかい? つるつる頭に蜘蛛の刺青があったら、オレの知っている野郎なんだがな」
「そいつはどんなヤツなんで?」公太が訊く。「極悪非道な大罪人、とか?」
「ああ、まさにそうなんだ。しばらく江戸を離れていたって話だったが、いつの間にか戻って来たようだな。……どうでぇ? 刺青を覚えていねぇかい?」
豆蔵はぐるりとみんなの顔を見回す。
「ああ、確か、そんなのがあったと思うよ」
女房衆の一人が言う。それを皮切りに各人が言い出した。あれは女郎蜘蛛の刺青だったとか、腕には蝮の刺青があったとか、あれは地獄から湧いて出た鬼の子孫じゃないかとか……
「そうかい、良く分かったよ。それだけはっきりとしているんなら、間違ぇ無ぇ、上尾の鬼蔵の野郎だな」
「名前にも鬼が付くのかい」熊五郎が言う。「そりゃあ、面白れぇ話だ」
「ま、とにかく、みんなの話に礼を言うぜ。これで下手人の目星も付いた」
豆蔵は長屋を後にした。
つづく
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