「姐さん……」
「はい?」
さとみはきょとんとした顔で振り返る。すると、アイが、化粧をしているにもかかわらず、蒼白い顔をして立ちすくんでいた。
「姐さん、いったいどこへ行くんですか?」
「どこって……」さとみは豆蔵に目をやった。豆蔵はこの先ずっとと言わんばかりに、奥の方を指さしている。「この先をずっとだけど……」
「姐さん……」アイがさとみに近寄り、両肩をつかんだ。「この先はやめましょう! この先は『八門通り』ですよ! さすがにヤバいですよ!」
「はあ、『八門通り』……」鸚鵡返しにさとみは答えた。「なんなの、それ?」
「……」アイは呆れたように溜め息をつく。「ご存じないんですか?」
「うん、知らないわ」
「……」
さとみの肩をつかんだ手に力が入る。アイは顔を伏せた。姐さんだと決めたのは間違いだったのか、こんな基本中の基本も知らないなんて、ずぶの素人だ、麗子とは親密になりたいが、この娘とは…… アイは思いを巡らせていた。
「おやおや、こんな所に、獲物が二匹!」突然、若そうな男の大きな声がした。「俺一人じゃ喰いきれねえかなあ?」
さとみとアイは声の方に向いた。
丸刈りで乱暴そうな顔つきをした、さとみたちと同じくらいの歳の男子だった。白抜きの髑髏の絵が大きくプリントされた黒いTシャツに黒のジーンズと言う格好だった。
「お姉ちゃんたち」若者は、いかにも好色そうな感じの笑みを浮かべた。しかし、その目付きは鋭い。「どうだい? ここに来たって事は、OKって事なんだろ?」
「ここって? まだ『八門通り』じゃないんでしょ?」さとみは言った。「危ないのは『八門通り』からじゃないの?」
「なんだ、一匹は外れか。にしても、このガキんちょ、知ったような口きいちゃってえ」若者はからかうように言った。ちんちくりんのさとみが相当子供に見えるようだ。「良い子はお家でおねんねしてな…… 俺が用のあるのはこっちの姉ちゃんだ」
若者はアイを睨み付けながら近寄りだした。アイは恐ろしさにからだが竦んでしまった。すると、さとみはすっとアイの前に立った。若者は呆れた顔で立ち止まった。
「なんだあ、お前?」
「これから大切な用があるの。約束もしてるから、行かなきゃならないの」
「何言ってんだ、お前!」若者の表情から薄ら笑いが消え、険しくなる。「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
「ふざけてないわ! そっちの方こそ、勝手に寄ってきたんじゃない! ふざけてるのはどっちよう!」
「なんだとおおお!」
若者は拳を振り上げた。しかし、そのまま動きが止まってしまった。
さとみには若者の背後にガラの悪そうな霊がへばりついているのが見えていた。ただならぬ気配を察した先導していた豆蔵がその霊の背後にそっと現れた。さとみは霊に豆蔵を悟らせまいと、わざと挑発したのだ。霊はまんまとさとみの手に乗った。若者を介して脅しに集中していた。その間に豆蔵は石礫をその霊に放った。霊は大慌てで消え失せた。そして、ほとんど霊に操られていたからなのだろう、若者は拳を振り上げたまま気を失ってしまったのだ。
「さ、行くわよ!」さとみは振り返ってアイを見上げて言った。「約束は果たさなきゃ!」
「は、はい……」アイはぎごちなく答える。「姐さん、怖くなかったんですか?」
「えっ? 何が?」
「こいつ(アイは動かない若者を恐る恐る指差した)ですよ」
「全然!」さとみは豆蔵を見た。豆蔵はにやりと笑うと右の拳を握り、それから親指を立てて見せた。さとみも真似をする。「単に操られてるだけだから」
「はあ、そうですか……」
この男は上のもっと怖い連中に操られていただけだと姐さんは見通しているし、それに、一瞬で気を失わせる、目にも留まらない技を使うし、何よりも、このわたしを守ってくれたんだ! それなのに、ちょっとの事を知らないからって疑った自分はなんて情けないんだ! 綾部さとみ、このお人は本物だ! アイは思った(すべてが勘違いの上であることをアイは知らない)。
「姐さん……」アイは深々と頭を下げた。「一生付いて行きますう!」
豆蔵が再び先導し始めた。さとみはアイに返事をする暇もなく、その後を追った。
返事がないのでアイは頭を上げた。小さくなったさとみの後ろ姿を見た。アイが泣き出しそうな顔をする。立ち止まったさとみはアイに振り返り、手招きをした。アイは笑顔で走った。しかし、その両の瞳からは涙が流れていた。
つづく
「はい?」
さとみはきょとんとした顔で振り返る。すると、アイが、化粧をしているにもかかわらず、蒼白い顔をして立ちすくんでいた。
「姐さん、いったいどこへ行くんですか?」
「どこって……」さとみは豆蔵に目をやった。豆蔵はこの先ずっとと言わんばかりに、奥の方を指さしている。「この先をずっとだけど……」
「姐さん……」アイがさとみに近寄り、両肩をつかんだ。「この先はやめましょう! この先は『八門通り』ですよ! さすがにヤバいですよ!」
「はあ、『八門通り』……」鸚鵡返しにさとみは答えた。「なんなの、それ?」
「……」アイは呆れたように溜め息をつく。「ご存じないんですか?」
「うん、知らないわ」
「……」
さとみの肩をつかんだ手に力が入る。アイは顔を伏せた。姐さんだと決めたのは間違いだったのか、こんな基本中の基本も知らないなんて、ずぶの素人だ、麗子とは親密になりたいが、この娘とは…… アイは思いを巡らせていた。
「おやおや、こんな所に、獲物が二匹!」突然、若そうな男の大きな声がした。「俺一人じゃ喰いきれねえかなあ?」
さとみとアイは声の方に向いた。
丸刈りで乱暴そうな顔つきをした、さとみたちと同じくらいの歳の男子だった。白抜きの髑髏の絵が大きくプリントされた黒いTシャツに黒のジーンズと言う格好だった。
「お姉ちゃんたち」若者は、いかにも好色そうな感じの笑みを浮かべた。しかし、その目付きは鋭い。「どうだい? ここに来たって事は、OKって事なんだろ?」
「ここって? まだ『八門通り』じゃないんでしょ?」さとみは言った。「危ないのは『八門通り』からじゃないの?」
「なんだ、一匹は外れか。にしても、このガキんちょ、知ったような口きいちゃってえ」若者はからかうように言った。ちんちくりんのさとみが相当子供に見えるようだ。「良い子はお家でおねんねしてな…… 俺が用のあるのはこっちの姉ちゃんだ」
若者はアイを睨み付けながら近寄りだした。アイは恐ろしさにからだが竦んでしまった。すると、さとみはすっとアイの前に立った。若者は呆れた顔で立ち止まった。
「なんだあ、お前?」
「これから大切な用があるの。約束もしてるから、行かなきゃならないの」
「何言ってんだ、お前!」若者の表情から薄ら笑いが消え、険しくなる。「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
「ふざけてないわ! そっちの方こそ、勝手に寄ってきたんじゃない! ふざけてるのはどっちよう!」
「なんだとおおお!」
若者は拳を振り上げた。しかし、そのまま動きが止まってしまった。
さとみには若者の背後にガラの悪そうな霊がへばりついているのが見えていた。ただならぬ気配を察した先導していた豆蔵がその霊の背後にそっと現れた。さとみは霊に豆蔵を悟らせまいと、わざと挑発したのだ。霊はまんまとさとみの手に乗った。若者を介して脅しに集中していた。その間に豆蔵は石礫をその霊に放った。霊は大慌てで消え失せた。そして、ほとんど霊に操られていたからなのだろう、若者は拳を振り上げたまま気を失ってしまったのだ。
「さ、行くわよ!」さとみは振り返ってアイを見上げて言った。「約束は果たさなきゃ!」
「は、はい……」アイはぎごちなく答える。「姐さん、怖くなかったんですか?」
「えっ? 何が?」
「こいつ(アイは動かない若者を恐る恐る指差した)ですよ」
「全然!」さとみは豆蔵を見た。豆蔵はにやりと笑うと右の拳を握り、それから親指を立てて見せた。さとみも真似をする。「単に操られてるだけだから」
「はあ、そうですか……」
この男は上のもっと怖い連中に操られていただけだと姐さんは見通しているし、それに、一瞬で気を失わせる、目にも留まらない技を使うし、何よりも、このわたしを守ってくれたんだ! それなのに、ちょっとの事を知らないからって疑った自分はなんて情けないんだ! 綾部さとみ、このお人は本物だ! アイは思った(すべてが勘違いの上であることをアイは知らない)。
「姐さん……」アイは深々と頭を下げた。「一生付いて行きますう!」
豆蔵が再び先導し始めた。さとみはアイに返事をする暇もなく、その後を追った。
返事がないのでアイは頭を上げた。小さくなったさとみの後ろ姿を見た。アイが泣き出しそうな顔をする。立ち止まったさとみはアイに振り返り、手招きをした。アイは笑顔で走った。しかし、その両の瞳からは涙が流れていた。
つづく
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