恵一郎は父兄席の方を見た。教員たちと来賓客たちが何やら慌ただしい。これからメインイベントの卒業証書授与が始まると言う直前だった。
「あっ!」
恵一郎は思わず声を上げた。
そこに、和服に身を包んだ聖ジョルジュアンナ高等学園の理事長の篠目川清子が立っていたからだ。和服の色や柄は目立つものではなかったが、生地自体が周りを圧倒していた。理事長はそんな事を気にする様子も無く、空席を探しているようだった。と言う事は、たった今やって来たのだろう。木村はいなかった。木村がいたら、別の意味で周りを圧倒していただろう。卒業式と言う場には木村はふさわしくないと判断されたのだろう。
市議会議員として挨拶を述べた中年の男の人が、素早く理事長の所に向かい、しきりに頭を下げながら来賓席へと促す。理事長は穏やかな笑みを浮かべながら断っているようだ。そこへ校長が加わる。声を抑えているつもりの校長だったが、地声の高いその声はしっかりと「是非是非こちらへ。いやあ、お出ましと知っていましたなら、お出迎えに参りましたものを。聖ジョルジュアンナ高等学園の理事長様」と言っているのが聞こえていた。
それが合図になったかのように、皆が一斉に理事長を見た。生徒たちは振り返り、父兄たちは見上げ、教師と来賓客たちは立ち上がる。しかし、誰も声を発しなかった。自然と溢れ流れてくる、理事長の「上流のオーラ」は、それほどに圧倒的だったのだ。
理事長は、何事も無いかのように、相変わらず優しく微笑んでいる。市議会議員と校長に促され、理事長は来賓席へと向かう。
途中で、理事長は恵一郎と目があった。理事長は立ち止まり、恵一郎に軽くうなずいて見せた。恵一郎もうなずき返した。
……ひょっとして、僕の親が来ない事を知って、来てくれたんだろうか? そうだ、そうに違いない! 恵一郎は思った。
恵一郎は胸を張った。理事長は恵一郎の様子に満足したようで、校長に勧められた席へと座った。
「上流の人」なんて言っている両親のような人たちの方が逆に相手を区別しているんじゃないだろうか? 隣の家の人に、自分の家の当り前が通じないって事はある話だ。もちろん、その逆だってある。そうさ、クラスが違っただけで雰囲気も違っているんだ。テレビでも県民性の違いをネタにしたりしているんだ。だったら、上流の人々との違いだってあるものなのさ。自分基準だと、自分と違うって事でぶつぶつと文句も言いたくなるのさ。理事長先生に対してだって、後でぶつぶつと文句を言う人が出て来るんだろうな。でも、全然動じないあの態度は凄いよな。確かに僕は平凡が服を着て歩いている。だったら、堂々と平凡でいれば良いんだ。そんな事を考えている恵一郎だった。
理事長の登場でのざわつきが収まり、式が再開した。校長がステージに上がる。静かに音楽が流れる。教頭が「操業証書授与」とスタンドマイクに向かって言う。一組の担任と入れ替わる。「三年一組起立!」担任の声に一組全員が立つ。続けて、担任が生徒一人一人の名を呼ぶ。呼ばれた順にステージに上がり校長から卒業証書を受け取る。
恵一郎のクラスは四組だ。順番が回って来て、担任の黒田が起立を告げる。四組全員が起立する。順に名前が呼ばれる。
「岡園恵一郎!」
名前が呼ばれた。
「はい!」
恵一郎は自信を持って返事をした。
その様子を、理事長は大きくうなずきながら見守っていた。
こうして、岡園恵一郎は、まさに、新たな一歩を、人間としての新たな一歩を踏み出す事になったのである。
第1部 おしまい
作者註:何とか恵一郎君は卒業できました。彼が特待生として入学する『聖ジョルジュアンナ高等学園』とは、どんな学校なのか? どんな出来事が待っているのか? 「第2部 恵一郎入学す」を現在構想中です。乞うご期待、なんて偉そうな事は口が裂けても言えません。温く見守って頂ければと思っております。では、ひとまずはおしまいと言う事でございます。
「あっ!」
恵一郎は思わず声を上げた。
そこに、和服に身を包んだ聖ジョルジュアンナ高等学園の理事長の篠目川清子が立っていたからだ。和服の色や柄は目立つものではなかったが、生地自体が周りを圧倒していた。理事長はそんな事を気にする様子も無く、空席を探しているようだった。と言う事は、たった今やって来たのだろう。木村はいなかった。木村がいたら、別の意味で周りを圧倒していただろう。卒業式と言う場には木村はふさわしくないと判断されたのだろう。
市議会議員として挨拶を述べた中年の男の人が、素早く理事長の所に向かい、しきりに頭を下げながら来賓席へと促す。理事長は穏やかな笑みを浮かべながら断っているようだ。そこへ校長が加わる。声を抑えているつもりの校長だったが、地声の高いその声はしっかりと「是非是非こちらへ。いやあ、お出ましと知っていましたなら、お出迎えに参りましたものを。聖ジョルジュアンナ高等学園の理事長様」と言っているのが聞こえていた。
それが合図になったかのように、皆が一斉に理事長を見た。生徒たちは振り返り、父兄たちは見上げ、教師と来賓客たちは立ち上がる。しかし、誰も声を発しなかった。自然と溢れ流れてくる、理事長の「上流のオーラ」は、それほどに圧倒的だったのだ。
理事長は、何事も無いかのように、相変わらず優しく微笑んでいる。市議会議員と校長に促され、理事長は来賓席へと向かう。
途中で、理事長は恵一郎と目があった。理事長は立ち止まり、恵一郎に軽くうなずいて見せた。恵一郎もうなずき返した。
……ひょっとして、僕の親が来ない事を知って、来てくれたんだろうか? そうだ、そうに違いない! 恵一郎は思った。
恵一郎は胸を張った。理事長は恵一郎の様子に満足したようで、校長に勧められた席へと座った。
「上流の人」なんて言っている両親のような人たちの方が逆に相手を区別しているんじゃないだろうか? 隣の家の人に、自分の家の当り前が通じないって事はある話だ。もちろん、その逆だってある。そうさ、クラスが違っただけで雰囲気も違っているんだ。テレビでも県民性の違いをネタにしたりしているんだ。だったら、上流の人々との違いだってあるものなのさ。自分基準だと、自分と違うって事でぶつぶつと文句も言いたくなるのさ。理事長先生に対してだって、後でぶつぶつと文句を言う人が出て来るんだろうな。でも、全然動じないあの態度は凄いよな。確かに僕は平凡が服を着て歩いている。だったら、堂々と平凡でいれば良いんだ。そんな事を考えている恵一郎だった。
理事長の登場でのざわつきが収まり、式が再開した。校長がステージに上がる。静かに音楽が流れる。教頭が「操業証書授与」とスタンドマイクに向かって言う。一組の担任と入れ替わる。「三年一組起立!」担任の声に一組全員が立つ。続けて、担任が生徒一人一人の名を呼ぶ。呼ばれた順にステージに上がり校長から卒業証書を受け取る。
恵一郎のクラスは四組だ。順番が回って来て、担任の黒田が起立を告げる。四組全員が起立する。順に名前が呼ばれる。
「岡園恵一郎!」
名前が呼ばれた。
「はい!」
恵一郎は自信を持って返事をした。
その様子を、理事長は大きくうなずきながら見守っていた。
こうして、岡園恵一郎は、まさに、新たな一歩を、人間としての新たな一歩を踏み出す事になったのである。
第1部 おしまい
作者註:何とか恵一郎君は卒業できました。彼が特待生として入学する『聖ジョルジュアンナ高等学園』とは、どんな学校なのか? どんな出来事が待っているのか? 「第2部 恵一郎入学す」を現在構想中です。乞うご期待、なんて偉そうな事は口が裂けても言えません。温く見守って頂ければと思っております。では、ひとまずはおしまいと言う事でございます。
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