ミツルがみつとともに姿を消した後、豆蔵たちは幾度も校舎への侵入を図ったが、全く出来なかった。
「豆蔵さん、どうしたもんだろう……」竜二が不安そうに言う。「おみっちゃんを助けないと……」
「分かっておりやす!」豆蔵はもう一度窓に当たる。しかし、弾き返されるばかりだった。「……くそう……」
「わたしたちじゃ、学校に入れないわ!」虎之助が忌々しそうに窓ガラスを叩く。「あの変態女め! な~にが男装の麗人よ! ふざけやがってさ!」
「皆様……」冨美代が肩を震わせて泣く。「わたくしのために…… 何と申し上げたらよいか…… わたくしが素直にあのミツルに従ごうておれば良かったのですわ…… そうすれば……」
「そんな事はござんせんよ、冨美代様……」豆蔵が言う。「みつ様は誰のためではなく、正しい事のために動く、心の広いお方です。囚わ人が冨美代様でなくても、同じ事をなすっておりやす」
「そうよ、冨美代さん。みつさんは本当に心の広い人だわ」虎之助がうなずく。「わたし、みつさんを嫉妬して、いじわるしたわ。だって、あんなに美人で腕も立つなんてさ、羨ましいじゃない? でもね、許してもらったわ。いえ、許してもらったって言うより、相手にもされてなかったわ」
「おみっちゃんはよう、オレみたいなヤツにも優しいんだ」竜二が言う。「おみっちゃんはよう、おみっちゃんって呼ばれるのがイヤだって言うんだけどよう、みつさんなんって照れくさくって呼べねぇんだよう……」
「で、僕たちはこれからどうしましょう?」嵩彦が言う。「校舎に入れなければ手の打ちようがありませんが……」
「学校の中にいるとは限らないんじゃないか?」竜二が言う。「おみっちゃんといっしょにどこかへ行っちゃったとかさ」
「それはどうでやしょう……」豆蔵が腕組みをする。「あの女は黒幕の影野郎の配下でしょうから、勝手に出て行くなんて出来ねぇでしょう。それに建物の中にいれば、あっしらは手出しが出来ねぇ。きっと悔しそうにしているあっしらを見て笑っていやがるでしょう」
「そうね、あの糞女なら、そうするはずよ!」虎之助が声を荒げる。「偉そうに上から目線でさ! 罵られたりするのが嬉しいだなんて言ってたけど、あれは嘘だわ。あいつは相手をいたぶって悦ぶイカレ女だわ!」
「じゃあ、僕たちには手の出しようがないと……」嵩彦は頭を抱える。「嗚呼、どうしたものか……」
「嵩彦様!」冨美代が言う。「帝大の秀才が何を弱気な事をおっしゃっているのですか! 何か良いお知恵をお示しくださいまし!」
「冨美代さん……」
嵩彦は冨美代を見る。そこには今までの深窓の令嬢と言った、脆くすぐに手折れそうな小さな花の様相は無かった。風雨に絶えられる程に茎のしっかりした大輪の花のようであった。
「とにかく、この度はあっしの浅はかな思いが招いた事でございやす……」豆蔵が皆に頭を下げる。「あっしらだけで始末をつけようだなんて、大それたことを考えたばかりに…… この豆蔵、悔やんでも悔やみ切れやせん……」
「豆蔵さん……」虎之助が豆蔵の肩を叩く。「一人で抱え込んじゃダメよ。だって、みんなでそうしようって決めたんだからさ。責任って言うんなら、みんなにあるわ」
「そうだぜ、豆蔵さん」竜二がうなずく。「やらずにうじうじするんなら、やって後悔した方が良いって言うじゃないか」
「竜二ちゃん……」虎之助が呆れた顔で竜二を見る。「言いたい事は分かるけど、ちょっと例えがおかしいわよ」
「皆さん……」豆蔵が顔を上げる。「あっしらは中へ入る事は出来やせん。そこで、あっしはこれから嬢様の所へ行って洗いざらい全てをお話しし、どうしたものかと相談してめぇりやす」
「じゃあよ、オレたちは百合恵さんに相談してみるよ」竜二が言う。「さとみちゃんも頼りになるけどさ、百合恵さんの方がもっと頼りになるからなぁ」
「まあ、竜二ちゃんったら!」虎之助が竜二のお尻をつねる。竜二が悲鳴を上げる。「他の女に頼るなんて悔しいわ! でも、それが正解ね。だから、余計に悔しいっ!」
「うぎゃあああっ!」虎之助にさらに一つねりされ、竜二はさらに悲鳴を上げる。「正解だってんならつねるなよう!」
「じゃあ、手分けを致しやしょう」豆蔵が言う。「あっしは一人で嬢様の所へめぇりやす。皆さんは百合恵さんの所へ……」
「あのう……」嵩彦が手を上げる。「僕も行かねばなりませんか?」
「何をおっしゃるのですか、嵩彦様!」冨美代が言う。「わたくしたちを身を挺して解き放ってくださったお方が窮地なのですよ!」
「でも、本来の目的は僕たちの解放だったんなら、それは叶ったわけだし、皆さんの事情を知らぬ僕たちは単なる足手纏いでしかないと思うんだ」
「……おっしゃる意味が分からないのですが……」
「だから、僕たちはここでお暇するんだ。何も出来ない僕たちが居続けるのは不合理だ」
「嵩彦様!」冨美代は激高した。「何と情けない事をおっしゃるのです! みつ様をご覧になっていらっしゃらなかったのですか! 屈辱を甘んじてお受けになって、わたくしたちをお救い下さったのですよ! それを、それを……」
「冨美代さん、勘違いをしないでくれたまえ!」嵩彦が顔を伏せた冨美代の肩に手を置いた。「僕たちは逃げるんじゃない。僕たちがこれ以上関わっても、皆さんのお邪魔になるだけだと言っているんだよ。僕も冨美代さんも剣術が出来るわけじゃない、武術が出来るわけでもない。何が出来るんだ? 頑張れと応援をするのかい? それこそ無駄な事だ。ならば、僕たちが安全な所に居る方が皆さんの不安を軽減できるんだ」
「……分かっています、分かっていますわ」冨美代顔を上げ嵩彦を見つめる。つぶらな二つの瞳から涙が溢れ出した。「ですが、情として、人としての情がそうする様にとは申しませんの! わたくしは皆様と参ります! 嵩彦様はこの騒動が終わるまで何処ぞへとお隠れ下さいまし!」
「そんな、冨美代さん……」
嵩彦を残して皆は消えた。ひゅうと冷たい風が嵩彦を通り過ぎて行く。
つづく
「豆蔵さん、どうしたもんだろう……」竜二が不安そうに言う。「おみっちゃんを助けないと……」
「分かっておりやす!」豆蔵はもう一度窓に当たる。しかし、弾き返されるばかりだった。「……くそう……」
「わたしたちじゃ、学校に入れないわ!」虎之助が忌々しそうに窓ガラスを叩く。「あの変態女め! な~にが男装の麗人よ! ふざけやがってさ!」
「皆様……」冨美代が肩を震わせて泣く。「わたくしのために…… 何と申し上げたらよいか…… わたくしが素直にあのミツルに従ごうておれば良かったのですわ…… そうすれば……」
「そんな事はござんせんよ、冨美代様……」豆蔵が言う。「みつ様は誰のためではなく、正しい事のために動く、心の広いお方です。囚わ人が冨美代様でなくても、同じ事をなすっておりやす」
「そうよ、冨美代さん。みつさんは本当に心の広い人だわ」虎之助がうなずく。「わたし、みつさんを嫉妬して、いじわるしたわ。だって、あんなに美人で腕も立つなんてさ、羨ましいじゃない? でもね、許してもらったわ。いえ、許してもらったって言うより、相手にもされてなかったわ」
「おみっちゃんはよう、オレみたいなヤツにも優しいんだ」竜二が言う。「おみっちゃんはよう、おみっちゃんって呼ばれるのがイヤだって言うんだけどよう、みつさんなんって照れくさくって呼べねぇんだよう……」
「で、僕たちはこれからどうしましょう?」嵩彦が言う。「校舎に入れなければ手の打ちようがありませんが……」
「学校の中にいるとは限らないんじゃないか?」竜二が言う。「おみっちゃんといっしょにどこかへ行っちゃったとかさ」
「それはどうでやしょう……」豆蔵が腕組みをする。「あの女は黒幕の影野郎の配下でしょうから、勝手に出て行くなんて出来ねぇでしょう。それに建物の中にいれば、あっしらは手出しが出来ねぇ。きっと悔しそうにしているあっしらを見て笑っていやがるでしょう」
「そうね、あの糞女なら、そうするはずよ!」虎之助が声を荒げる。「偉そうに上から目線でさ! 罵られたりするのが嬉しいだなんて言ってたけど、あれは嘘だわ。あいつは相手をいたぶって悦ぶイカレ女だわ!」
「じゃあ、僕たちには手の出しようがないと……」嵩彦は頭を抱える。「嗚呼、どうしたものか……」
「嵩彦様!」冨美代が言う。「帝大の秀才が何を弱気な事をおっしゃっているのですか! 何か良いお知恵をお示しくださいまし!」
「冨美代さん……」
嵩彦は冨美代を見る。そこには今までの深窓の令嬢と言った、脆くすぐに手折れそうな小さな花の様相は無かった。風雨に絶えられる程に茎のしっかりした大輪の花のようであった。
「とにかく、この度はあっしの浅はかな思いが招いた事でございやす……」豆蔵が皆に頭を下げる。「あっしらだけで始末をつけようだなんて、大それたことを考えたばかりに…… この豆蔵、悔やんでも悔やみ切れやせん……」
「豆蔵さん……」虎之助が豆蔵の肩を叩く。「一人で抱え込んじゃダメよ。だって、みんなでそうしようって決めたんだからさ。責任って言うんなら、みんなにあるわ」
「そうだぜ、豆蔵さん」竜二がうなずく。「やらずにうじうじするんなら、やって後悔した方が良いって言うじゃないか」
「竜二ちゃん……」虎之助が呆れた顔で竜二を見る。「言いたい事は分かるけど、ちょっと例えがおかしいわよ」
「皆さん……」豆蔵が顔を上げる。「あっしらは中へ入る事は出来やせん。そこで、あっしはこれから嬢様の所へ行って洗いざらい全てをお話しし、どうしたものかと相談してめぇりやす」
「じゃあよ、オレたちは百合恵さんに相談してみるよ」竜二が言う。「さとみちゃんも頼りになるけどさ、百合恵さんの方がもっと頼りになるからなぁ」
「まあ、竜二ちゃんったら!」虎之助が竜二のお尻をつねる。竜二が悲鳴を上げる。「他の女に頼るなんて悔しいわ! でも、それが正解ね。だから、余計に悔しいっ!」
「うぎゃあああっ!」虎之助にさらに一つねりされ、竜二はさらに悲鳴を上げる。「正解だってんならつねるなよう!」
「じゃあ、手分けを致しやしょう」豆蔵が言う。「あっしは一人で嬢様の所へめぇりやす。皆さんは百合恵さんの所へ……」
「あのう……」嵩彦が手を上げる。「僕も行かねばなりませんか?」
「何をおっしゃるのですか、嵩彦様!」冨美代が言う。「わたくしたちを身を挺して解き放ってくださったお方が窮地なのですよ!」
「でも、本来の目的は僕たちの解放だったんなら、それは叶ったわけだし、皆さんの事情を知らぬ僕たちは単なる足手纏いでしかないと思うんだ」
「……おっしゃる意味が分からないのですが……」
「だから、僕たちはここでお暇するんだ。何も出来ない僕たちが居続けるのは不合理だ」
「嵩彦様!」冨美代は激高した。「何と情けない事をおっしゃるのです! みつ様をご覧になっていらっしゃらなかったのですか! 屈辱を甘んじてお受けになって、わたくしたちをお救い下さったのですよ! それを、それを……」
「冨美代さん、勘違いをしないでくれたまえ!」嵩彦が顔を伏せた冨美代の肩に手を置いた。「僕たちは逃げるんじゃない。僕たちがこれ以上関わっても、皆さんのお邪魔になるだけだと言っているんだよ。僕も冨美代さんも剣術が出来るわけじゃない、武術が出来るわけでもない。何が出来るんだ? 頑張れと応援をするのかい? それこそ無駄な事だ。ならば、僕たちが安全な所に居る方が皆さんの不安を軽減できるんだ」
「……分かっています、分かっていますわ」冨美代顔を上げ嵩彦を見つめる。つぶらな二つの瞳から涙が溢れ出した。「ですが、情として、人としての情がそうする様にとは申しませんの! わたくしは皆様と参ります! 嵩彦様はこの騒動が終わるまで何処ぞへとお隠れ下さいまし!」
「そんな、冨美代さん……」
嵩彦を残して皆は消えた。ひゅうと冷たい風が嵩彦を通り過ぎて行く。
つづく
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