お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

霊感少女 さとみ 15

2011年07月17日 | 霊感少女 さとみ (全132話完結)
 さとみはぽうっとした表情のまま、カバンを胸元に抱え、豆蔵の背中だけを見て歩いている。ふと、さとみの表情が強張った。足が止まった。
「ねえ・・・」立ち止まったさとみから霊体が抜け出し、豆蔵に声をかけた。微かにさとみの声は震えている。「まだ先に行くの? ここって、とってもイヤな感じがするんだけど・・・」
「はい・・・」豆蔵は頭を下げた。「嬢様には申し訳ないんですが、今しばらくのご辛抱を・・・」
「一体どこへ行くつもりなの?」
 さとみはきょろきょろと辺りを見回す。見えている老若男女の霊体達はさとみの知っている類のものではなかった。ここの霊体達が醸し出しているのは、黒い怨念と引き千切られそうな嫉妬など、負の感情だった。それらが大きくうねり、絡み合っている。
「どこへ行くのよう!」
「繁華街の、ど真ん中でして・・・」豆蔵は言いにくそうに言う。「夜に大人たちの集まる場所の中心でして・・・」
「えええっ!」さとみは絶句する。霊体達が低く笑う。「そんなあ・・・」
 さとみは麗子から聞いたことがあった。麗子が言うには夜の繁華街は「如何わしい場所」なのだそうだ。
 しかし、夜の方が人の多い分、安心かも知れない、さとみはそう思った。
 昼間なのに、どんよりとしたこの空気は、夜の疲れで眠っているという感じがしない。夜の賑やかさを避け、澱みに浮かぶ汚物のようにたむろう霊体達にとっては、この時間の方が闇の世界なのだ。ここの霊体達の負の感情が一気に膨らむ時間なのだ。繁華街の雰囲気と霊体の黒い念とが、ここをさらに危険なものにしていた。
 生きている間に碌な事をしてこなかったような男女達が、生きている人達をなんとか不幸に陥れてやろうと、暗い炎をその瞳に燃え上がらせ、往来を見つめている。ここに住みついた生きている人達にはそれぞれ数体の霊が纏わりつき、事あるごとに不幸になる方へと誘っている。霊体の抜けたさとみにも、いやらしい顔つきをした男たちの霊体が数体近付いていた。
 豆蔵がさとみのからだに駆け寄り、霊体を十手で追い払った。霊体達は、追い払われながら、まだいやらしい目付きでさとみのからだを見ていた。
「嬢様」豆蔵はまた頭を下げた。「やはり嬢様はここに来てはいけませんでした。今からお帰りください。ももさんの居所はわたしが探り当てます」
「うん・・・」さとみは素直に頷く。しかし、すぐに心配そうな顔になる。「ももちゃん、どうしてこんな所に・・・?」
「ももさんの持つ雰囲気が、どうもこの街を連想させまして・・・」
 豆蔵は目を細め、遠くを見るような表情をしながら言った。さとみには考えの及ばない話だった。偉ぶってみても自分はまだまだ子供なんだ、さとみは思った。
「それで、昨日あの後にここへ来て、聞き込みを致しました。案の定、ももさんらしき人を見たことがあると言う話が聞けました」豆蔵はここで困惑した表情になる。「ここいらのお店でお勤めでした。お店は・・・なんて言いましたか・・・どうも横文字は苦手でして・・・」
「・・・シャノアールよ」
 気だるい女の声がした。さとみと豆蔵が声の方に振り返る。
 胸元と背中が大きく開いた赤いロングドレスを纏った、三十半ばを過ぎた感じの気の強そうな美人が、とろんと眠そうな目を二人に向け、形の良い唇に皮肉そうな笑みを浮かべ、店の壁に凭れかかり、右の人差し指と中指の間に挟んだタバコを軽く振って見せた。
 わっ! 大人の色気むんむん! さとみは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「これはこれは・・・」豆蔵は十手を女に振って見せた。幾分顔がにやけている。「百合恵姐さんじゃないですか」



 つづく



web拍手を送る





コメントを投稿