「それは……」オーランド・ゼムの声が優しいものになった。「わたしが若い頃に付き合っていた女性たちに買ってあげたものの残りだよ。買ってはみたものの、気に入らないとか何とか言われてね」
「そんな事を言った人がいたの!」ジェシルは驚く。「命知らずな女性たちねぇ……」
「ははは、わたしは気に入った女性には寛大だ」
ジェシルは吊り下がっている服たちを見る。オーランド・ゼムほどの大物が買い与えるのだから、半端なものではないし、袖も通されなかったせいもあって、型崩れはしていない。博物館並みに歴史的なものもあるし、比較的最近のものもある。長命なオーランド・ゼムのその時々の浮名を語るものと言えよう。
装飾品も一級品ばかりだ。このネックレスや指輪などの中のどれか一つでも売れば、一生安泰に暮らせるだけの価値はある。
「あら?」ジェシルは赤い宝石をあしらったカレイル花を象ったブローチを見て呟く。「オーランド・ゼム! これって盗品じゃない?」
「そうだったかな? 色々あり過ぎて、良く分からないな」
「確か五十年程前に、ある金持ちの家から盗まれたものだわ。とんでもない価値があるはずよ。……あなただったの?」
「ははは、さすが貴族出身のお嬢様だ。中々の目利きだね」オーランド・ゼムは嬉しそうだ。「だがね、これをプレゼントしようとした女性に『わたしはカレイル花が嫌いなの』と言われて突っ返されたのさ」
「あなたはたくさんの女性とお付合いしたかもしれないけど、お馬鹿さんも多かったようねぇ……」
「厳しい事を言うねぇ、ジェシルは」オーランド・ゼムの声は更に楽しそうになった。「まあ、わたしは女性に可愛らしさを求めているからねぇ」
「じゃあ、わたしはあなたのお眼鏡には適わないって事ね。安心したわ」
「最近はすぐ怒り出す女性も良いかなと思っているんだがね……」
「ふん!」
ジェシルは鼻を鳴らすと、黙ったまま服を物色し始めた。
派手な服の中に、黒くて鈍い光沢を放っているジャンプスーツタイプのものを見つけた。その隣には同じ素材のマントが下がっている。ジェシルはそれらを取り出した。どちらもジェシルにはやや小振りに見えた。
ジャンプスーツは宇宙パトロールの制服と同じように前ファスナーになっている。マントには顔をすっぽりと覆えるくらいの大きな黒いフードが付いている。更にロッカーを探ると、同じ素材のブーツと手袋が見つかった。それらも取り出す。
「これにするわ」ジェシルは言う。「なんだか真っ黒で『ニンジャ』っぽいじゃない?」
「そんなのがあったのか……」オーランド・ゼムが言う。「何処の誰に買ってやったのか、全く覚えがないな。見る限り、それらは今は絶滅したファーレウン牛の皮で出来ているようだ。軽くて伸縮性があって通気も良い。……ただ、ジェシルには少し小さいのではないかね? 逆にぴちぴちになって動きにくくなるのではないか?」
「別に良いでしょ? どれでも良いって言ったんだから」
ジェシルはそれらを抱え、宇宙艇まで進む。抱えた衣服を宇宙艇の上に置き、オーランド・ゼムのメモを取り上げる。それを四つ折りにすると、制服の前ファスナーを少し下げ、ぴっちりとした胸の谷間に挟み込んだ。それから宇宙艇の上に腹ばいになる。
ジェシルは胸が大きいので、上半身が反り気味になった。両肘を付いてスティックを握ると右側から透明なカバーが出て来てジェシルを覆う。からだはラップでぴっちりと包まれた食材のようになっているが、顔とスティックの前には空間が出来ていた。オーランド・ゼムが言っていたように、正面右下に座標図が現われた。
息苦しさは無かった。説明書には「呼吸には心配なし」としか書かれていなかった。どう言う仕組みになっているのかをジェシルは考えようとしたが、止めた。ドクターに聞いたとしても、きっと一般には理解出来ない説明をくどくどと長時間されるに決まっているからだ。ならば、呼吸が出来るのだと割り切っていた方が良い。
「さあ、いつでもゲートを開けて良いわよ!」
「ジェシル、着替えはしなくて良いのかね?」
「ベルダに着いてからでも良いじゃない? それに、おじいちゃんにサービスする気なんてないわ。第一、ボディガードの条件に、着替えを見せるなんて条件は無かったし」
「では、ゲートを開ける」スピーカーからの声がハービィに変わった。オーランド・ゼムはジェシルの言葉に嫌気がさしたのだろうか。「気を付けて行けよ、ハニー」
「ありがとう、ハービィ」ジェシルは答えた。……でも、ハニーは頂けないわねぇ。ジェシルは思った。「じゃ、ゲートを開けて!」
ゲートが開き始める。辺境の宙域だけあって、星は少ない。暗い宇宙空間が開き始めたゲートから覗く。ジェシルはスティックを操作する。宇宙艇はふわりと浮き上がった。
「あら、ずいぶんと優しい動きじゃない」
ジェシルは呟く。……おじいちゃんの脱出用だものね。無茶は出来ないわよね。ジェシルは思った。
ゲートが開いた。漆黒に近い宇宙空間が見える。ジェシルはスティックを操作して前進した。
「きゃああああ!」
ジェシルは悲鳴を上げた。ほんの少しスティックを傾けただけなのに、急発進をしたからだ。勢い良く、オーランド・ゼムの宇宙船を飛び出した。
「だから、ドクターの作ったものって心配なのよ! 今度会ったら、絶対文句を言ってやるわ!」
宇宙艇は方向が定まらず、ベルダに背を向けて進む。ジェシルはとにかくスティックをあれこれの方向に傾けながら操作をする。右に曲がり、左に曲がり、時折後退をしながらも、徐々に操作のコツをつかむ。しばらくすると、手足の様に使いこなす事が出来るようになった。
「やれやれ……」ジェシルは一息つく。「本当にドクターのものって、こんなのばっかりよね」
ジェシルは惑星ベルダに向きを変える。ベルダに近付いたので、胸に挟んだメモを取り出し、肘と肘の間に広げた。右下の座標図を見ながら飛び進む。
眼下にはごつごつとした岩肌が続いている。……こんな所に本当に街なんてあるのかしら? ジェシルは思う。……街があっても、どうせ小さい田舎街って所でしょうね。そう思い、ジェシルはくすくすと笑う。
オーランド・ゼムの記した座標に近付く。と、目の前に巨大な都市が現われた。そびえたつビル群が様々な色のライトで漆黒の中に浮き上がっている。
「何よぉ! こんな大都市だったなんて! この中からアーセルを捜すのぉ?」ジェシルは呆れてしまう。「それにしても、これだけのものを宇宙パトロールが把握できていないなんて……」
ジェシルは座標図を見る。この大都市は目的地から少しずれている。
「オーランド・ゼムが間違っていたのね。一体何百年前の座標を渡してくれたのかしらねぇ……」
ジェシルは着陸しようとした。何気なく下を見ると、さびれた様子の小さな街が見えた。ジェシルが思い描いていた田舎街そのものだった。オーランド・ゼムのメモを見て座標を確認すると、まさにその街を示していた。
「まさか、あれがデーラフーラ……?」ジェシルは呟く。「……ま、あの大都市を回るよりは楽そうね。あそこから始めてみましょうか。何か分かるかもしれないわ」
ジェシルは田舎街の近郊の岩だらけの高台に着陸した。カバーが外れ、ジェシルは立ち上がった。気温はそれほど低くはない。惑星自体の地熱が高いのかもしれない。太陽が遠いせいなのか、夕方程度の明るさだ。ジェシルは、強張ったからだを治すため、大きく伸びをした。それから周囲を見回す。誰も居ない。
「……さてと、お着替えをしますか……」
ジェシルは制服の前ファスナーを一気に下げた。
つづく
「そんな事を言った人がいたの!」ジェシルは驚く。「命知らずな女性たちねぇ……」
「ははは、わたしは気に入った女性には寛大だ」
ジェシルは吊り下がっている服たちを見る。オーランド・ゼムほどの大物が買い与えるのだから、半端なものではないし、袖も通されなかったせいもあって、型崩れはしていない。博物館並みに歴史的なものもあるし、比較的最近のものもある。長命なオーランド・ゼムのその時々の浮名を語るものと言えよう。
装飾品も一級品ばかりだ。このネックレスや指輪などの中のどれか一つでも売れば、一生安泰に暮らせるだけの価値はある。
「あら?」ジェシルは赤い宝石をあしらったカレイル花を象ったブローチを見て呟く。「オーランド・ゼム! これって盗品じゃない?」
「そうだったかな? 色々あり過ぎて、良く分からないな」
「確か五十年程前に、ある金持ちの家から盗まれたものだわ。とんでもない価値があるはずよ。……あなただったの?」
「ははは、さすが貴族出身のお嬢様だ。中々の目利きだね」オーランド・ゼムは嬉しそうだ。「だがね、これをプレゼントしようとした女性に『わたしはカレイル花が嫌いなの』と言われて突っ返されたのさ」
「あなたはたくさんの女性とお付合いしたかもしれないけど、お馬鹿さんも多かったようねぇ……」
「厳しい事を言うねぇ、ジェシルは」オーランド・ゼムの声は更に楽しそうになった。「まあ、わたしは女性に可愛らしさを求めているからねぇ」
「じゃあ、わたしはあなたのお眼鏡には適わないって事ね。安心したわ」
「最近はすぐ怒り出す女性も良いかなと思っているんだがね……」
「ふん!」
ジェシルは鼻を鳴らすと、黙ったまま服を物色し始めた。
派手な服の中に、黒くて鈍い光沢を放っているジャンプスーツタイプのものを見つけた。その隣には同じ素材のマントが下がっている。ジェシルはそれらを取り出した。どちらもジェシルにはやや小振りに見えた。
ジャンプスーツは宇宙パトロールの制服と同じように前ファスナーになっている。マントには顔をすっぽりと覆えるくらいの大きな黒いフードが付いている。更にロッカーを探ると、同じ素材のブーツと手袋が見つかった。それらも取り出す。
「これにするわ」ジェシルは言う。「なんだか真っ黒で『ニンジャ』っぽいじゃない?」
「そんなのがあったのか……」オーランド・ゼムが言う。「何処の誰に買ってやったのか、全く覚えがないな。見る限り、それらは今は絶滅したファーレウン牛の皮で出来ているようだ。軽くて伸縮性があって通気も良い。……ただ、ジェシルには少し小さいのではないかね? 逆にぴちぴちになって動きにくくなるのではないか?」
「別に良いでしょ? どれでも良いって言ったんだから」
ジェシルはそれらを抱え、宇宙艇まで進む。抱えた衣服を宇宙艇の上に置き、オーランド・ゼムのメモを取り上げる。それを四つ折りにすると、制服の前ファスナーを少し下げ、ぴっちりとした胸の谷間に挟み込んだ。それから宇宙艇の上に腹ばいになる。
ジェシルは胸が大きいので、上半身が反り気味になった。両肘を付いてスティックを握ると右側から透明なカバーが出て来てジェシルを覆う。からだはラップでぴっちりと包まれた食材のようになっているが、顔とスティックの前には空間が出来ていた。オーランド・ゼムが言っていたように、正面右下に座標図が現われた。
息苦しさは無かった。説明書には「呼吸には心配なし」としか書かれていなかった。どう言う仕組みになっているのかをジェシルは考えようとしたが、止めた。ドクターに聞いたとしても、きっと一般には理解出来ない説明をくどくどと長時間されるに決まっているからだ。ならば、呼吸が出来るのだと割り切っていた方が良い。
「さあ、いつでもゲートを開けて良いわよ!」
「ジェシル、着替えはしなくて良いのかね?」
「ベルダに着いてからでも良いじゃない? それに、おじいちゃんにサービスする気なんてないわ。第一、ボディガードの条件に、着替えを見せるなんて条件は無かったし」
「では、ゲートを開ける」スピーカーからの声がハービィに変わった。オーランド・ゼムはジェシルの言葉に嫌気がさしたのだろうか。「気を付けて行けよ、ハニー」
「ありがとう、ハービィ」ジェシルは答えた。……でも、ハニーは頂けないわねぇ。ジェシルは思った。「じゃ、ゲートを開けて!」
ゲートが開き始める。辺境の宙域だけあって、星は少ない。暗い宇宙空間が開き始めたゲートから覗く。ジェシルはスティックを操作する。宇宙艇はふわりと浮き上がった。
「あら、ずいぶんと優しい動きじゃない」
ジェシルは呟く。……おじいちゃんの脱出用だものね。無茶は出来ないわよね。ジェシルは思った。
ゲートが開いた。漆黒に近い宇宙空間が見える。ジェシルはスティックを操作して前進した。
「きゃああああ!」
ジェシルは悲鳴を上げた。ほんの少しスティックを傾けただけなのに、急発進をしたからだ。勢い良く、オーランド・ゼムの宇宙船を飛び出した。
「だから、ドクターの作ったものって心配なのよ! 今度会ったら、絶対文句を言ってやるわ!」
宇宙艇は方向が定まらず、ベルダに背を向けて進む。ジェシルはとにかくスティックをあれこれの方向に傾けながら操作をする。右に曲がり、左に曲がり、時折後退をしながらも、徐々に操作のコツをつかむ。しばらくすると、手足の様に使いこなす事が出来るようになった。
「やれやれ……」ジェシルは一息つく。「本当にドクターのものって、こんなのばっかりよね」
ジェシルは惑星ベルダに向きを変える。ベルダに近付いたので、胸に挟んだメモを取り出し、肘と肘の間に広げた。右下の座標図を見ながら飛び進む。
眼下にはごつごつとした岩肌が続いている。……こんな所に本当に街なんてあるのかしら? ジェシルは思う。……街があっても、どうせ小さい田舎街って所でしょうね。そう思い、ジェシルはくすくすと笑う。
オーランド・ゼムの記した座標に近付く。と、目の前に巨大な都市が現われた。そびえたつビル群が様々な色のライトで漆黒の中に浮き上がっている。
「何よぉ! こんな大都市だったなんて! この中からアーセルを捜すのぉ?」ジェシルは呆れてしまう。「それにしても、これだけのものを宇宙パトロールが把握できていないなんて……」
ジェシルは座標図を見る。この大都市は目的地から少しずれている。
「オーランド・ゼムが間違っていたのね。一体何百年前の座標を渡してくれたのかしらねぇ……」
ジェシルは着陸しようとした。何気なく下を見ると、さびれた様子の小さな街が見えた。ジェシルが思い描いていた田舎街そのものだった。オーランド・ゼムのメモを見て座標を確認すると、まさにその街を示していた。
「まさか、あれがデーラフーラ……?」ジェシルは呟く。「……ま、あの大都市を回るよりは楽そうね。あそこから始めてみましょうか。何か分かるかもしれないわ」
ジェシルは田舎街の近郊の岩だらけの高台に着陸した。カバーが外れ、ジェシルは立ち上がった。気温はそれほど低くはない。惑星自体の地熱が高いのかもしれない。太陽が遠いせいなのか、夕方程度の明るさだ。ジェシルは、強張ったからだを治すため、大きく伸びをした。それから周囲を見回す。誰も居ない。
「……さてと、お着替えをしますか……」
ジェシルは制服の前ファスナーを一気に下げた。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます