お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシル、ボディガードになる 24

2021年01月24日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「オーランド・ゼム」格納庫内のスピーカーからハービィの声が流れた。「惑星ベルダが見えましたです」
「おお、そうか。では、現在位置で停止していてくれたまえ」
「かしこまりましてございます」
 ハービィの返事と同時に宇宙船は停まった。オーランド・ゼムはにやりとし、ジェシルはイヤな顔をする。
「さあ、出発をしてくれたまえ」オーランド・ゼムは促す。「アーセルが待っているだろう」
「それなんだけど……」ジェシルは口を尖らせる。「あのアーセルっておじいちゃん、わたしが行く事は知っているの?」
「わたしが救出する事は知っているよ」オーランド・ゼムは言う。「だが、誰が来るのかは知らないんじゃないかな?」
「何よ、それぇ!」ジェシルは呆れる。「じゃあ、あなたが迎えに行けば良いじゃないの!」
「おいおい、こんな『おじいちゃん』に行かせるのかね?」オーランド・ゼムは苦笑する。「それに、わたしは面が割れているのだよ」
「わたしは大丈夫だと思うの? あなたの部屋で盗聴と盗撮をされたのよ? それにあなたは平気な顔でわたしに『ジェシル、ジェシル』って連呼してたじゃない! わたしだって身元が分かっちゃってるわよ!」
「だが、わたしよりもずっと若い。若さには、何事をも覆すだけの力があるものだ。ジェシル、君ならやれるよ」
「何の説得力も無いわ!」
「だがな、君はわたしたちのボディガードだ。大人しく救出に向かってもらおうかね」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「……でも、わたしが救出者だってアーセルは分かるの?」
「そうだなぁ……」オーランド・ゼムは呟くと、にやりとする。「もし疑うなら、こう言うと良い」
 オーランド・ゼムはジェシルを手招きする。ジェシルはイヤそうな顔をしながら近づく。オーランド・ゼムは小声でジェシルに話をする。途端にジェシルはむっとした顔になり、オーランド・ゼムから離れた。
「……そんな事、言えるわけないわよ!」
「言わずに済む事を祈っているよ」オーランド・ゼムは笑む。そして、棚から一束の紙を取り上げた。「これが宇宙艇の説明書だ」
 ジェシルは渡された説明書を見て、眉間に縦皺が走った。
 ドクター・ジェレマイアの手書きの説明書だったからだ。怖ろしく汚い文字で、行替えも無く幾枚にも渡って綴られている。
「……相変わらず汚い字ねぇ……」ジェシルの皺が深くなる。「相変わらず、途中も何が何だか分からないし……」
 ドクターは、字が汚いだけではなく、説明が恐ろしく下手なのだ。しかも脱線が多い。
 例えば、赤いボタンを押せば良いだけの話を、ボタンはどこ製の部品を使い、耐久力はどれほどで、どれだけの手間をかけて作ったのかをくどくどと書き記し、そのボタンを押すと、どう言う機構がどう作用するのかまで書かれている。いらいらして、説明を最後まで読まずに操作すると作動しない。仕方なく説明を読み続けると、赤いボタンを押す前に青いボタンを押すようにと書かれていたりする。
 ジェシルは幾度、説明書を破り捨てたい衝動に駆られたか分からない。
「君はドクター・ジェレマイアとの付き合いがあるようだから、他の者よりは読み解けるんじゃないかね?」
「他人事みたいに言わないでよね!」ジェシルは軽口を叩くオーランド・ゼムを睨む。「あなたにもドクターにも腹が立つわ!」
「わたしは心底君を心配しているのだよ、ジェシル。ボディガードを心配するクライアントなんて、そう居ないと思うがね」
「ふん!」
 ジェシルは鼻を鳴らし、説明書を読み続ける。やはり何度も悲鳴を上げ、説明書を破り捨てたい衝動に駆られつつ、何とか読み終えた。
 読み終えて顔を上げると、オーランド・ゼムの姿が無かった。ジェシルがドクターの説明書と格闘している間に、格納庫を出て行ったようだ。ジェシルはむっとする。
「ジェシル、読み終わったようだね」
 スピーカーからオーランド・ゼムの声が流れた。読み終わったのが分かると言う事は、どこかに監視カメラがあるのだろう。オーランド・ゼムは、説明書と格闘していたジェシルの姿を、にやにやしながらコックピットから見ていたに違いない。ジェシルの中に殺意が湧いた。
「こっそり見ていたなんて、あなたは最低ね!」
「そう言うな。何しろ『おじいちゃん』だからな。ずっと立って待っているのが疲れてしまったのだよ」
「勝手な人ね! 出会った中で、最悪のおじいちゃんだわ!」
「そうそう、宇宙艇の上に一枚の紙切れが置いてある。それが行き先であるデーラフーラの座標だ。シートが掛かると現在位置がシートの内側の正面右下に表示されるはずだ。後はベルダに向かえば座標が示されるから、書かれている座標に向かえば問題は無い」
「何よ! あなたは説明書を読んでいたの? だったら、教えてくれれば良かったじゃない!」
「わたしはドクター・ジェレマイアから話を聞いただけだよ。詳しくは説明書を読んでくれと言われたから、ジェシルには読んでもらったのだ」
「ふん!」ジェシルはまた鼻を鳴らす。「まだ問題があるわ!」
「何かね?」
「見て分からない? わたしは宇宙パトロールの制服よ。こんな姿で適地に乗り込んだら、それこそ、命が幾つあっても足りないわよ!」
「そうだろうな。宇宙パトロールに恨みを持つ者ばかりだからな」オーランド・ゼムは呑気そうに言う。「しかも、君は面が割れているようだしな」
「それはあなたのせいじゃない!」ジェシルは腹を立てる。完全に他人事な言い振りだったからだ。「どうするのよ?」
「そうだなぁ……」オーランド・ゼムの声が途切れる。何か考えているようだ。「そこの奥に大きめなロッカーがある。その中に何着か服やら靴やら細々した装飾品が入っている。それ中で着れそうなものを使ってくれて良い」
 ジェシルは周囲を見回して、奥の壁の所にそれらしいロッカーを見つけた。その前まで進む。
「これね?」
「そうだ。鍵は掛けていない」
 ジェシルはロッカーの扉を開けた。中には、女性用の服がかなりの数、吊られていた。ブーツや手袋、サングラスや帽子、ネックレスの類もあった。
「……オーランド・ゼム…… どうしてこんなのがあるのよ?」


つづく


コメントを投稿