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コーイチ物語 「秘密のノート」 100

2022年09月23日 | コーイチ物語 1 12) パーティ会場にて コーイチ・フライング  
「ボ、ボクですかあ!」
 コーイチは驚いた顔で社長の指先に向かって叫んだ。
「そういう事。You、やっちゃいなよ!」
 社長が大いにあおる。社長、ほとんど思いつきで決めるからなぁ……
「あらまあ、それは楽しみだわ」
 夫人は目を輝かせてコーイチを見ている。
 冗談じゃないぞ。ボクは平々凡々な男だ。他の人みたいに何か出来るものなんて持っていない。あの岡島でさえ、歌ったり、楽器をいじったり出来るのに。ボクの得意なものと言えば、想像力が豊かな事くらいだ。
「じゃ、コーイチ君、準備してちょうだい。アナウンスするからね」
 林谷が言って、ステージに向かった。……弱ったぞ…… コーイチは不安げな顔で林谷の後ろ姿を見ていた。
「コーイチ君、何をやってくれるのかしら?」
 清水が楽しそうな声で聞いてきた。
「歌でもする? もしバンドが必要なら、メンバーを使っていいわよ。……呪いとかはかけないから心配しないで、うふふふふ」
「何なら、コーラスで参加しようか?」
 名護瀬が横から口をはさんできた。またワインボトルを手にしていた。
「名護瀬君……」清水が意地悪そうな声で言った。「飲み過ぎると、声を潰しちゃうわよ。それでも良いの?」
「いいえ、いけませんです!」名護瀬は言うと、ボトルをテーブルに置き、直立不動の姿勢になった。「申し訳ありませんでした!」
 清水さん、名護瀬で遊んでいるな。良いなあ、気楽で……
「あの、ボクは歌はちょっと……」
 コーイチは答えた。
「じゃ、ダンスでもするか?」
 西川が軽くステップを踏みながら言った。
「ダンスは無理ですよ……」
 コーイチは答えた。
「それじゃ、手品はどうだい?」
 印旛沼が言って、ワインの入ったグラスを逆さまにした。ワインはこぼれない。
「そうですねぇ、見るのは大好きなんですが、出来ません……」
 コーイチは答えた。
「じゃあ、何が出来るんだい?」
 印旛沼が言うと、清水名護瀬西川たちも詰め寄ってきた。
「ええと……」
 コーイチが「特には無いんですよ、困りました」と言おうとした時、林谷のアナウンスが流れた。
「皆様、つい今し方ですが、倉井総理大臣夫人で、大女優でもありました木林美津子様がご到着なさいました!」
 どこからとも無く拍手が沸き起こった。すーっと会場内の照明が消え、スポットライトが夫人に当てられた。夫人は照れくさそうな笑顔を見せた。
「さすが、女優さんね」照明の落ちた中で京子がコーイチに話しかけて来た。「スポットライトにとても映えているわ」
「ああ…… そうだね……」
 コーイチはうわの空で答えた。自分に何が出来るか必死に考えを巡らせていた。そして、結論は…… 何も出来そうに無い……
「コーイチ君!」
 京子がコーイチの腕をぎゅっとつかんだ。不意の痛さにコーイチは京子を見た。うっすらと当たったスポットライトの灯りが、笑顔の京子の横顔を浮かび上がらせていた。
「大丈夫よ。私が何とかするわ。心配しないで」
「ええっ?」コーイチは思わず聞き返した。「何とかって……」
「だって、コーイチ君、得意なものって無いじゃない。このままじゃ、あの岡島って人より悲惨な事になるのは目に見えているわ。だから、ここは私に任せて」
 京子の笑顔が消え、そして真顔になって言った。
「あなたに恥ずかしい思いはさせないわ」
「……」コーイチも真顔になって京子を見つめた。「分かった。任せる」
「よかったあ!」いつもの可愛い笑顔に戻った。「じゃ、ステージに行きましょう」
 京子はコーイチの背中を押しながら歩き出した。……任せるって言ったけど、一体何をするつもりなんだろう。
 ほんの少し不安なコーイチだった。

       つづく

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