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ジェシル、ボディガードになる 31

2021年01月31日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「ははは、挑発して、こちらから攻撃を仕掛けるのを待っているようだな」拳法の男は笑う。「だがな、お前の行動も見切っている。お前に勝ち目はない」
「あら、そう?」ノラは表情を変えずに言う。「それは困ったわねぇ」
「お前がどう出ようが、オレには通用せん」
「すごい自信ね」
「オレはこいつらとは違うのさ……」男は転がっている三人を冷たい眼差しで見る。「武器を持つヤツらは、それが無くなると何も出来ない…… だが、オレは全身が武器なのだ」
「そうなんだ……」ノラは言う。「じゃあ、結構修業したのねぇ……」
「そうだな。思い出すのもイヤになるほどに修業をした。そして、今も続けている。こいつらのように無駄に毎日へらへらはしていない」
「なるほど…… 大変だったのね」ノラは言ってうなずく。しかし、そこには侮蔑の色がある。「それだけ修業したのに、結局やっている事は、橋の門番役なんだもんね」
「ははは、また挑発か?」男は笑う。「さっきも言っただろう? お前のその手には乗らない。さっさとかかって来い。お前の様な小娘、一撃で粉砕だ」
「ふん!」ノラは鼻を鳴らす。「あなたもやたらと能書きを垂れているじゃない? 能書き垂れは、実力が無いのを隠すためでしょ?」
「だから言ってるだろう。そんな挑発には乗らないとな」
「やれやれ、埒が明かないか……」
 ノラは言うと、手にした棒と熱線銃を地面に投げ捨てた。それから、開いていたマントの前を合わせる。
「何のつもりだ?」男が訝しげな表情で言う。「覚悟を決めたと見て良いのか?」
「ふふふ……」ノラは男を見上げる。「能書き垂れていないで、さっさとわたしを倒せば良かったのに。……でも、おかげで、わたしもあなたを見切ったわ」
「ふざけた事を……」男はすっと真顔になる。「オレはそう言う冗談が嫌いだ」
「でしょうね。真面目に誠実に修業した挙句に、橋の番人だものね。笑えないわよね」
 男もここまで言われて、さすがに腹を立てたようで、ただならぬ気配を醸し出した。ノラはそれを察したようで、後方へ大きく跳び退った。
「女、許せんな。叩き潰してこの堀の底へと捨ててやろう」
 男は言うと、両腕を複雑に回し始めた。攻撃のための型を形成しているようだ。男の動きが止まる。両手指を真っ直ぐにノラに向かって突き出し、腰を低く落とし、静かに呼吸をしている。
「なんだか、大袈裟ねぇ……」ノラは男を見ながら呟く。「でも、それが弱点よ」
 ノラは深呼吸をすると、男に向かって突進した。
 男はノラの動きを追う。……途中で跳躍し、蹴りを繰り出してくるのだろう。二人を仕留めた蹴りだ、油断はできないが、少し顔面を晒すようにすれば、確実にそこへと蹴り込んでくるだろう。それを左手で払い、態勢を崩したところに右の突きを食らわせる。男は瞬時に判断する。
 ノラは男の思っていた通りに、途中で跳躍をした。男は少し腕を下げ、顔面を晒す。
 と、突然、ノラのマントが左右にはだけた。ずっと、マントの内側から両手で広がらないように押さえていたようだ。その手を放したのだ。マントが開いた中には、前ファスナーをいっぱいまで下げ、大きく開いたジャンプスーツの中から、柔らかそうな白い肌と、下着をはち切らんばかりの豊かな胸の膨らみとがさらけ出された、闘いの場にはふさわしくない、艶めかしい姿が現われた。
「むっ……」男は一瞬、ノラのその姿に見入った。次の瞬間、我に返った。「しまった!」
 ノラには、その一瞬の隙で充分だった。わざと顔面を晒した男の口元に強烈な膝蹴りを叩きつけた。男はノラを顔面に残したまま後ろへ倒れた。男が後頭部を地面に打ち付けると同時に、ノラは立ち上がった。男は大の字になったまま動かない。
「ふん!」ノラは鼻を鳴らすと、下げていたファスナーを引き上げながら、白目を剥いて気を失っている男の顔を見下ろす。「あなたは強いんでしょうけど、真面目に修業し過ぎだったのね。そこをわたしに見切られたのよ。女性とのお付合いが全くなかったようね。こんな程度で心を乱しちゃうんだもんなぁ……」
 ファスナーが胸の下で止まった。
「あら、いけない。胸を強調しちゃったのを忘れてた……」
 ノラの胸がすっと小さくなった。ファスナーは難無く上まで上がった。
「さてっと……」ノラは倒れている男たちを見回す。棒の男だけがうなっている。「あの人は意識がありそうね……」
 ノラは棒の男の傍らまで行き、顔の横に片膝を付いた。男は低い声でうなり続けている。
「ははは、まるで罠に掛かったガゼール熊ね」ノラは笑う。「さあ、起きて! わたしをターセルの店まで案内して!」
 男は動かない。その様子を見てノラは立ち上がり、男の腰の横へと移動した。
「あなた、本格的な致命傷を負いたいようね……」ノラは右足を上げ、ブーツの踵で狙いを付けた。「さあ、どうするの?」
「わ、分かった! 止めてくれぇ!」
 男は叫ぶと地面を転がりノラから離れてから、からだを起こし正座の姿になった。すっかり威勢も戦意も失くしている。拝むように両手を合わせてノラを見ている。余程、応えたのだろう。
「案内はする! だから、もう止めてくれ……」
「そうじゃなきゃね。さあ、立ってちょうだい」
 ノラの言葉に男はふらふらと立ち上がる。ノラは熱線銃を拾い上げ、ホルスターに納めた。それから、棒も拾い上げる。そして、棒で男の尻を軽く叩く。
「……じゃあ、案内よろしくね」


つづく


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