豆蔵たちは皆、心配そうな、悔しそうな表情だ。赤いリボンを庇髪に結び小袖と袴に編上げのブーツを履いた、整った顔の明治時代の女学生が冨美代だろう。他の誰よりも深刻で辛そうな表情だ。さとみは霊体を抜け出させた。
「みんな来てくれたんだ」さとみは笑む。そして、冨美代を見る。「……あなたが冨美代さんね?」
「はい、左様でございます……」冨美代ははらはらと涙を流す。「この度は、何とお詫びを申し上げて良いものやら……」
「そんな事、気にしないで」さとみが努めて明るい声で言う。「みつさんだって、冨美代さんが助かった事は喜んでいるはずよ」
「その代わり、あの様な……」
「大丈夫よ! わたしが必ず取り返すわ!」
さとみは言うと右腕を曲げて力こぶを作る真似をした。実際はぷにぷになので力こぶは出来てはいない。
「……嬢様」豆蔵がさとみに言う。「何か策がお有りなんで? あっしらも力の及ぶ限りでお手伝いさせて頂きやす」
豆蔵の言葉に皆が一斉にうなずく。「あの、ミツルって言う気障女、ギッタンギッタンにグッチョングッチョンにしてやりたいわ!」虎之助が怒っている。「おみっちゃんをよう、あの男女の野郎がよう……」竜二も怒っている。
「ところで、嵩彦さんって人は?」さとみが辺りを見回す。「いないみたいだけど……」
「嵩彦様は……」冨美代が言いにくそうに話す。「朝、皆さまとこちらへ参りましたら、おりませんでした。きっとどこぞに身を潜めているとは存じますが。わたくしが、昨夜、厳しい事を申しましたのが悪かったのではと……」
「悪くなんかないわよ! あんな腰抜け!」虎之助が厳しい顔で言う。それから、優しい笑みを冨美代に向ける。「……ごめんなさい、言い過ぎたわね。それよりも冨美代さんの態度は立派だったわぁ。わたし、女ながら冨美代さんに惚れちゃいそうだったわ」
「おい、お前は男だって言ってんだろ」竜二が虎之助に言う。「ちゃんと自覚しろよな」
「まあ、話は分かったわ」さとみは虎之助と竜二の掛け合いを無視する。「たしか、みんなは校舎に入れなくなっちゃったのよね?」
皆、気まずそうにうなずく。さとみは笑顔を見せる。
「そんなに気にしないで。中に入れないけど、外ならどこでも行けるんでしょ? きっと手伝ってもらう事があるわ。だから、一緒にいてね」
「それで、嬢様」豆蔵が言う。「どんな策をお持ちで?」
「う~ん……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃと叩き出した。しばらくして手が止まる。皆が期待の顔をさとみに向ける。さとみは笑みを浮かべる。「……えへへ、まだ浮かばない」
皆ががくっと腰砕けになった時、朱音が、ぼうっと立っているさとみの頬を、人差し指で突ついているのが見えた。
「うわ、大変! じゃあ、また後でね!」
さとみは言うと霊体をからだに戻した。
「さとみちゃん、大丈夫かしら……」ぎくしゃくと動き出したさとみを見ながら虎之助がつぶやく。「もしもの事があったら……」
「もしもって、何だ?」竜二が訊く。「気になるんだけど」
「ああ、確かに、心配でやすね……」
「おい、豆蔵さんまで」竜二が今度は豆蔵に訊く。「どう言う事なんだよう?」
「左様ですわね……」冨美代が心配そうなさとみを見ている。「さとみ様……」
「だからよう!」竜二がいらいらして声を荒げる。「分かるように言ってくれよう!」
「あのね、竜二ちゃん」虎之助が諭すように話す。「さとみちゃんって、生身なのに霊体を出せるでしょ? もし、ミツルと向かい合って、わたしたちみたいに霊体が出されちゃったらどうなると思う?」
「どうって……?」
「霊体の無い生身になっちゃうのよ。さっき、さとみちゃんが身動き一つしないで、ほっぺをつんつんされていたじゃない? ずっとああなっちゃうのよ」
「だったらよう、からだを学校の外に出しゃあ良いじゃねぇか」
「それで霊体が戻っても、学校に入ろうとするたびに霊体が弾かれちゃうわ。ずっと学校に入れないわ。そうなったら、どんな障害が出るか、分からない……」
「そりゃあ……」竜二は言葉に詰まる。「そりゃあ、困る……」
アイに会長をつつくんじゃないと叱られている朱音をにこにこしながら見ているさとみを、皆は心配そうに見ている。
「とにかく、あっしらに出来る事で、嬢様をお助けいたしやしょう」
豆蔵の言葉に皆は大きくうなずく。
つづく
「みんな来てくれたんだ」さとみは笑む。そして、冨美代を見る。「……あなたが冨美代さんね?」
「はい、左様でございます……」冨美代ははらはらと涙を流す。「この度は、何とお詫びを申し上げて良いものやら……」
「そんな事、気にしないで」さとみが努めて明るい声で言う。「みつさんだって、冨美代さんが助かった事は喜んでいるはずよ」
「その代わり、あの様な……」
「大丈夫よ! わたしが必ず取り返すわ!」
さとみは言うと右腕を曲げて力こぶを作る真似をした。実際はぷにぷになので力こぶは出来てはいない。
「……嬢様」豆蔵がさとみに言う。「何か策がお有りなんで? あっしらも力の及ぶ限りでお手伝いさせて頂きやす」
豆蔵の言葉に皆が一斉にうなずく。「あの、ミツルって言う気障女、ギッタンギッタンにグッチョングッチョンにしてやりたいわ!」虎之助が怒っている。「おみっちゃんをよう、あの男女の野郎がよう……」竜二も怒っている。
「ところで、嵩彦さんって人は?」さとみが辺りを見回す。「いないみたいだけど……」
「嵩彦様は……」冨美代が言いにくそうに話す。「朝、皆さまとこちらへ参りましたら、おりませんでした。きっとどこぞに身を潜めているとは存じますが。わたくしが、昨夜、厳しい事を申しましたのが悪かったのではと……」
「悪くなんかないわよ! あんな腰抜け!」虎之助が厳しい顔で言う。それから、優しい笑みを冨美代に向ける。「……ごめんなさい、言い過ぎたわね。それよりも冨美代さんの態度は立派だったわぁ。わたし、女ながら冨美代さんに惚れちゃいそうだったわ」
「おい、お前は男だって言ってんだろ」竜二が虎之助に言う。「ちゃんと自覚しろよな」
「まあ、話は分かったわ」さとみは虎之助と竜二の掛け合いを無視する。「たしか、みんなは校舎に入れなくなっちゃったのよね?」
皆、気まずそうにうなずく。さとみは笑顔を見せる。
「そんなに気にしないで。中に入れないけど、外ならどこでも行けるんでしょ? きっと手伝ってもらう事があるわ。だから、一緒にいてね」
「それで、嬢様」豆蔵が言う。「どんな策をお持ちで?」
「う~ん……」さとみはおでこをぴしゃぴしゃと叩き出した。しばらくして手が止まる。皆が期待の顔をさとみに向ける。さとみは笑みを浮かべる。「……えへへ、まだ浮かばない」
皆ががくっと腰砕けになった時、朱音が、ぼうっと立っているさとみの頬を、人差し指で突ついているのが見えた。
「うわ、大変! じゃあ、また後でね!」
さとみは言うと霊体をからだに戻した。
「さとみちゃん、大丈夫かしら……」ぎくしゃくと動き出したさとみを見ながら虎之助がつぶやく。「もしもの事があったら……」
「もしもって、何だ?」竜二が訊く。「気になるんだけど」
「ああ、確かに、心配でやすね……」
「おい、豆蔵さんまで」竜二が今度は豆蔵に訊く。「どう言う事なんだよう?」
「左様ですわね……」冨美代が心配そうなさとみを見ている。「さとみ様……」
「だからよう!」竜二がいらいらして声を荒げる。「分かるように言ってくれよう!」
「あのね、竜二ちゃん」虎之助が諭すように話す。「さとみちゃんって、生身なのに霊体を出せるでしょ? もし、ミツルと向かい合って、わたしたちみたいに霊体が出されちゃったらどうなると思う?」
「どうって……?」
「霊体の無い生身になっちゃうのよ。さっき、さとみちゃんが身動き一つしないで、ほっぺをつんつんされていたじゃない? ずっとああなっちゃうのよ」
「だったらよう、からだを学校の外に出しゃあ良いじゃねぇか」
「それで霊体が戻っても、学校に入ろうとするたびに霊体が弾かれちゃうわ。ずっと学校に入れないわ。そうなったら、どんな障害が出るか、分からない……」
「そりゃあ……」竜二は言葉に詰まる。「そりゃあ、困る……」
アイに会長をつつくんじゃないと叱られている朱音をにこにこしながら見ているさとみを、皆は心配そうに見ている。
「とにかく、あっしらに出来る事で、嬢様をお助けいたしやしょう」
豆蔵の言葉に皆は大きくうなずく。
つづく
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