お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 17

2021年08月09日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
 翌朝、恵一郎がパジャマのままで階下へ降りると、両親は既に着替えを済ませていた。父親はいつもとは違うスーツで、母親はお出かけ用の派手な身なりだった。神妙な面持ちでソファに腰掛けている。
「……何だよ、二人とも、そんな恰好をして……」
 両親の姿に驚く恵一郎だった。
「恵一郎、お前の話だと、向こうは十時ぐらいに来るのだろう?」父親が緊張気味に言う。「だからこうして準備をしているのだ」
「でも、まだ八時前だよ?」恵一郎は呆れる。「いくら何でも、早過ぎじゃない?」
「備えあれば憂いなしってことわざがあるでしょ?」母親が言う。いつもより化粧が念入りだ。「さあ、恵一郎も早く朝食を済ませて、着替えてきなさい」
「父さん、仕事は?」
「休みをもらったよ。でもな、こんな事で休むのは、これで終わりにしたいものだ。今、会社は大変な時期なんだからな」
「それは言えるわね。いつもと違っていると、色々と支障が出るし、疲れちゃうわ……」
 やっぱり、息子の事より、自分たちの事が優先なんだなぁと、恵一郎は思う。ま、今までもそうだったから、仕方がないのかなぁ。恵一郎は怒りも諦めも自身の中に湧いてこなかった。恵一郎は悟りの境地に足を踏み込んでいるのかもしれない。
「……それで、朝は何を食べれば良いんだい?」
 恵一郎は食卓を見た。何も並んでいない。
「あら、忘れていたわ!」母親が今気が付いたように言う。「お父さんもお母さんも緊張して食事が出来そうもないから用意していなかったわ…… カップ麺でも食べておきなさい」
「いや、良いや。食べなくても平気だよ……」
「そうなの? じゃあ、着替えをしていらっしゃい」
「まだまだ時間があるじゃないか」
「恵一郎」父親が厳しい口調で割り込む。「文句を言わずに、母さんの言う通りにしなさい。それにだ、もし先方が早目に来たらどうするんだ? お前、パジャマ姿で会う気なのか? 父さんと母さんに要らない恥をかかせるつもりなのか?」 
 恵一郎は無言で階段を上って行った。……まあ、親にしてみれば、今日これからが一番の難所だものなぁ。緊張しまくりだろうなぁ。
 恵一郎は、この件が片付いてからの事を考える。取りあえずは学校に行こう。途中でコンビニにでも寄っておにぎりを買おうかな。そして、担任に相談しよう。二次募集とかが無いかどうかを。もし、それがダメだったら、どこか就職先を世話してもらえると良いんだけどなぁ。ちらと脳裏にマグロ漁船に乗っている自分の姿が浮かんだ。……それも有りだよな。
 あれこれ考えながら着替えを済ませ、階下に降りた。
「何だ、その格好は!」父親が怒鳴った。「お前は、何を考えているんだ!」
「え?」恵一郎は理解出来ずにいる。「何って……?」
「恵一郎……」母親がため息をつく。「お客様がお見えになるのよ? しかも、あなたの話なのよ。分かっている?」
「ああ、それは、分かっているけど……」
「じゃあ、どうして、普段着なんだ?」父親が睨みつけてくる。「こういう正式な場では、学生は制服に決まっているだろうが」
「そうよ、恵一郎」母親がうなずく。「テレビなんかで観ていると、ちゃんとした会見を開く学生は皆制服だわ」
「だからって…… 大袈裟だよ」
「大袈裟なものか!」父親が怒鳴る。「後腐れ無くお断りをするんだからな。こちらの誠意と言うものを示さねばならんだろうが!」
「そうよ、相手は上流の人たちの通う学校の理事長なのよ。きちんとしないと、常識を疑われてしまうわ」
「……分かったよ」
 恵一郎はうんざりとした顔をしながら階段を上った。


つづく


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