お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 18

2021年08月10日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
 制服に着替えた恵一郎は、両親と並んでソファに座っている。いつもの習慣でテレビに目を向けているが、電源は入っていない。その黒い画面に、横一列に並んだまま微動だにしないで座っている恵一郎一家が、うすぼんやりと映っている。恵一郎は壁掛け時計を見上げる。思ったように時間は進んでいない。ため息が漏れる。九時を過ぎた頃、母親が立ち上がった。
「おい、何をするんだ?」父親が咎めるように母親に言う。「座っていなさい」
「ですけど、一応お客様ですから、お迎えの準備くらいはしておきませんと……」
「いや、しなくて良い」父親はきっぱりと言う。「昨日も言った様に、断りを入れるだけの話だ。玄関先で話をして、書類を返すだけの事だ」
 父親は母親にそう言いながら、自分に言い聞かせているようだった。
「……そうですか。それなら……」
 母親は言うと、ソファに座り直した。断りを入れ、書類を返す。それだけのために、こんな早くから緊張して、わざわざ着替えて、時計とにらめっこをしているんだ…… 恵一郎は呆れると同時に、親に対してがっかりもしていた。まあ、親にすれば青天の霹靂だからなぁ。対応も訳が分からないものになってしまいうよなぁ。今度は同情する恵一郎だった。
 九時半を回った。玄関チャイムが鳴った。
「……ほら来たぞ! な? 言った通り、早めの登場だろう?」
 父親は、何故か得意気に言って立ち上がった。そして、ゆっくりと壁に取り付けられたインターホンの受話器を取り上げる。
「はい、どちら様ですか?」
 余裕のありそうな態度の父親だったが、声は少し上擦っている。
「……え? ご主人様かって? まあ、そうだけど。じゃあ、あなたは? ……はあ? 神様の言葉を伝えている奉仕者? 吉田さん? ……ええ、昨今は災害が多いと思うかって? ……ま、そう言えるだろうかねぇ。災害を避けて通れないものだとすれば、何か対策を講じなければならないでしょうなぁ。我が国はある程度が自己責任ですからなぁ。……え? 一番良い災害の備えがあるんですか? ほほぉ、聞いてみたいものですな」
 母親がうんざりした顔で立ち上がると、父親の手から受話器を取り上げた。
「あなたねぇ……」母親は受話器に向かって声を荒げる。「例の宗教屋さんでしょ? そうやってあなたの宗教に引っ張り込むんでしょ? 前々からお断りだと言っているじゃないですか! 吉田さんとか言ったわね? 住所を教えなさいよ! はぁ? どうしてかって? あなたがあまりにしつこいから通報するんですよ! 警察から注意してもらいますから! さあ、住所を言いなさいよ! ……主人と話が出来て嬉しかったですってぇ! あなた、不倫を誘っているんですか! もう二度と来ないでください!」
 母親は受話器を戻した。それから、隣に立っている父親を睨みつける。
「お父さん、今のは有名な宗教屋さんですよ! 変に関わるとまた来ますよ! そして集まりに誘われて、気が付いたら信者にさせられてしまうんですよ!」
「……そうなのかい。でも、悪い人のようには感じなかったがなぁ……」
「一人一人の問題じゃないんです! 宗教に問題があるんです! 知り合いにはまった人がいるんですけど、良い事は神様がして下さり、悪い事は試練だとか悪魔の仕業だとか言っているんです。しまいには、信じない者は滅ぼされるなんて言っているんですよ!」
「そうなのか。それは済まない事をした…… お前の話だと、ずいぶんと選民的な神様なんだねぇ。神様ってのは博愛精神の塊だと思っていたよ」
「そうですよ! お父さんの居ない昼の時間はわたしが家を守っているんですからね! 余計な事はしないで下さいよ!」
「分かったよ、悪かった……」
「本当、気を付けてくださいよ!」
 インターホンの前で両親が話していると、再びチャイムが鳴った。
「今度こそ来たぞ!」
「あら、どうしましょう!」
 準備万端だったんじゃないのかよう、慌てている両親を見て恵一郎は思った。


つづく

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