この前と同じく、理事長はソファに座り、恵一郎一家は床に座っていた。木村はソファの後ろに立っている。
玄関で話をして断りを入れると息巻いていた父親だったが、ドアを開けた際に見えた洋装の理事長の美しさと品の良さとに圧倒されてしまったようだった。玄関がぱっと眩く輝くようだった。その前では、運転手の木村の無言の威圧感も霞んでしまうほどだった。理事長は特に華美な服装ではなかった。黒のセパレートのタイトなスーツにスカート姿だったが、両親の取って置きの一張羅では全く歯が立たないほどに、圧倒的だった。
「お邪魔致します……」
そう言いながら、理事長は玄関へと、衣擦れの音を伴いながら、しずしずと進む。無意識に両親は左右に分かれて、理事長を迎え入れる格好になった。木村がドアノブを押さえていた。恵一郎は、そんな両親の姿を居間から顔を出した状態で見ていた。きっとこうなるだろうと思っていたので、落胆はしなかった。
理事長は恵一郎と目が合うと、にっこりと微笑んでくれた。恵一郎は戸惑い、慌てて居間へと引っ込んだ。理事長は両親を引き連れるようにして居間へと入って来ると、すっとソファに座った。恵一郎たちは当然と言った様子で、理事長と向かい合うように床に座った。
「それで……」しばらく間があって、理事長が話し始めた。優しい口調だ。「恵一郎君からお話を聞いたと存じますが、如何でしょうか?」
「はぁ……」父親が答えて、喉をごくりと鳴らす。「大変嬉しい提案なのですが……」
「あら……」理事長は少しだけ眉をひそめる。「そのおっしゃり方ですと、断るのですか?」
「ええ」父親は覚悟を決めたように理事長を見つめた。「そちらの学校は、飛び切りの上流の子たちが通うと聞いております。そこに息子を通わせるのは、親として辛く……」
「それに……」母親も加わる。「ご父兄の方々とのお付き合いなども考えますと……」
「そうですか……」理事長は言うと、恵一郎に顔を向けた。「君、君自身はどうなのですか?」
「え? 僕、ですか……」恵一郎は言うと、横に並んでいる両親をちらと見た。「あの…… 僕も…… その、大変なんだろうなぁと……」
「それは、君の本心ですか?」
「え? ええ…… まあ……」
恵一郎はそう答えると、下を向いてしまった。理事長はそんな恵一郎をじっと見つめている。
「分かりました」理事長は言った。「では、昨日お渡しした入学手続きの書類をお返し頂きましょう」
「はい…… あっ!」恵一郎は立ち上がった。「すみません! 書類、部屋に置いたままでした! すぐに取ってきます!」
恵一郎はどたどたと階段を上がって行く。
「まったく、段取りのきちんと出来ない子で、申し訳ないですなぁ」
そう言う父親の声が、恵一郎に聞こえた。
つづく
玄関で話をして断りを入れると息巻いていた父親だったが、ドアを開けた際に見えた洋装の理事長の美しさと品の良さとに圧倒されてしまったようだった。玄関がぱっと眩く輝くようだった。その前では、運転手の木村の無言の威圧感も霞んでしまうほどだった。理事長は特に華美な服装ではなかった。黒のセパレートのタイトなスーツにスカート姿だったが、両親の取って置きの一張羅では全く歯が立たないほどに、圧倒的だった。
「お邪魔致します……」
そう言いながら、理事長は玄関へと、衣擦れの音を伴いながら、しずしずと進む。無意識に両親は左右に分かれて、理事長を迎え入れる格好になった。木村がドアノブを押さえていた。恵一郎は、そんな両親の姿を居間から顔を出した状態で見ていた。きっとこうなるだろうと思っていたので、落胆はしなかった。
理事長は恵一郎と目が合うと、にっこりと微笑んでくれた。恵一郎は戸惑い、慌てて居間へと引っ込んだ。理事長は両親を引き連れるようにして居間へと入って来ると、すっとソファに座った。恵一郎たちは当然と言った様子で、理事長と向かい合うように床に座った。
「それで……」しばらく間があって、理事長が話し始めた。優しい口調だ。「恵一郎君からお話を聞いたと存じますが、如何でしょうか?」
「はぁ……」父親が答えて、喉をごくりと鳴らす。「大変嬉しい提案なのですが……」
「あら……」理事長は少しだけ眉をひそめる。「そのおっしゃり方ですと、断るのですか?」
「ええ」父親は覚悟を決めたように理事長を見つめた。「そちらの学校は、飛び切りの上流の子たちが通うと聞いております。そこに息子を通わせるのは、親として辛く……」
「それに……」母親も加わる。「ご父兄の方々とのお付き合いなども考えますと……」
「そうですか……」理事長は言うと、恵一郎に顔を向けた。「君、君自身はどうなのですか?」
「え? 僕、ですか……」恵一郎は言うと、横に並んでいる両親をちらと見た。「あの…… 僕も…… その、大変なんだろうなぁと……」
「それは、君の本心ですか?」
「え? ええ…… まあ……」
恵一郎はそう答えると、下を向いてしまった。理事長はそんな恵一郎をじっと見つめている。
「分かりました」理事長は言った。「では、昨日お渡しした入学手続きの書類をお返し頂きましょう」
「はい…… あっ!」恵一郎は立ち上がった。「すみません! 書類、部屋に置いたままでした! すぐに取ってきます!」
恵一郎はどたどたと階段を上がって行く。
「まったく、段取りのきちんと出来ない子で、申し訳ないですなぁ」
そう言う父親の声が、恵一郎に聞こえた。
つづく
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