2024/11/12 tue
前回の章
俺の処女作『新宿クレッシェンド』が去年の十月に一次選考通過して、ブログではお祭り騒ぎだった。
らんさんが体調不良でしばらく休むと言った頃の話。
この時は百合子が嫌そうな表情でネチネチ嫌味を言うので、手放しに喜べなかったのだ。
そして二次選考通過。
もう傍に百合子もいない。
俺は素直にこの結果を喜んだ。
ブログ仲間も共に喜んでくれる。
『新宿の部屋』から引き続き繋がっている人たち。
島根のうめは自身のブログで応援してくれた。
九州にいる牧師兄さんも一緒になって応援してくれる。
カナダに住んでいるというネコさんもだ。
教会の神父妻の望まで。
『智一郎の部屋』になってからの人たち。
同級生の飯野君を始め、近所の三つ上の先輩吉岡金物店、様々な人たちが応援してくれている。
もう作品は書き終わり、あとは審査員が決めるだけの話だが、それでも俺は頑張りますという意味不明な決意表明をした。
確か次が最終選考だから、それが通ればグランプリか。
ここまで来ると嫌でも欲が沸く。
書いた小説を世に出したい。
それが処女作ならより最高じゃないか。
おばさんのピーちゃんからは趣味だと言われた。
遊びで書いたんじゃねえ。
俺の生き様を書いたんだ。
幼き頃から根底に沈殿するように溜まった憎悪。
それを浄化する為に俺は小説を書いている。
馬鹿にする奴はすればいい。
そんなものプロレスの時も、ピアノの時も嫌ってほど嘲笑など受けている。
それらを跳ね返し結果を出したところで、嘲笑するような人間は逃げていくだけ。
俺は俺でいい。
俺らしくありたい。
整体のドアを開けて清潔感のある若い子が入ってくる。
「あのー…、先生のところでお尻をキュッと上げる事ってできませんか?」
「え?」
「やっぱり難しいですよね……」
悲しそうな表情で呟くように言うこの子に、少し興味を覚えた。
「要はお尻の筋肉をつけたいと?」
「えーと、よく分かりませんが、多分そんな感じかと……」
高周波のテクトロンを使って、お尻の筋肉を鍛える。
それを回数繰り返せば、おそらく彼女の希望する事が可能になるだろう。
暇さえあれば自分の身体を使って、高周波を試している。
治療モードだけではなく、トレーニングモードもだ。
暇な分、俺が一番この機械の性能を理解しているという変な自負があった。
問診表を書いてもらう。
彼女の名は宇土明美、二十二歳。
川越では一番有名で人気のあるデパート丸広のエレベーターガールがしているようだ。
「上にまいりまーす」ってやつだ。
「何故お尻をキュッてしたいの?」
「実は一緒に住んでいる彼氏いるんですけど、私のスタイルを小馬鹿にしてくるんですよ」
チッ…、彼氏持ちかよ。
一瞬そう思ったがあくまでも心の中で呟き、顔にはおくびにも出さない。
「とりあえず高周波をお尻の梨状筋に当てて、トレーニングモードで筋肉つけていくしか方法は無いかな」
「先生! それでお願いします!」
今のままでも充分なのに、何がそんなに不満なのだろう。
女は本当に不思議な生き物である。
スカートをまくり、肌へ直接高周波をつけた。
空気の吸引で吸い付くようになる高周波。
パンティーが間にあるので、どうしても吸引が外れてしまう。
「宇土さん…、高周波がね……」
俺は細かく状況を説明した。
「それなら下に下ろします」
エレベーターガールの剥き出しのお尻が露わに……。
彼女の秘部まで見えてしまい、俺は内心とても興奮する。
「じゃあ高周波つけるよ? あと吸引のあとがつくだろうけど、数日で勝手に消えるから気にしないでね」
「大丈夫です。お願いします」
高周波が筋肉を動かす揺れ方は半端ではない。
宇土のお尻の筋肉は、四方八方へ動き出しその勢いで吸引は外れてしまう。
「うーん、場所が場所だけに難しいかな……」
「先生、何とかならないですか?」
「筋肉を俺が押さえて、動きを抑えるしかないかな……」
「それでもいいです」
宇土の許可を得て、高周波を上から鷲掴みにした。
それで何とか外れずに済む。
ただ宇土の秘部まで俺からは丸見え状態。
男なので、どうしても視線はそこへ行ってしまう。
若い美女の揺れるお尻。
まともな整体なのに、おかしな方向へいっている。
よく見ると、宇土の秘部は濡れていた。
自然と俺の指先はそこへ伸びてしまう。
「ぅ……」
口を手で押さえながら声を殺しつつも短い声を上げる彼女。
我慢できずに俺は本能的に弄ってしまった。
宇土は抵抗もせず身体をくねらせる。
ヤバいだろ、落ち着け。
必死に自分へ言い聞かせた。
ちょうどその時高周波の時間が来て、自動で止まる。
これ、訴えられたりしたら……。
そんな俺の不安をよそに、宇土は定期的に岩上整体へ来てくれた。
抱いた事は無い。
ただ、来る度同じような行為になってしまう。
お互いその事については一切触れず。
お尻のトレーニングが終わると、俺が入れた飲み物を飲みながら談笑し、普通に帰る。
彼女とは不思議な関係だったが、後に渋谷への転勤が決まり「先生、この整体を渋谷に出して下さい」と言われたが、無理な要求だった。
以来彼女との繋がりは切れる。
全日本プロレスの営業南。
武藤敬司との出会い。
その次は三沢光晴さんの興した団体、プロレスリング・ノアが川越に来た。
当然のように本川越駅前にある岩上整体にも営業がやって来る。
「先生、お忙しいところ失礼致します。プロレスリング・ノアの営業の石黒と申します」
全日本プロレスの時でこの流れになるのは、何となく読めていた。
全日本とノア。
俺にとって微妙なところだ。
全日本は俺にとっての古巣。
ノアは古巣にいた先輩たち。
全日本プロレスという当時の名前には拘りたい。
しかし今の全日本で俺に関係があるのは、川田さんと渕さんだけ。
ノアには三沢光晴さんや、小橋さん、秋山さんがいる。
ああ、何故あの時俺は、総合格闘技なんか行っちゃったんだろ?
自身にとって全盛期の大切な時に選んだ道が、今の俺になっている。
そう考えるとどれほどの選択肢をミスして来たのだろうな……。
でもあの時全日本へ戻る…、もしくはノアへ行くという選択をしたところで、群馬の先生の言う通りなら、雷電に袖を引っ張られて、何かしらの失敗をするのだろうか?
この辺俺には分からない世界だ。
とりあえず今の岩上整体の事を思うと、プロレス界両巨頭の武藤敬司、そして三沢光晴さんとツーショットの写真を撮るに限る。
ノアの営業石黒には、俺の意志を伝えておく。
今プロレス界で一番勢いがあると言われているノア。
前に行われた小橋健太さん対斉藤彰俊のGHC戦を見て一つ気になった事があるので、石黒へ意見した。
二千四年の東京ドームで行われたメインのGHC戦。
小橋さん対秋山さん。
エプロンサイドから小橋さんは秋山さんを持ち上げ、場外へ向かってブレンバスターを敢行した。
物凄い末恐ろしい試合だと思った。
そしてそのあとの小橋健太さん対斉藤彰俊戦。
彰俊の試合を見ていると、よく小橋さんの技を物真似しているのを知る。
そしてその試合で、彰俊はまた小橋さんの技をパクった。
場外ブレンバスターを仕掛けた彰俊は、ビビッて途中で自分だけ地面に足から立ってしまう。
そのせいで小橋さんのバランスが崩れ、エプロンサイドの角に腰を痛打して変な落ち方をした。
一歩間違えば大惨事である。
俺は石黒へ「彰俊はメインのような試合で、絶対に使っちゃいけない」とアドバイスした。
今は亡きジャイアント馬場社長の教え。
プロレスとは何か?
まず相手がどんな攻撃を食らってもいいように構える。
それから思い切り攻撃を食らわす。
これがプロレスである。
彰俊はビビり、途中で身の安全を優先してしまった。
それがすべてなのだ。
石黒はポカンとしながら俺の話を聞いている。
全然ピンと来ていないのだろう。
何かあってからでは遅いのだ。
老婆心ながら忠告した。
「それと森嶋猛、あれはあれだけ身体デカいんだから、外国人枠でやったほうがいいよ。あと面構えが駄目だから、俺がペイント教えてやるって言っといて」と伝える。
余所余所しく帰る石黒。
あれは絶対に報告しないだろうなと思う。
俺は家に帰ってから、小橋さんと彰俊の場外ブレンバスターの違いを編集し、一本の動画を作ってみる。
最後の部分だけ水平反転させ、同じ角度で見られるようにする。
うん、何度見ても小橋さんは思い切り投げ切り、彰俊はビビッて立った。
よく三沢光晴さんが使う言葉で、信頼関係というものがある。
これはジャイアント馬場社長のプロレスとはをお互いが信頼し合うからこそ、思い切り攻撃できるし、思い切り受ける事ができるのだ。
俺自身振り返ってみると、柔道の試合の時投げられたら終わりと咄嗟に身体を翻した際。自分の肘でアバラ骨をへし折ってしまった事がある。
少しケースが違うが、俺が思うのは受けに徹していれば、人はそう壊れない。
ただ受けの構えができた以上、攻撃する側は思い切りやりきらなければ、ならないのである。
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