岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 141(三沢光晴さん死亡編)

2024年12月08日 08時08分39秒 | 闇シリーズ

2024/12/08 sun

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KDDIで厄介者と見られながらも、楽しい日々を過ごしていた矢先、突然訃報は訪れた。

二千九年六月十三日。

三沢光晴さんが試合中に亡くなる。

何だ、その怪情報は?

どこの誰が流しやがった?

本当だった。

この日、仕事も手がつかず、悪い夢を見ているような気分で帰る。

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ジャンボ鶴田師匠の命日が、五月十三日。

今日は三沢光晴さんの命日 亡くなって15年、16回忌 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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三沢光晴さんが六月十三日。

俺が生まれたのが九月十三日。

十三日に、俺にとって大切な人が亡くなっている……。

俺がプロレスラーを目指したのはジャンボ鶴田師匠と三沢さん、この二人の試合を見たのがきっかけだった。

 

1 打突 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

打突2007/2/7格闘技、プロレスに関する自分の思いを自己満足でひたすら書きましたそしたら800枚を超える作品になってしまい、当時はクレッシェンド第三弾として書いてい...

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当時俺が執筆した『打突』。

もう二年ぐらい前になるが、ノアが川越に興行に来た時、『打突』を三沢さんに渡した。

自分の顔を見て「へ~、今こんな事やってんだ」と笑顔で答えてくれたのが最後の会話……。

当時の時代を書いたこの作品。

一部ここに抜粋したい……。

最後に三沢さん、ひと言いいですか?

ずっとずっとありがとうございました……。

 


『打突』一部抜粋

二度目の大和プロレスの事務所訪問は、去年より緊張しないで済んだ。

事務員が俺の名前を見て、何人かでボソボソ話し合っている。

多分、去年の大沢が巻き起こした事件で、警察から大場社長に、夜中、連絡あった事が問題にでもなっているのだろう。

履歴書には備考欄にヘラクレス大地さんの名前と、あの時、言われた言葉が書いてある。

あと俺に出来る事は状況を見守るだけしかなかった。

事務員の一人が俺に話し掛けてくる。

「神威さんですね。だいたいの状況はこちらで把握出来ました。一週間後に後楽園ホールでうちの興行があるので、その時にまた来てもらえますか?」

「はい、アポも取らず、当然、押しかけて申し訳ありませんでした。一週間後の後楽園ホールですね。時間帯はいつ頃行けばいいですか?」

「昼の二時までにご来場下さい。」

「はい、では失礼します。」

銀座にある大和の事務所をあとにして帰る事にする。

どうのような結果が出るか俺にはまったく分からないが、ここまで来たらあとはなるようにしかならない。

この一週間いつも通り過ごして望めばいい。

この状況で不思議と落ち着いていられるのは、今まで自分のやってきた事に、誇りを持っているからだろう。

レスラーを目指してから、約二年。

色々な出来事があった。

もし、入団したら忙しくなり、知り合いともなかなか会えなくなるかもしれない。

仕事で世話になった親方や、整体の先生。

高校時代の担任、友達や先輩にちゃんと挨拶ぐらいはしておきたかった。

トレーニングはいつも通りこなしたが、基本的にのんびりとリラックスして過ごす事にする。

これからジタバタしても、何も変わらないと思ったからだった。

世話になった人たちに挨拶へ行き、親交を深めた。

コンディションを整えながら、すべての人に礼を述べた。

これで思い残す事は、もうない。

プロテストまでの一週間、俺は燃えに燃えた。

俺には失うものなんて何もない。

身体のコンディションは今までで、過去最高の出来に仕上がった。

今回はあの後楽園ホールに行く。

俺はプロレスさえ出来れば、あとはもう何もいらなかった。

二時前に後楽園ホールに到着すると、峰さんが会場内を歩いているのが見えた。

俺は、駆け足で近づく。

「お久しぶりです。」

「お、この問題児野郎。身体、デカくなったじゃねーか。」

「ええ、この一年、一生懸命鍛えてきました。」

約一年ぶりに会う峰さんから、身体が大きくなったと言われ、とても嬉しかった。

自分で吐いた言葉に感慨深いものを感じ、胸が熱くなってくる。

この期間で、色々な経験をして逞しくなれたと思う。

それだけに今日、この日をどれだけ待ち望んでいた事か…。

不思議な事に辺りを見回しても、俺以外、他のプロテストを受けそうな連中は見当たらなかった。

今回、受けるのは、俺だけなのであろうか。

「おい、胸に力入れろ。」

「は?」

「行くぞ。」

峰さんの逆水平チョップが、胸板目掛けて飛んでくる。

激しい衝撃音が鳴り響く。

以前に喰らった時ほどの痛みを感じなかった。

俺の様子を見て、峰さんはニヤッと笑いだす。

「ただ、身体をデカくしたって訳じゃなさそうだな。まあいいだろ…、よし合格だ。」

「え?」

「前のテストで、おまえの体力は分かってる。それから手を抜かずに真面目に鍛えてきたみたいだしな。もう街でくだらない喧嘩とかすんなよな。」

「はい。すいませんでした。」

気合い入れてきたので、ちょっと拍子抜けした。

まあ合格したのなら、何の文句もない。

「このシリーズ終わったら、また合宿あるからその時来い。」

「はい、よろしくお願いします。」

「じゃー、俺はまだやる事あるから行くけど…、あっ、そうそう、おまえ合宿所の連絡先分かるよな?」

「はい。」

「自分で電話して、それから来い。」

「分かりました。」

峰さんが行ってしまうと、どうしていいか分からなくなる。

こんな簡単に決まってしまっていいのだろうか…。

ちょっとした熱気を感じ、辺りを見ると、会場の入り口には観客が押し寄せていた。

もうじき試合が始まるのかと思い、通路へ出ると体のでかい人がストレッチをしていた。

それが誰か分かった瞬間、緊張が俺の体を包み込んだ。

テレビの中でしか見た事のない、あの伊達光利さんだったのだ。

去年の合宿で大河さんを初めて見た時と同じような衝撃を受ける。

これがトップに立つプロレスラーのオーラというものなんだろう。

念入りにストレッチをしている伊達さんを前にして、俺はどうしたらいいか考える。

萎縮するな、俺もこの団体でやっていくんだろ…。

自分自身を奮い立たせ、伊達さんに近づく事にした。

「すいません、伊達さん…。」

「んっ?」

ストレッチをした後ろ向きの状態で、伊達さんが振り返る。

とても大きく、優しそうな表情をする人だなと思った。

ヘラクレス大地さんと似たような匂いを持った感じだ。

俺は深呼吸して、落ち着きを取り戻す。

「今度から合宿に行く事になりました、神威龍一と申します。」

「へー、サラリーマン?」

おどけた声で聞いてくる。

きっと俺がスーツを着ているので、そう思ったのだろう。

まさか伊達さんと、いきなり話せるなんて夢にも思わなかった。

「いえ…、やってたのは、結構、前です…。」

もう少し気の利いた台詞を言えないのか。

自分で自分を呪った。

「ふーん、頑張ってよ。」

「お忙しいところ、邪魔をしてすいませんでした。失礼します。」

伊達さんはニッコリと微笑んでくれる。

短い会話だったが、伊達さんとの会話は、緊張で息が詰まる思いだった。

 

会場を出る際、一人のおばさんが、声を掛けてきた。

誰だろう。

知らない顔だった。

年齢は五十を越えている感じで、その辺にいる小柄なおばさんだ。

メガネをかけているせいか、性格悪そうなおばさんに見えた。

「あんたね。」

「え、何ですか?」
「一度、フェイドアウトして、また戻ってきたのって…。」

「……。」

嫌味な事を抜かしやがって…。

俺は一瞬でカッとなった。

頭の中のスイッチが入れ替わる。

「うちはフェイドアウトした人間が務まるほど、甘くないわよ。」

「うるせーよ、このクソババーが…。オメー何者だよ?偉そうに抜かすな、ボケ。ここは男の世界なんだよ。女がゴチャゴチャと抜かしてんじゃねえよ。」

頭にきたので、いいたい放題、怒鳴ってやった。

おばさんの表情は、顔面神経痛にかかったかのように、ピクピクと震えていた。

ふざけやがって…。

俺は視線をそらさず、ずっと睨みつけていた。

その時、背後から、いきなり殴られた。

通路に倒れる俺。

誰だ、不意打ちしやがって…。

よく見ると、峰さんだった。

何故か顔を真っ赤にして怒っていた。

それ以外、他の先輩レスラーたちも俺を睨んでいた。

倒れている俺に、よってたかって蹴りを入れてきた。

何が起きているのか、理解できないでいた。

「貴様、社長婦人に向かって、何て口を利きやがんだ。」

「このガキ。」

めちゃくちゃに殴られ、蹴られた。

攻撃が収まると、強引に立たされる。

俺が怒鳴りつけた相手は、どうやらチョモランマ大場社長の奥さんだったみたいだ。

「侘びを入れろ。」

髪の毛をつかまれて、強引に謝らせられた。

仕方なく、俺は謝った。

「ふん…。」

社長婦人は鼻で笑い、その場から消えていった。

ちくしょう…。

俺は後ろ姿を睨みつけた。

峰さんが怒った顔で怒鳴っている。

俺は間違っていない。

口には出さなかったが、心でそう思っていた。

どんなに偉かろうと、男の世界に女が口を挟むんじゃねえ…。

何がフェイドアウトだ。好きで去年、辞めたんじゃねえんだ…。

騒ぎを見て伊達さんが駆けつけてくる。

峰さんが俺を指差しながら、何かを言っていた。

伊達さんは俺を見て、ニヤリと笑った。

「まあまあ、若気のいたりって事でいいんじゃないの。」

「しかし、伊達さん…。」

「そのぐらい元気会ったほうがいいって。」

伊達さんは、俺をかばってくれた。

信じられないような光景だった。

素直に嬉しく思う。

俺は伊達さんの前で、深々と頭を下げた。

 


 

朝からずっと混乱していた。

三沢さんの死によって考えさせられた事……。

亡くなってから、こうしたい。

それじゃ遅いんだって事だった。

鶴田師匠が亡くなった時、俺は総合格闘技で現役復帰に向け動いている最中、訃報を聞いた。

遅かった。

もっと早く動いていれば……。

後悔したが、結局のところ、今の俺はその教訓すら何も生かせなかった訳だ。

プロレスリング・ノアは今日も明日も変わらず、三沢さんの意思を組み、興行を続けるという。

三沢さんだってそれを望んでいるだろうし。

今回の件は、社会問題で様々な形で取り上げられるだろう。

こういう時ほど何もしていない連中は、普段無関係のくせにプロレスを批判をするだろう。

負けるなプロレス。

負けるなプロレスリング・ノア。

そして負けるなプロレスファン。

ジャンボ鶴田師匠が恩師なら、三沢光晴さんは俺にとって背中をずっと見せてくれた憧れだったのだ。

俺は今できる事を懸命に頑張る。

そして口先でどうのこうの言うんだったら、その分毎日腕立てを百回でも二百回でもしよう。

誰かが亡くなったからこうしなきゃとかじゃなく、今、生きているこの時をどのようにして過ごすか。

人生ってそれの積み重ねのような気がする。

三沢さん、俺、頑張りますよ。

鶴田師匠と三沢さんの試合見て、二十歳の時、俺レスラーになろうって全日本の門を叩いたんですよ。

いつも笑顔で優しくて、それでいて気遣いもできて……。

本当にずっとずっとありがとうございました。

 

翌日プロレスリング・ノアは悲しみを乗り越えて、キチンと興行を行う。

前回のGHCトーナメントでも三沢さんは潮崎とタッグを組み、自分の持つものを授けるかのように戦っているようにも思えた。

潮崎は頑張り、見事優勝を果たした。

ヘビー級の人材不足と言われていたノアだが、三沢さんは潮崎を時期エースとして期待を寄せていたんだろう……。

心から祝福したい。

潮崎、本当におめでとう。

頑張ってノアを、そして三沢さんの意思を受けて邁進してほしい。

チャンピオンだった秋山さんが、腰椎椎間板ヘルニアにより急遽今大会を欠場し、GHCヘビー級王座を返上した。

これについて秋山さんを責める声もあるが、無責任な事を抜かすなと声を大にして言わせてもらう。

プロレスラーがどれだけの覚悟を持って試合に臨んでいるか……。

今回の件で世間も少しはわかってほしい。

ヘルニアに掛かった人はその苦しみが分かるだろうが、そんな状態で戦い続けてきた秋山さんは充分過ぎるぐらい立派だ。

GHCのベルトを手放すには、どれだけ精神的に辛かっただろう。

心中察する。

秋山さんには万全のコンディションで、また復帰を果たしてほしい。

小橋健太さんはノーコメントだったようだが、これは三沢さんとの間にある誰にも分からない絆がある。

報道陣もできれば今は小橋さんをそっとしておいてほしい。

全日本の道場でも小橋さんはいつだって一生懸命トレーニングして最後まで頑張ってきた。

ちゃんこ鍋ができると、笑顔でおいしそうに食べる姿を見て、この人は本当にプロレスが好きなんだなと当時感心したものである。

癌も克服し、カムバックを果たした小橋さん。

お願いだから、無茶だけはしないで下さい。

そして齋藤彰俊選手。

三沢光晴さんの最後の相手となったしまった。

新日本プロレス時代から彼を見ていたが、一本気でいつだって全力投球な人である。

今回のバックドロップで大惨事となってしまったが、プロレスの試合、特に全日本プロレスの四天王と呼ばれた辺りから、いつ誰がこうなってもおかしくないような試合をしてきたのだ。

一概に彼を責める事などできない。

泣きながらも斎藤は今日、リングに上がり最後まで戦った。

三沢さんの遺影に向かって土下座したが、今回の件で一番苦しんでいるのは彼だろう。

「自分はどんなに重くて大きい十字架でも背負って、前進して、精進していきます!」

そう最後にコメントした斎藤選手。

みなさん、どうかNOAHを、そして選手たちを暖かい目で見守って下さい。

三沢さん、あなたの残してきた功績が、こうして背中を見てきた選手たちが必死に頑張ってますよ。

ちゃんと見守ってくれていますか……。

三沢さん……。

 

二千五年七月十八日、ノア「ディスティニー二千五」と銘打ち東京ドームで二年連続行われた興行。

超満員となる六万二千人の観客が見守る中、約五年ぶりに三沢さんと川田さんのメインイベントが行われた。

二人は足利工大付属高校レスリング部の先輩後輩で、その関係は全日本プロレスに入団してからもずっと図式が変わる事はなかった。
三沢さんという高い壁を追い駆け続ける川田さん。
そして非常な攻めをしながらも、高い壁であり続けた三沢さん……。
ずっとずっと身体を張ってきて、小橋さんや田上さんもこれに続き、いつからか四天王プロレスと呼ばれるようになった。
新生プロレスリング・ノアになってから川田さんの姿だけがなく、ポッカリと穴が開いたような気分だった。
川田さんは全日本を潰したくないという一心で全日本プロレスに残り、意地を見せてきた。
個々のそれぞれの思いに対し、俺はどちらの考えも分かるので何も言えなかった。
それが気付けば川田さんは『ハッスル』というリングに上がり、今も上がり続けている……。
川田さん、ふざけている場合じゃないっすよ!
三沢さんの意思を継いで、今こそプロレスリング・ノアに参戦できないですか?
「今日の闘いでは終止符は打てなくなりました」と”永遠の先輩”三沢さんへリベンジを宣言したんじゃなかったんですか?
もう二千九年……。
あれから四年経つのに、ハッスルでいいんですか?
川田さん、お願いだからプロレスリング・ノアのリングに立って下さいよ……。
 
KDDIの業務が終わると、寄り道せずに真っ直ぐ川越へ帰る。
ストレッチを丹念にして、基礎的な腕立て伏せ、腹筋、スクワットを千回ずつ。
回数を決めず、ベンチプレスを行う。
腕がバーベルを持ち上げられなくなった時が終了。
一年半前の総合格闘技復帰戦。
あの時勝っていれば、いくらでもマスコミを動員させて、少しはプロレス界の役に立てたんじゃないのか?
止めろ…、いい加減にしたほうがいい。
何度この件で葛藤し、その度考えた?
戦う事自体向いていないと、自覚したんじゃなかったのかよ。
でもこの全身の滾りは何だ?
復帰するとか戦うじゃなく、己を鼓舞して鍛える分には悪い事ではない。
三沢さん、こんな不甲斐ない自分で申し訳ありません……。
俺は淡々と仕事のあとはトレーニング、そんな日々を過ごすようになる。
そんな最中、先輩の須賀栄二さんから連絡が入った。
最近第一中学校の体育館を借りて、柔術を始めたらしい。
一人知り合いを紹介したいと言われたので、指定された店へ行く。
三歳年下の岡本大を紹介される。
彼は打撃系の格闘技を極めたくて、タイまで渡り本場のムエタイ…、タイ式キックボクシングを数年学んできたそうだ。
まだ海外へ一度も行った事の無い俺は、素直に凄いなと思った。
彼も柔術をやっているので、俺も誘われる。
仕事終わってトレーニングするのも、対人で柔術をやるのも、そう変わらないかと思った俺は参加を決意した。
俺が戦いの道へ行こうとすると、雷電が袖を引っ張る。
群馬の先生の言葉を思い出す。
今回は戦う為にではない。
自分自身、三沢光晴さんの死により身体中の細胞が収まりつかないだけ。
こんな早く亡くなってしまうなんてな……。
淋しいっすよ、三沢さん……。
 
 
KDDI勤務、川越へ戻り第一中学校へ。
そんなリズムが生活に刻まれる。
柔術を教える石動龍は紫帯の持ち主。
柔術界ではまだ数名しかいない希少価値があるようだ。
面白いもので、柔術というものは理詰めで動く。
詰将棋とよく例えられる柔術。
相手の身体へこう体重を乗せ、左膝側面に肘を乗せると、必然的に身体はこちらへ移動する。
そういった理詰めの理論を頭で考え覚えながらの格闘技。
何も考えず、身体能力だけで戦ってきた俺には新鮮だった。
「岩上さんの大きな身体に力…、それに柔術をマスターしたら無敵になれますよ」
よくそう言われながらの指導。
確かに相手の技を避けずにあえて受けてから反撃するプロレスとは、まるで別物の格闘技だ。
総合格闘技にレスラーが出向いて負ける構図が理解できる。
簡単に例えると野球選手が、サッカールールの試合で挑戦するようなほど種目が違う。
俺が今から思い切り攻撃するから、絶対に避けずに技を食らえよ?
受け終わったら、今度はそっちが思い切りやり返していいから。
分かりやすく言うと、これがプロレス。
総合格闘技で実際に試合をしてみて感じた事。
対戦相手は絶対に技を喰らおうとしないから、本当につまらない。
だが、それが総合格闘技なのだ。
ルールもよく把握せずに出た俺って、馬鹿だなと実感する。
でも俺が柔術を身につけたら無敵になる?
細かい体捌きから、マウントポジションでの攻防。
思えばこうしてちゃんと指導されながら格闘技を学ぶのは、生まれて初めての事かもしれない。
柔術の理屈に、俺の身体能力、そして力、ヘビー級の体格。
うまくそれらが混ざり合った時、俺はまた戦いの道へ行けるのか……。
一人で黙々やるトレーニングと違い、対人相手は使う筋肉が違う部分が大幅にある。
滝のように流れる汗。
道着を絞れるとジャーと水が出てくるほどだった。
 
KDDIでは出勤すると、同僚の幸から「岩上さん、どんなトレーニングしてるんですか? 身体付きが、いきなり変わっていますよ?」と驚かれた。
柔術での乱取り。
対人相手に切磋琢磨する日々。
これでいざという時に、俺の打突まで加わったら……。
全身が身震いした。
三沢光晴さんの死以来、俺に陰りができたと同僚たちは言う。
それはそうだ。
そう簡単に割り切れるものではない。
袂を分かち、今は全然別の事をしながら生活していても、俺の原点は鶴田師匠もいて三沢さんたちがいた頃の全日本プロレスなのだ。
思えばプロレスにしても、総合格闘技にしても、小説にしたって、ピアノもそう……。
俺はすべて勢いだけで、考えずにやってきた。
人間の身体の理を知る。
すべて理詰めの格闘技。
 
柔術の乱取りでは、色々な人が俺とやりたがる。
総合格闘技DEEPでメインに近い扱いを受けて出た元全日本プロレス出身のレスラー。
加えて総合格闘家では中々いないヘビー級の身体。
柔術はまだ素人。
そのような思いがあるのだろう。
ワザと隙を作り、引っ掛かる俺。
カウンターの三角絞めや、腕ひしぎ十字固め。
何度も食らう。
待てよ?
体重六十キロ程度の相手なら、俺なら片腕で身体ごと持ち上げちゃえばいいじゃん。
反比例するプロレスと柔術。
俺はそれを自分なりにアレンジして融合させていく。
隙を見せて引っ掛かり、腕ひしぎ十字固めへ持っていかれそうとするところをそのまま相手の身体ごと持ち上げる。
もちろん練習なので、地面へ叩きつけたりはしない。
驚く相手。
想定外の行動を取られ、呆気に取られていた。
柔術も学びつつ、レスラーの無茶苦茶さも取り入れる。
総合格闘技のように隙あらば、とにかく極めて勝つような戦い方ではない。
プロレスラーらしく、ド派手に観客がスカッとするような勝ち方を……。
三十七歳にして、俺に新たな進化が訪れようとしていた。

 

闇 142(格闘家と小説家編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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