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2025/02/18 tue
前回の章
俺から見ると福富町も何か陰気で薄暗く、常にヤクザ者が徘徊しているようなイメージである。
ここで真面目なサラリーマンが歩いているのを見た事が無い。
そんなところよりもヤバいという寿町。
何がどうヤバいのか?
俺は平田と坂本へ質問責めだった。
坂本から口を開く。
「自分前職で、おしぼりの配達の仕事をしていたんですよ」
「ええ」
「寿町も当時エリアでしてね。停めた場所から一分も掛からないところだったんで、鍵を締めずに運んだんですよ」
「それで?」
「車に戻ったら、全然知らない奴が助手席で普通に弁当食べているんで、車を間違えたと思い一度外に出たんですね。ただ、外から見ると、どう見ても自分の車なんですよ」
「ん? どういう事ですか?」
「俺はいつも女房が弁当作って、持たせてくれるんですね」
「それは羨ましい限りで」
「よくよく考えてみたら、俺の車に乗っていた知らない男が食ってたのって、うちの女房の弁当だったんですよ」
「え、それでどうしたんです?」
「さすがにおまえ何やってんだよ? そう怒鳴りつけました」
「ですよね……」
「そしたら『いやー』なんて呑気に頭を掻いているから、それやるからとっとと出て行けよと」
「……」
見ず知らずの車の中に乗り込み、そこへあった弁当を勝手に食べる。
しかも坂本が車を出て、たかだか一分しない間の出来事なのだ。
何故そんな真似をできるのか、俺にはまるで理解できない。
「タクシーも通りたがらないって、さっき話したじゃないですか」
今度は平田が話し始めた。
「はい」
「あの街の住民、みんなタクシー見ると、当たり屋として突っ込んでくるんですよ」
「ほんとですか?」
「結構前ですけど、自分が寿町で運転していたら、突然飛び出してきたのいたんですよ」
「引いたんですか?」
「いえ、徐行だったんで大丈夫でしたけど、一応その時は車降りて様子を見に行ったんですね。ぶつけてはいなかったですけど」
「ええ」
「そしたらタバコを一本くれないかと言うからあげたんですよ」
「車に突っ込んできてタバコくれですか…。凄い話ですね」
「それで一本あげたら、周りでバイオハザードみたいに徘徊していた連中が、こぞって自分ところ来てしまって…。結局タバコ全部そいつらに取られましたよ」
「……」
言葉が出なかった。
「そういうところなんですよ、寿町は」
「凄いところみたいですね。俺、これから早速行ってみますね」
「はあ?」
二人は目を丸くしている。
「こんな時間に行くの、絶対にやめたほうがいいですって!」
必死に止める平田。
「帰って寝て、昼間に行けばいいじゃないですか」
坂本はそう諭してくる。
そんなヤバい経験談なんて聞いたら、余計我慢できなくなった。
いくらヤバくても、自分の身くらい守れるだろう。
ちょうどポケットにはデジタルカメラが入っている。
「岩上さん、うちらの話聞いてました?」
「聞いたからこそ、より興味が出たんじゃないですか」
「……」
二人の顔を見て、ますます興味が沸いてきた。
こんなウズウズする感覚も久しぶりである。
「それでは岩上智一郎、これより寿町へ行って参ります!」
意気揚々と俺は、寿町へ向かった。
寿町の位置は店のパソコンで調べてある。
店を出て伊勢佐木モールのブックオフのところをそのまま真っ直ぐ行けば、寿町へ着く。
ある意味福富町よりもヤバいと、横浜の住民たちから呼ばれる場所。
伊勢佐木モールを突っ切り、そのまま真っ直ぐ歩く事十五分。
頭の中はゲーム『シェンムー』に出てくる九龍城のイメージで一杯だった。
深夜二時三十七分。
とうとう念願の寿町九龍城へ到着する。
中国のような壮大さはさすがに無いが、それでも平田や坂本が話していた独特のヤバそうな雰囲気はあった。
確かに疲れきった老人たちが、ゾンビのようにフラフラしながら町の中を徘徊している。
中には地べたに座り込んでボーっとしている人や、夜空を見上げながら一人で怒鳴っている人もいた。
大きな通りは街灯もあり、深夜スーパーのような店も営業している。
共通するのが肌寒い十月半ばなのに、ほとんどの人が白いタンクトップ一枚のまま上着も羽織らず、ただ町中をフラフラしているのだ。
大きな建物が見えてくる。
寿労働福祉会館と書かれた大きな建物。
まるで『シェンムー』で見た九龍城のように見えた。
建物の周りでは、相変わらず人がフラフラ歩いている。
俺はこっそりデジタルカメラを取り出し、写真を写す。
もちろんフラッシュは炊かない。
裏側へ回り、ここに銭湯が建物内にあるという情報を聞いていた。
早速向かうと『扇湯』と書かれた文字の窓が三、四階辺りにあるのが見える。
ふむふむ…、これは面白い。
再びカメラを構えた時だった。
「おいっ! んなろーっ!」
俺の右サイドから突然怒鳴り声が聞こえた。
振り向くと、白のランニングシャツを来た白髪頭のおじいさんが、あきらかにこちらを睨んで怒鳴っている。
掛かって来られた場合…、手で払い除けて怪我させても嫌だなあ……。
「おまえ、何を写真なんか撮ってやがんだよっ!」
物凄い形相で敵意剥き出しのおじいさん。
身の危険を感じた俺は、撮影を諦め足早に逃げた。
まだ九龍城の写真一枚しか撮っていないのもあり道を変え、いい撮影ポイントを探す。
大通りは駄目だ。
フラフラ歩く老人が多過ぎる。
平行するもう一本向こうの道へ向かう。
俺の行動は、ただ真夜中一人で寿町の道を歩いているだけ。
誰かに迷惑を掛けたとか、そういう行為はしていない。
ここの雰囲気に飲まれぬよう、必死に自分へそう言い聞かせた。
用水路が通るU字溝にハマった状態のまま寝ている老人もいる。
中には「おい、兄ちゃん! そんないい服着てたって同じ人間は人間なんだからな!」といきなり怒鳴りつけてくる老人もいた。
「……」
俺はただスーツを着て歩いているだけじゃないか……。
何であんな言い方をされなきゃいけないんだ?
噂に聞いていた通り、末恐ろしい場所だ。
こんな時間なので、ほとんどの店のシャッターが閉まっている中、数軒開いている居酒屋や妙なスーパー。
その辺りは人が多過ぎて、撮影できるような状況で無い。
ひと気のない場所を捜し求めようと歩き回った。
しかし、至る所から老人が宛てもなくフラフラ彷徨って歩いている。
だいたいこんな夜中、ランニングシャツ一枚で徘徊してるっておかしくないか?
インターネットで調べたやきそばで有名な老舗店『新井屋』もシャッターが閉まっている。
何でもここは営業していると、外にもテーブルが出ているらしいが、食べていると、この建物の上からグラスや皿などが落ちてくるらしい。
俺は昔流行ったアーケードゲーム『クレイジークライマー』を思い出した。
単なる嫌がらせなのか、いい物を食べやがってというやっかみなのかは分からない。
ただここは、何となく負のオーラが満ち溢れている。
命の価値がかなり低く見られている事だけは確かだろう。
シャッターは閉まっているが、この『さなぎの食堂』もインターネットで見たところだ。
定食が三百円からって、俺が高校生の頃通っていた西武台の学生食堂よりも安いぞ?
NPO(特定非営利活動法人)と看板には書かれている。
昼間しかやっていないのだろうか?
そういえば平田が言っていたな。
ローソンなどコンビニの廃棄弁当を回収して、それをバラして調理して出す店もあると……。
それがここかどうかまでは分からない。
歩いていてふと気付いたのが、妙に簡易宿泊施設が多いという点。
値段を見ると、一泊千三百円なんてところもざらにある。
高いところでも千七百円。
俺が今寝泊まりしているネットルームが一日二千七百円だから、半額でここなら借りられる訳か。
それでも寿町に住もうとは思えなかった。
ジュースの自動販売機も五十円よりと、妙に安い。
これはこの一台の販売機だけでなく、随所で見掛けた。
変なパイプのような材料を使ったジャングルジムが妙にいっぱいある公園もあり、撮影しようとカメラを構える。
「……」
その中央に老人が黙ったままつっ立っていたので、やめる事にした。
九龍城の道と平行する一本向こう側の道を歩いていると、杖を置き地べたに座り込んでいる老人と、立ったまま妙に怒鳴りつけている老人の二人組が視界に入る。
俺は遠目から恐る恐るその異様な状態を撮影。
少しして立ったほうの老人が、座った老人を罵倒しながら何度も蹴りを入れだした。
地べたにいる老人は蹴られるまま、まったくの無抵抗。
近くには他の老人たちもいたが、みんなその状況を無視して、ただフラフラとゆっくり歩いているだけ。
さすがに俺は近付き「暴力はやめましょうよ」と止めに入った。
すると七十後半ぐらいの蹴りを入れていた老人は俺のほうを振り向く。
「何や、この若造がっ!」
こちらを見てワーワー怒鳴りだす始末。
俺は手で制し、近くの自動販売機から暖かいコーヒー二本を買い「まあまあコーヒーでも飲んで落ち着きましょうよ」と落ち着かせる。
あれだけの剣幕で怒っていたくせに「兄ちゃん…、いいんか?」と、その老人はすぐ笑顔になって動きを止める。
そして俺の手にある二本のコーヒーを引っ手繰るように取った。
何だこの代わり身の速さは?
しかも一本だけでなく二本同時に持っていったぞ?
随分調子のいい老人だなと思いながら、蹴られていた人に手を貸し、起こし上げる。
「おじさんもコーヒー飲むでしょ? 暖かいの」
コーヒーを買っている途中、背後に嫌な気配を感じた。
辺りを見渡すと、さっきまで素知らぬふりをしていた老人たちが、こちらに向かってフラフラと近付いて…、いや、こちらに向かって集まってくるといった表現がピッタリな感じがする。
俺がコーヒーを奢ってくれると嗅ぎ付けて、ワラワラと距離は縮まっていく。
さっきまではまったくの無関心をみんな装っていたくせに……。
ゲームのバイオハザードの主人公になった錯覚すら覚えたほどである。
何となく身の危険を感じた俺は、また足早にすぐ逃げ出す事にした。
寒いのに身体中、変な汗を掻いている。
福富町まで戻ると、ようやく俺は胸を撫で下ろす。
自身の危険信号は寿町のほうが上だという事か。
このまま帰るのも嫌だったので、コンビニで差し入れを買い、自分の店に戻る。
それまでの一部始終を話すと、従業員の平田と坂本は驚いた表情で「こんな時間にあんな場所をうろつく人間なんて、地元じゃまずいませんよ!」と口々に言う。
「確かにある意味スリル満点でしたね」
「まさか本当に行くなんて……」
二人は呆れた表情で俺を眺めている。
もうあの時間の寿町に行くのは、さすがにやめよう……。
次回はもっと明るい時間帯にと、心の中でそっと呟いた。
ネットルームへ戻り、睡眠を取る。
目覚めると無性に餃子を欲していた。
受付にいた女の子に「この辺で美味しい餃子の店は?」と聞き込みをする。
「うーん…、私なら十八番の餃子が好きですね」
「え、それってどの辺にあるの?」
「結構近くですよ」
俺は女性店員に道順を教わり、早速行ってみる。
『元祖十八番』が正式名称のようだ。
徒歩数分の距離。
近付くにつれ、ひょっとして今日休みじゃないのかという疑惑が大きくなる。
自慢の餃子四百円と看板に書いてあるくらいなので、相当自信あるのだろう。
それだけに休みだったのが残念である。
せっかくだから何か食べてから帰ろう。
俺は伊勢佐木モールへ向かって歩く。
通りに出ると、関内駅方面へ向かった。
スーパーがあってその先にはマクドナルド。
逆側に『肉屋の正直な食堂』という店を発見。
何だか凄い名前だけど、俺的には惹かれる。
ご飯もお代わり自由らしい。
千円以内で済むのも良心的な価格だ。
俺はこの店へ入ってみる事にした。
カウンターのみの造りで、各席に置いてあるプレート。
自分で肉や野菜を焼くようなシステムになっている。
肉の追加の料金や、野菜に限っては百円で各種のものを追加できるようだ。
大食いの男性向きな店。
俺は牛ロースステーキを注文してみる。
早速生野菜にステーキ。
そしてライス、みそ汁、サラダが目の前に置かれた。
自分で焼くスタイルはペッパーランチと似ているが、つまみを調整して火力の調整をできる。
ステーキに掛けるソースの種類も多いし、ライスはお代わり自由だし、結構凄い店かもしれない。
これで九百五十円なら安過ぎないか?
早速焼き始めてみる。
自分で手間を掛けるのが嫌だって人以外、こういうシステムはとても斬新で面白いだろう。
特別いい肉を使っている訳じゃないけど、値段の割にかなりお得感を覚える店だ。
満足感に包まれながら、店をあとにする。
横浜に来てまだ短期間であるが、地元にいた時のような変なストレスを感じない生活に気付く。
住んでいる周辺を毎日のように探索しては、気になった店で食事をする。
仕事へ行って金を稼ぎ、帰ったら寝る。
そんな当たり前の日々は、俺の荒んだ心を徐々に癒してくれた。
そういえば小説を書かなくなって二年以上経過している。
あれだけ熱心に執筆をしていたのに、急にトーンダウンした形だ。
才能の枯渇?
あの頃は自分でそう格好つけたかっただけかもしれない。
そもそも俺が才能なんて、ある訳がないのである。
あればとっくにこんな生活などせず、小説で食べていけるのだから。
まぐれで一度賞を取ったという変なプライドだけが残り、自分は特別だと思い込みながら小説を書き続けた。
だけど実際はどうだ?
誰からも読まれず、感想も称賛も何も無い。
あれだけ俺の小説を才能があると褒めてくれたしほさんだって、去ったままだ。
書いていればその内何とかなってくれる。
そんな希望を抱いていた時期もあった。
でも希望じゃ腹は膨れない。
俺は勝手に空回りをして無職になり、食い詰めて路頭に迷っただけ。
だからあちこち様々な仕事を転々とし、またこうして裏稼業の世界へと戻ってきたのだ。
裏の世界なら俺は特別。
そんな意識は持っていた。
だが現実はどうだ?
馬鹿でも何でも上の人間と知り合いだというだけのコネだけが、最優先される世界。
これは新宿でも池袋でも基本的な図式は変わらない。
俺はいつだって都合良く利用され、いらなくなればポイされるだけの存在である。
決して自虐的になっている訳でもなく、これまでの経緯を淡々と分析した。
今の横浜では単なる一従業員というだけ。
特別な責任も無ければ、当たり前に出勤して仕事をすればいい。
とても気楽だった。
もう少しで地元の川越祭りが開催される。
同じ町内だった先輩の吉岡さんからは、必ず出てこいと連絡がしつこい。
まあこう誘いがある内は、俺にも存在価値があるという証拠。
俺が嫌いなのは実家であって、川越ではない。
こっちへ来てまともな休みを取っていなかったので、今日辺り川越祭りの為に休みを取ってみようかな。
それにしても横浜のインカジはヤクザの客しか来ない。
普通の客を見た事が一度も無いというのが凄い。
但しこちらへ危害を加えるとか、威圧してくるといった事は何も無いので仕事をする上では同じだ。
新宿時代のガジリ屋で有名なヤスから電話があった。
「岩上さん、お久しぶりです。新宿の『ポン』あるじゃないですか」
以前『餓狼GARO』の店長である猪狩をバシバシ引っ叩いて暴れた桜田が番頭をやっている店か。
「ええ、どうかしたんですか?」
「あそこパクられましたよ」
「へー、桜田のところやられたんだ」
「池袋の『バラティエ』の高田さんに聞いたんですけど、岩上さんはあの店辞めて横浜へ行かれたんですか?」
「耳が早いですね」
「後学の為に私も横浜のインカジへ行ってみたいんですが」
こんな乞食客が俺の紹介で来たら、逆に株が下がってしまう。
「うーん、やめといたほうがいいですよ」
「いえ、一度は横浜の店に行ってみたいんですよね」
「こっちは客がヤクザしかいないから、ほんとやめたほうがいいですよ」
「あ、自分はそういうの……」
「ヤスさん、ごめん。今仕事中だから」
俺は強引に電話を切った。
あんなのに横浜来られたら、こっちの運気が落ちてしまう。
とうとう新宿でもインカジの摘発が入るようになったのか……。
ヤスは無職のくせに上野から池袋までの一年間定期券を買って、インカジ巡りをするような乞食客だ。
そのせいで情報だけは早い。
向こうの情報を耳に入れとくのは損ではないだろう。
俺は仕事中、空いている客席の一台のパソコンを使って、漫画のデータを集めるようにした。
基本客がいない暇な店である。
どうしても暇潰し用の何かを探さないといけない。
インターネットを接続していない場所でも、漫画のデータさえあれば、そこがちょっとした漫画喫茶代わりになる。
昔なら毎週何曜日はどの雑誌が出て、明日は何々とほとんどの人間が漫画雑誌を買っていた。
それが今はインターネットでちょっとした知識さえあれば、簡単に無料で漫画など読めてしまう。
今度外付けのハードディスクだけでも買っておくか。
仕事を終え、真っ直ぐネットルームへ向かう。
途中ラーメン屋があったので遅い夜食を取った。
麻婆茄子セット、餃子もついて八百八十円。
この辺はどこも安いお店が多くて助かる。
それにしても随分太った餃子だな。
味は不味くもなく上手くもなく、本当にごく普通。
まあこれで千円しないのだから、文句も言えないが。
今日は寝て、また明日は昼くらいに横浜探索へ行こう。
関内駅から伊勢佐木モール、そして福富町から野毛はある程度把握できた。
伊勢佐木モールを関内駅でなく逆側へずっと行ったら、どうなるのだろう?
思ったまま気の向くまま、俺はプライベートを満喫すればいい。
あ、そういえばまだ野毛山動物園にも行っていないし、海も見ていない。
一人で自由に行動できる横浜。
今日は伊勢佐木モールの逆側へ向かってみよう。
駅方向とは違って徐々に店の数も減ってくる。
まずは通りを真っ直ぐ歩いて、自分に合うような店がないか。
十字路へ差し掛かり、ふと左側を見た時だった。
「何だ、ありゃ?」
思わず出る独り言。
左手には古いパチンコ屋の看板でライオンズと書いてあるが、どう見ても潰れている。
問題はその奥の大きなアーケードのトンネルだ。
まだ伊勢佐木モールは途中だったが、俺はヘンテコな建物の方向へ曲がった。
『よこはまばし』と信号に、アーケード商店街の名前。
交差する形で公園のような通りを過ぎて、中へ入ってみる。
『横浜橋商店街』というアーケードなのか。
【横浜の商店街】横浜橋通商店街 - THE YOKOHAMA STANDARD
結構長そうな商店街だな……。
俺は興味津々に先を進む。
魚屋はあるし、八百屋や肉や、雑貨屋などたくさんの店がある。
少し進むとまた魚屋が見える。
こんな近場で同業があるなんて凄い。
肉屋もたくさんあり、値段を見ると結構安く売られていた。
そういえば今の環境じゃ当たり前だけど、最近全然料理をしていないな。
まだ先へ進むと『宝水産』というマグロを扱った店が見える。
マグロ丼が七百八十円か……。
よし、今日はここでご飯を食べてみよう。
お品書きを見るも、俺が食べられるのはマグロだけ。
マグロ丼を注文した。
「こちらさきづけになります」
驚いた。
さきづけまで出してくれるのか。
鉄火の酢飯で注文したマグロ丼とみそ汁が置かれる。
食べてみると美味しいマグロだった。
これは横浜に来て一番良かった店かもしれない。
これだけでなく俺は、たくさんの店が密集した横浜橋商店街を一発で気に入っていた。
どうせ横浜で部屋を借りるなら、こういうところで住めたら幸せだろうな……。
店を出ると斜め向かいに細い路地のようなものがあり、『横浜橋市場』と書かれた看板がある。
入口には道端でキムチを打っているところや、左手に肉屋。
その向かいでは大きな肉を四人がかりで大きな包丁のようなもので切っているのが見える。
何だか面白いところだなあ……。
この横浜橋市場という通りは本当に短いので元へ引き返し、また来た道を戻った。
商店街の入り口に天ぷら屋があるのを発見。
来る時は天井のアーケードや様々な店に目を取られ、すっかり見過ごしていたようだ。
中で食べる事も、持ち帰りもできる店のようだ。
少し中を覗くと大勢の客が天丼を食べている。
次はここへ来てみよう。
今後しばらくは、この商店街探索をするような気がする。
この日も仕事を終えると、すぐ帰って眠る。
しっかり睡眠を取ってから熱いシャワーを浴びた。
喫煙所でタバコを吸っていると、伊達から連絡が入る。
「お久しぶりです。岩上さんのおかげで無事池袋の『バラティエ』で働けていますよ」
「それなら良かったです。番頭の高星には太鼓判押しておきましたからね」
「今は篠木さんと原田さんと早番で働いているんですけどね」
「あれ、高田はどうしたんです?」
「高田さんは遅番ですよ」
なるほど俺がいなくなり、坂田は自滅し、高田くらいしか任せれる人間がいないのか。
「あ、伊達さん。坂田って奴がいると思うんですが、かなりどうしょうもない奴なんで注意して下さいね。仮に変な事をしてきたら、いつでも俺に言って下さい。俺はあの店の高星には貸しがありますから」
「坂田って名義の事ですか?」
「ええ、そうですよ」
「自分は会った事ありませんが、何か被災地送りにされたようですよ」
「さすがに五百も店打ちで、穴開けたらそうなりますね」
「え、坂田って店打ちして被災地に飛ばされたんですか?」
「インカジで今まで見た従業員の中で、一番の屑ですよ。まあもういないなら安心です。伊達さん、仕事頑張って下さいね」
東日本大震災の影響で、被災地は未だ復興が追いついてないらしい。
坂田の屑は被災地送り。
大方酒井さん辺りが裏で動いたのだろう。
悪は放っておいても自滅していくか……。
さて…、今日は横浜のどの辺を見て回ろうか。
身支度を済ませ、俺は颯爽とネットルームを出た。
まずは伊勢佐木モールへ出る。
さて、どこへ行こうかな。
愚問だった。
昨日行った横浜橋商店街しかないだろう。
入口左にある天ぷらの『豊野』。
あれから無性に天丼を食べたかったのである。
何にしようか迷ったが、黄金丼を購入。
おそらくここから近くあった黄金町駅からもじった名前なのだろう。
茄子の天ぷらもついているのが、注文した決めてだった。
実際目の前に置かれると、驚くほどの量。
海老が二本に、野菜の天ぷらがごってり乗って、これで千百円なら安いものである。
危なく残してしまうほどの量だった。
明日は二千十二年十月二十日。
地元は川越祭り。
今日仕事出れば、二日間の連休をもらった。
二週間ぶりくらいの川越凱旋だが、祭りへ参加する以外にも寒くなってきたからコートなど多少の服もついでに取りに行かないといけない。
横浜に来て、明らかにいい方向へ流れが変わっていくのを実感する。
もう悪戯に自分自身の心を傷つける必要など、どこにも無いのだ。