真正会 本部・事務部 スタッフブログ

動物が幸せを感じるとき

2021年1月、元農相が、在任中に大手鶏卵会社から現金を受け取った事件がありました。
記憶に残っている方もいらっしゃるかと思いますが、その収賄の趣旨の中に「アニマルウェルフェア(Animal Welfare: AW 動物福祉)」という言葉がありました。

「アニマルウェルフェア」とは、感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法をめざす畜産のあり方です。
(一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会のHP)


この「アニマルウェルフェア」に関連して、今回は、テンプル・グランディンの「動物が幸せを感じるとき」を紹介したいと思います。

テンプル・グランディン:動物が幸せを感じるとき.NHK出版.2011


テンプル・グランディン(1947年生,女性)は、アメリカの動物学者で、コロラド州立大学教授です。非虐待的な家畜施設の設計者で、自閉症を抱えながら社会的な成功を収めた人物として知られています。
自閉症がまだ社会に認知されていない時代に育ったグランディンは、2歳の時、脳に障害があると診断され、特別な保育施設に預けられ、その後1950年代に自閉症と診断されました。グランディン本人によると小学校卒業後、良い指導者に恵まれたことで、1960年代にはニューハンプシャー州リンジにある寄宿学校、ハンプシャー・カントリー・スクールへ入り、1970年にフランクリン・ピアース・カレッジで心理学学士、1975年にアリゾナ州立大学で動物学修士、1989年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて動物学博士を取得しました。
自分自身の神経発作を抑えるために、牛などの家畜にワクチンなどを接種する際に用いる締め付け機にヒントを得て設計製作した、Hug machine(締め付け機)は、アメリカなどの子供の施設では今でも使われているそうです。
(Wikipedia)


共著者のキャサリン・ジョンソンは、脳と神経精神病学を専門とする著述家で、全米自閉症研究連盟会理事を7年間務め、退任後まもなくテンプル・グランディンとともに前著「動物感覚」を執筆しました。3人の息子のうち、二人が自閉症です。

動物の福祉を推進する運動では、1960年代から精神的な幸せについて考えられてきましたが、イギリスの科学者による家畜福祉の諮問委員会ブランベル委員会が、政府の依頼を受けて、集約畜産に関する報告書を提出しました。
集約畜産とは、大規模な農場が、かつての農場と比べると、かなり狭い場所で大量の動物を飼育して、精肉や鶏卵を生産する形態の畜産のことをいいます。
ブランベル委員会は、動物が持つべき権利を5つ挙げました。

①飢えや渇きにさらされない権利
②不快な環境におかれない権利
③痛み、けが、病気の苦しみにさらされない権利
④自然な行動をする権利
⑤恐怖や苦悩にさらされない権利

①~③は身体面に、④と⑤は精神面に関する権利です。 

テンプル・グランディンは、動物の命を預かる人…畜産業や牧場主、動物園の飼育員、ペットの飼い主など…には、だれでも、動物を精神的に満足させてやるためのよりどころが必要だといい、「怒り」「恐怖」「パニック」のシステムをなるべく刺激することなく、「探索」と「遊び」のシステムを刺激すること…動物が活発になり、常同行動をしないような環境を作ることだと言っています。

人間も動物であり、脳の基礎となる情動システムは同じです。だから、怒り、恐怖、パニックと欲情、保護、探索、遊びなどの情動を尺度に動物を見ていけば、動物との円滑な関係が成立する…といいます。本書では、犬、猫、馬、牛、豚、鶏などですが、野生動物や動物園の章では、私たちが知っている動物が書かれているので、だいたいの動物の情動システムを知ることができます。

例えば、⑤の「恐怖にさらされない権利」について、ふつう、「動物は、天敵が近くにいなければ怖がるはずがない」と考えます。しかし、ことはそう単純ではなく、「動物にとって、恐怖とはそういうものではない。敵が襲いかかってくるまで恐怖を感じないとしたら、逃げる間もなく食われてしまうだろう。被食種は、天敵に見つかってしまいそうな広々とした場所にいるときに、恐怖を感じるようになっている」とテンプル・グランディンは言います。
メンドリには、卵を産むときに隠れる場所が必要で、これは、キツネが侵入することなどありえない養鶏場の鶏舎でも同じ。メンドリは隠れて卵を産むように進化してきました。恐怖にさらされないために必要なのは「隠れる」という行為であり、キツネが入ってこない鶏舎に棲むことではありません。

④の「自然な行動をする権利」はさらに複雑な事情が絡み、現実にはなかなか本能のおもむくままに行動をさせることができず、とりわけ、飼育動物では困難です。
例えば、犬にとって、1日に何キロもうろつきまわるのは自然な行動ですが、たいていの市街地では禁止されています。たとえ禁止されていなくても危険です。だから、飼い犬に刺激的で、楽しい生活をさせるためには、代わりの行動を考えてやらなければなりません。

アレチネズミは穴やトンネルを掘ることが大好きです。生後30日くらいから、穴を掘るような動作の「常同行動」を始めます。この理由を研究したスイスの心理学者は、アレチネズミの赤ん坊を「乾燥した砂がたっぷりあって掘ることができるケージに入れたグループ」と「すでに地下の巣ができ上っていて砂がないケージに入れたグループ」の二つに分けました。すると、砂がたっぷりあるケージのアレチネズミは、さっそく掘るような動作の常同行動を始めましたが、すでに巣があるケージのアレチネズミは、一匹も常同行動しませんでした。このことから、アレチネズミの、穴を掘る動作の常同行動が、掘る欲求ではなく、外敵から守られた場所に隠れる欲求からきていることが分かります。

「動物は、行動そのものが目的となって行動することはない」とテンプル・グランディンは言います。これは、認知症を有する方のBPSDの一つである「徘徊」の解釈に必要なことだといえます。

テンプル・グランディンは「放浪する動物を動物園で飼うことがいいのかどうかは大きな問題だ」としています。
動物園のホッキョクグマは、起きている時間の80%を、8の字に泳ぐ常同行動をしており、大勢の市民もとても心配していました。
そこで動物園では、浮力の異なる樽を大量にプールに入れたところ、このホッキョクグマは樽に勢いよく飛び乗り、水中に沈めていました。樽が水面にポコッと浮かび上がると、ホッキョクグマは、また飛び乗る。これを繰り返していましたが、この行動は常同行動ではありません。常同行動だとまったく同じ行動を何度も繰り返しますが、樽は、ホッキョクグマが沈めるたびに違うところに浮かび上がるので、ホッキョクグマの行動は異なっています。
放浪する動物を動物園で飼うのは、環境エンリッチメントがはかられ、遊びや動物の仲間や飼育員との触れ合いが十分にあり、行ったり来たりするなどの常同行動を防げるときだけにするべきだ…としています。

この本には、犬や猫というペットや、牛、馬、豚、鶏の家畜についても、それぞれの良性情動である「探索」を活性化する方法、「恐怖」や「怒り」という負の情動の発動を避ける方法が具体的に記載されており、動物に適切な飼育環境を与え、動物を適切な方法で扱うことで、私たちは少しでも動物の命を尊重することを行うことができるということを理解させてくれます。
テンプル・グランディンは、自閉症啓発活動と、家畜の権利保護について世界的な影響力のある学者の一人であり、アメリカとカナダの肉牛の半数はグランディンが設計した施設で処理されています。

テンプル・グランディンは、オリバー・サックスの著作で取り上げられたことがきっかけで、一般に知られるようになりました。その著作のタイトルである『火星の人類学者』は、テンプル・グランディンが「正常」な人との交流について語った言葉に由来しています。興味のある方は、一度読んでみられてはいかがでしょうか。

オリバー・サックス:火星の人類学者.ハヤカワ文庫.2001


地域リハビリテーション推進部
中間浩一
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