仕事が終わり、店内を見回っていると、天井近くで「バサバサ」という音がした。見ると、大きなトンボが一匹飛んでいるではないか。
いや、飛んでいるというより、蛍光灯に向かって体当たりしていると言ったほうがいいだろう。夜になったので、明るい店の中に飛び込んできたのだ。
ぼくはしばらくトンボを眺めながら、少年時代のことを思い出していた。
2,
ぼくは、トンボを捕まえるのが得意だった。最初の頃こそ、駄菓子屋に売っていた昆虫網で採っていたが、そのうち帽子で採るようになり、最後には手で捕まえるようになった。
コツというのは特にないが、強いて言えば、トンボの気をはぐらかすということになろうか。
中学生の頃だったが、縄跳びを振り回して遊んでいた時に、偶然それがトンボに当たってしまった。「死んだかな」と、トンボの落ちた方に行ってみると、尾っぽがちぎれていたものの、何とか生きていた。
しかし、飛びはできるものの、尾っぽがないのでバランスがとれずに、飛び上がっては落ち、飛び上がっては落ちを繰り返している。ぼくはそれを不憫に思い、そのトンボを捕まえ、その辺に落ちていた割り箸をちぎれた尾のところに突っ込んでやった。
「これでバランスがとれるだろう」
ところが甘かった。今度は重いのだ。飛び上がることすらできない。だんだんトンボに対して、申し訳ない気持ちになってきた。
3,
それ以来、トンボに対する罪悪感からか、ぼくは害虫以外の昆虫をいじめることをしなくなった。例えば、家の中に飛び込んできた昆虫を、それまでみたいにおもちゃにすることはせず、逃がしてやるようになったのだ。
このトンボもそうである。このまま電気を消してしまうと、彼は路頭に迷うことになる。外に比べると餌も少ないだろうから、もしかしたら、そのまま死んでしまうかもしれない。
せっかく短い余生を楽しんでいるのに、こんな息苦しい場所で死ぬのは本意ではないだろう。そこで、ぼくはいつものように、このトンボを外に逃がしてやることにした。
トンボを捕まえる腕は落ちていない。今日も、天井が低くなっているところまで追い込み、素手で捕まえた。そして、再び店に入ってこられない所まで持って行った。
そこで手を開いた。ところが、トンボは何を思ったのか、しばらくぼくの手から離れようとしなかった。時間がないので手を振って、トンボを振り払った。
トンボは街灯に向かって飛んでいった。
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しんた
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ゆ~
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