20年前の日記です。
ーーーーーーー
昨日のこと。食堂でタバコを吸っている時、店内放送で呼び出しがかかった。
そこに行ってみると、パートさんが困った顔をしている。
「どうした?」
「朝、時計を買ったお客さんがいるんだけど、その人が返品しに来たんです」
「で?」
「ベルトを調整しているし、返品はちょっと・・・」
「新しいベルトに交換することは出来んと?」
「うーん、それは出来ると思うんだけど、そのお客さん、今日が初めてじゃないんです」
「え?」
「返品常習犯なんです」
とりあえず、売場に行ってみると、そこにアロハシャツを着た遊び人風の男が立っていた。こういう男は苦手である。
恐る恐る「はい、どういうことでしょうか?」と声を掛けてみた。
「どうもこうもない。この時計が気に入らんけ、金返せと言いよるんたい」
「気に入らんって、これお客さんが選んだんでしょ?」
「おれが言いよるんじゃない。女が『気に入らん』と言いよるんよ」
どうやらこの男、女性にこの時計をプレゼントしたらしい。ぼくは、『あんたからもらう物は全部気に入らんのやないね?』と思っていたが、もちろんこういうことは口には出せない。
「そう言われましても、一度購入されたわけですし、ベルトのほうも調整してますから・・・」
「ベルトはまた元に戻せばいいやないか」
「そういう問題じゃないでしょ?」
ぼくがそう言うと、男は
「おまえは何が言いたんか!?」と大声で言った。
周囲の目がこちらに注がれる。ぼくは、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
『いかん!』、こういう時は、かなり頭に血が上っている証拠だ。このままだと、ぼくは何を言い出すかわからない。昔、頭に血が上って、やくざに文句を言い、大騒ぎになったことがある。
ここは冷静にならなければならない。と思いつつも、
「返品を受けたくない、と言ってるんですよ!」と言ってしまった。
男は一瞬黙った。が、すぐに口を開き、
「おまえは何を言いよるんか!?」と声を荒げて言った。
「お客さんが『何が言いたいんか』と言うから、言いたいことを言ったまでです」
再び男は黙った。そしてまた口を開いた。
「もうそういうことはどうでもいいけ、早く金返せ」
「出来んと言ってるでしょうが」
「その分払ってもいいけ」
「その分?」
「おう、ベルト分よ」
ぼくは間を置いて、
「そうですか。じゃあ、本体代の2割頂きます」と言った。
「2割だぁ!?」
「はい、2割です」
「1割に出来んとか」
「駆け引きせんで下さい」
「何ぃ?」
「もし、自分が3割と言ったら、お客さんは『2割にしろ』と言うでしょ?それを見越して2割なんです」
「もういい」
「じゃあ、2割頂きます」
ぼくはレジの子を呼んで、2割引いた額を返すように言った。お金を持って行くと、男は、
「まったく女の子の好みはわからん」と言って苦笑いしていた。
「今度はちゃんと、その女の人を連れてきて選んでもらって下さい」と、ぼくは言った。もちろん
『その女性は、あんたのプレゼントを受け取らんと思うけど』と思いながら。
男は最後に「すいませんでした」と言って帰って行った。
ぼくは「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と、基本どおりの挨拶をしながらも、『もう二度と来るな!』と思っていた。(2004年6月7日)
ーーーーーー
最近カスハラが話題になっているが、どの時代にも困った客はいるもんだ。
それからしばらくして、
「その商品に飽きたら、難癖をつけて『新しいのに換えろ』と言う客がいる」という街の噂が入ってきた。その客の名前は、ぼくが対応した人と同じだった。