無能主婦・塩茶のつぶやき

今日もゆるりと

2025/02/03 茶道教室のおもいで

2025-02-03 16:29:00 | 日記
高校卒業後の春休みから大学入学して少しの間まで、知人の紹介で茶道教室に通っていた。教室初日は、これまで全く縁のなかった業種の習い事にワクワクしながら「これで教養ある大人のレディに一歩近付くかも♪」などと浮かれていた。
電車を乗り継ぎ到着すると、優しく美しい先生が出迎えてくださり、基本的な作法や立ち居振る舞いから丁寧に教えてくれた。少し緊張していたのもあり、この日はかなり集中して話を聞いていた気がする。ど初心者なりになんとかやりきり、暖かい春の日差しを浴びながらの帰り道は充実感に満ちあふれていた。

問題は翌週からだった。
茶道教室は週1回、少人数で、時間にして2時間程だったと思う。
先週教わったことを思い出しながら座っていると、何やら足先の方から不穏な空気が漂ってきた。

「・・・?」

一旦気のせいだと思い込み、他の方がお茶をたてている中、再度脳内で先週の復習をしていると

『ズォンッ』

不穏な空気が足先から両足裏の8割ほどまで一気に迫ってきた。

「気のせいじゃないョ」
そいつは可笑しげにささやいた。

私は小学生以来ほとんどすることのなかった正座によって、
足 が し び れ た 
のであった。
焦る私をよそに、足しびれ小僧はその侵食範囲をどんどん広げていく。ピリピリという感覚からジンジンモードに移行し、
「やばいやばいやばい」
と更に焦りはつのった。
心まで侵食されかけたその時、うつむく私の前に女神が舞い降りた。
「大丈夫?具合悪い?」先生が声をかけてくれた。おそらく足がしびれるのを我慢していたせいで顔が赤らんでいたのだと思う。
「えっと・・・足が・・・すみません」
「あぁ!ごめんねちょっと待っててね」
先生が座布団を持ってきてくれた。
「これを折りたたんでおしりと足の間に挟むとしびれないよ」
先生は私のお尻の下に座布団を挟んでくれたあと、しびれにくい正座の仕方なども優しく教えてくれた。教室を中断させてしまったことと私の世話をさせてしまったことに申し訳ない気持ちになりながらも、その場はなんとか切り抜けられそうでホッとした。

だが、しばらくしたらまた足しびれ小僧は元気を取り戻し、座布団の綿をものともせず私の足で大暴れし始めた。これ以上対処のしようがない状況に、私は時間まで我慢を決め込むことにした。地獄のような時間だった。

やっと終わりの時間が訪れ、渾身の力で立ち上がり、しびれる足をそっと床につけつつ何事もなかったかのような涼しい顔で後片付けしたら、お礼を言い颯爽と帰路についた。解放感がすさまじかった。

それから何週後だったか記憶が定かではないが、その日は座布団をいただけなかった。しかもその日は序盤から「これは長くなるぞ」と確信させる雰囲気があった。
案の定私の足は開始5分でしびれはじめ、15分ほど経つと早くも限界前の警告音を鳴らし始めた。
ジンジンというリズムはやがてジューオッジューオッという謎のメロディに変化し、私の頭の中はしびれてだんだん感覚を失いつつある足およびふくらはぎのことで一杯になった。足しびれ小僧は半狂乱で踊っていた。

小学生の頃もお習字教室で正座してたはずなのに・・・なんともなかったなんてさすが子どもはすごいな・・・
遠のく意識の中でぼんやりそんなことを考えていたら、自分がお茶をいただく番が来た。
残った意識のほとんどを足にもっていかれているせいで小刻みに震えている手でお茶をいただき、味もわからないまま教わっていた台詞を何か言ったような気がするが記憶がない。
その後は足のしびれのことをなるべく考えないようにして、気付かれない程度に片尻ずつ浮かせたりつま先をずらしたりして、もぞもぞしながら耐えた。この時はもう足の感覚はほとんどなかった。足からなんとか意識を逸らそうとすると、思い出したかのように突然しびれのリズムは復活し、小僧の踊りは激しさを増した。

永遠のような時間が過ぎ、なんとか最後までその場に居続けることはできたものの、どうやって帰ったのかは覚えていない。

翌週くらいまでは、教室に行ったかもしれない。あんまりはっきり記憶がない。この頃は、もう足の血流を止めに行くようなものだった。

私は茶道教室をやめることにした。
「大学が忙しくなってきたのでやめます」
先生にはそう言ったが、実際は足がしびれるのが嫌でやめるのだ。こんな情けない理由でやめる人など聞いたことがない。もしいたら語り合いたい。
先生は少し寂しそうな表情で「また落ち着いたらいつでもいらっしゃいね」と優しく言った。心から申し訳ない気持ちになったが、もう小僧と戦う気力は私には残ってなかった。

それ以降、この一連の出来事は忙しい毎日の中で頭の片隅に追いやられることになるが、春の穏やかな日差しを浴びるとふわりと思い出す。
暦の上では今日から春だそうだ。
今年も、あの遠い日の思い出が蘇る日は近い。


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