■ 2024年03月14日 風神山~真弓山(真弓神社)
茨城県常陸太田市にある風神山と真弓山(真弓神社)を訪れました。茨城県日立市の風神山自然公園駐車場に車を置き、風神山~展望台~真弓山(真弓神社)~爺杉~表参道見晴台~風神山に至るルートを歩きました。登山道は整備の行き届いた歩きやすい道でハイキングに最適、時々木々の間から見える市街地の眺望や太平洋の眺望に疲れを癒されながら歩き続けることができました。
▼ ルートマップ・・・参考:山と渓谷社 茨城県の山
風神山自然公園駐車場~展望台~真弓山(真弓神社)~爺杉~表参道見晴台~風神山自然公園駐車場に至る10Km
▼ 風神山自然公園駐車場・・・日立研究所手前からここに上がってくる道路は普通車がぎりぎりの幅員しかなくすれ違う個所もない
▼ 風神山自然公園・・・多賀山地の南端に位置し、高鈴県立公園に含まれる。山の名前に関する風神の碑があり、風の広場からは太平洋が一望でき、東海村の原子力施設、日立港、日立市街地が見渡せる(案内板より抜粋)。・・・ここでは風神山を「かぜのかみやま」と呼ぶが、風神の碑の説明板では「ふうじんやま」と呼んでいる
▼ 風神の碑へ
▼ 風神・雷神の碑・・・風神山(ふうじんやま)は南側に温帯風、北側に寒帯風を受け、山頂がその接点となり風の強いところ。この山頂に守護神として江戸時代に「風神の石像」と「雷神の碑」を建立。風神・雷神は天然現象のうち、特に風と雷を神格化したもの。風神の碑は寒水石の表面に風袋を担ぎ山頂に立つ姿の風神様が浮き彫りされている。雷神の碑は石の表面に別雷皇大神宮(わけいかずちこうたいじんぐう)の文字が刻まれている(説明板より抜粋)。
▼ 風神山山頂のあずまやと山名板
▼ 真弓神社へ
▼ 右手に見える日立市街と太平洋
▼ ミヤマキシミはまだ蕾
▼ 木に掛けられたこの表示が気になって・・・、石祠まで往復することに!?
▼ 石祠から戻ってしばらく行くと「展望台、眺望休憩に最高」の標識があり、立ち寄ることに
▼ みはらし台・・・途中から「展望台」から「みはらし台」に表示が変わった!、常磐道、水戸方面が見えます。
▼ みはらし台に咲く馬酔木
▼ 鉄塔の脇を通ります・・・みはらし台からここへ直接来ることができた!が、今回はいったんルートに戻って歩いてきた
▼ 「この先合流します」分岐・・・は往路/復路共にすべて左へ(3分割は左か真ん中)を歩きました
▼ 「なんだ坂、こんな坂、乗り越えよう八十路坂」の表示・・・「この先合流します」分岐は左へ
▼ 「日光男体山、那須連峰が見えます」の表示・・・この日は見えなかった!
▼ 「この先合流します」分岐は左へ
▼ 三角点峰「弁天」の石祠・・・現地に表示はなく、地図の表示から転載
▼ 真弓山へ
▼ 表参道三の鳥居・・・ここで風神山からのルートから表参道へ合流、ここで「見晴台540m」の標識を見て、帰路立ち寄ることに!
▼ 山門手前にある板碑
▼ 板碑
左:春日大明神
中:天照皇大神?三十番神??
右:判読不可
▼ 山門
▼ 参道脇にある埋もれた石祠と末社の祠
▼ 真弓神社・・・大同2年(807)の創立。坂上田村磨、大友己磨が北征の日に八所権現を斎祀、堀河天皇在位中の寛治年間(1087-1094)に源義家が戦勝祈願し、陸奥を平定して凱旋のおり、弓八張を奉納したことから真弓八所権現と呼ぶようになった。明治元年に社号を真弓神社と改めた(説明板より抜粋)。
▼ 社殿に貼られた「真弓山ハイキングコース総合案内板」
▼ 婆杉跡・・・ここから爺杉を往復
▼ 爺杉・・・推定樹齢900年
▼ 爺杉から戻って表参道を「見晴台」へ向かう途中にある「願掛けのしめ縄」・・・しめ縄に榊の枝を刺して願をかけると願い事がかなう、また女の人は瀬戸物を割らなくなるといわれている(説明板より抜粋)。
▼ 表参道から見晴台へ
▼ 見晴台
▼ 見晴台から戻り風神山へ
▼ 風神山へ
▼ 「この先合流します」分岐は左へ
▼ 分岐をひだりへ・・・右手は風神山山頂
▼ 風神無線中継所(docomo)
▼ 風神山自然公園へ戻ってきた
【参考】
1、風神山自然公園
3、常陸太田市散策マップ