F1 開幕戦バーレーンGP本戦まであと2日!
始めてシェアウェアを買う気になった!
フリーウェアでも相当完成度の高く,機能や OS 対応において申分ないソフトがインターネット上には多く存在する.オープンソースの世界では,ライセンス様式によりけりであるが,ソースも自由に扱える.私としては,それなりの理由が無い限り,フリーウェアとは,ソースも自由である方が望ましいと思っている.しかし,ライセンスを有するソースを引用しない限り,自分が書いたソースも公開するもしないも個人の自由であることもまた確かである.
このようなフリーなソフトウェアとは対極に位置するシェアウェアを私は大いに嫌っている.お金をもらうということは,何らかの働きをしてその対価ということになるが,私はそのお代を払ってまで使用したいというソフトウェア(パッケージ製品を除く)に出会ったことがなかった.
Opera は非常に良い線までいっていた.しかし,安定性や閲覧の問題があり,なかなか購入までは至らなかったが,最大の理由は広告が付いていても気にならなかった点と Windows 機を所有していなかったからだ.これは,去年の初春までの話である.広告が外れてからはもう広告版はご免だ.たとえ1万円もしたとしても支払うだろう,Opera はそれほどまでに成熟したと私は見ている.
話が逸れたが,対価と言ってもその価格を見積もるのはそれなりに難しい.機能,操作性,アイディアなどをお金で表した場合,値段相応かどうかはユーザーが判断するが,私には払ってまで使いたいと思えるもの今までなかった.文頭でも述べたが,オープンソースなソフトウェアにはとてもフリーとは思えないものもある.OpenOffice.org, GIMP, GCC, etc. これらが全世界に対して行った貢献度は計り知れない.これらは相応な技術を持った方々の誠意によって日々開発が行われているが,個人がクローズドに開発したソフトウェアの場合,開発の速度は開発者の余暇に依存する.ましてやバージョンアップや新機能の実装が行われる保証など無いに等しい.私がもっとも気にするのは,ある日突然,開発者がソフトウェアの公開をやめてしまった場合,それと完全に同一な操作性をもつソフトウェアには2度と出会えないということである.もっとも最近で大きな事件として,Sleipnir の開発者が PC を盗まれたといってソースが失われたことが印象的であった.このようなことはクローズドな開発を行うソフトウェアでは有り得る.盗難以外に,HDD やバックアップの破損,開発者の病気や死去などどんなことでもありえる.
フリーはソースの公開も開発をやめるのも自由であるから仕方がない.ではシェアウェアではどうであろう?
ユーザーとしては,お金を払うのだから開発が続くことを期待するかもしれないし,フリーよりも優れていることを期待するだろう.少なくともフリーとの違いが明確で差が歴然であると思うだろうし,事実そうでなければお金を払う意味が無い.
開発者としては,今まで費やした時間や資料などのコストを埋めるために対価を要求しているかもしれないし,特許のように新たな発想による発明への対価として欲するのかもしれない.
開発者の多くは"未来"のための投資としてではなく,"過去"への褒美として受け取っているのではないでしょうか.私は,過ぎ去った過去に金を支払うつもりはないし,適正な価格だと思えるものがないのでシェアウェアを買わなかった.
今回は,評価版を私用した瞬間に買うことを決意した.まだ若干の問題はあるものの投資としては1000円未満の価格設定は妥当だと思ったし,何よりアイディアがよかった.Macintosh の機能のパクリだとしても Windows で実現してみせたことに価値がある.
私がケチなだけかもしれないが,シェアウェアで1000円以上の価格設定は少々高いと思う.パッケージ製品でも2000~4000円の価格ならなかなか凄いことができるものも多い.シェアウェアのなかにそれらと同等かそれ以上の価値を有するものがはたしていくつあるか疑問である.
ちなみに,カンパウェアは大いに喜ばしいと思う.ソフトウェアの価値を認めた時,自分の思うソフトウェアの価値を金額に換算して送金するからである.額は自分で計り,払わなくてもいいものを「わざわざ」支払うという意識が強いため,投資をしている気分にでもなるだろう.事実,受取手もわざわざ送金してくれるユーザーがいるならそれに応えようかという気にもなるだろう.