みなさん こんにちは
いつもありがとうございます。
自然社から出ている
すばらしい
本
「自然」の
表紙裏には
毎号
次の文章が
掲載されています。
人間の本体は霊魂
(たましい)である。
自分のおしりを
出して
私も楽しいし
みんなも
たのしんで
もらおうと
私の
霊魂(たましい)が
神様から
お借りしている
体を使って
やってみようと
思ったので
やっています。
日本の法律では
ブログでは
おちんちんを
出したら
いけないので
そこは
遠慮しています。
もし、法律で許されるなら
やっているかも・・・・
です。
◇人間の本体は肉体ではなく霊魂であります。
霊魂が肉体に依(よ)って(肉体を使って)
現象界(この世)の生活をしている、
それが 人間であります。
この世では
おしりも
出すことができます。
大きな大きなうんこも
することができますし
しっこ
もします。
それが人間です。
◇霊魂は肉体による生活を通して、
苦しみや喜びを味わい、
さまざまな体験をすることができます。
私はおしりを出して
喜ぶこともできます。
笑うこともできます。
楽しむこともできます。
おしりを出すこと
は
今は平気です。
私がおしりを出すと
小学生の
低学年の
男の子たちにも
喜んで
笑ってもらえました。
そんな体験も
することが
できます。
自然社本宮
で参拝の
方に
お願いして
私のおしりを
撮って
いただく
ことも
できます。
自然社本宮の神主さん
の
東さんが
私の
おしりフリフリ動画を
ビデオカメラで
撮っていただくこともできます。
自然社本宮に参拝された方に
おしりの写真を撮っていただくこともできます。(↓↓)
いろいろ
な体験を
できます。
そして、
その体験によって、
霊魂 自(みずか)らの存在と
そのありようを
知ることができます。
そんな
楽しい
私を
より
知ることが
できます。
これから先
もっと
私自身の
ありようを
知っていく
ことになるでしょう。
神武天皇のお墓の前で
私のお尻画像を
見ていただくこともできます。
(参拝された女性が喜んで
見てくださいました)
なにしろ
天岩戸にアマテラスオオミカミが
お隠れになったとき
アメノウズメノミコトが
裸踊りをしたからこそ
アマテラスオオミカミが
復活されて
また世の中が
明るくなったんですから・・・・
その孫さんの
ニニギノミコトが
高千穂の峰に
降り立ち
その曾孫さんと呼ばれている方々が
九州から船でやってこられ
一番上のお兄さんは現在の和歌山市内で
亡くなります。
そのとき
お兄さんは弟に
向かって
「わしたちは、太陽の神様の子孫なのに
お日様に向かって戦ったから
良くなかった、
イワレビコ
お前は
お日様を背にして
悪者を退治していきなさい!」と言って
亡くなります。(お兄さんは和歌山市の竈山神社にお祀りされています)
そして、イワレビコは
橿原で
即位されます。
それから126代現在の天皇陛下まで
続いているんですから・・・・
アメノウズメノミコトの裸踊りが
なかったら
現在の日本の国は
無いといっても
過言ではありません。
すなわち、
自分は
何を喜び、
何を嫌がり、
何を恐れるかなど、
自分の心の
ありようを知り、
その傾向に
気付いていくことができます。
私は
おしりを出すことを喜び
自然社の西さん
(神主さん)が
「おしりの画像は消したほうがいい」と
おっしゃったことで
(そうか)と思った私は
いったん私の
おしりの画像を
消したことが
ありますが
やっぱり
私のおしりは
私自身が
楽しいし
みんなも
たのしい
おしりは出したほうが
いいと思い
私のおしりの
動画も
画像も復活
しています。
日本の
国技の
すもうが
はだかに
近い
姿で
どうどうと
やっている
そんな
国柄
ですから・・・
◇ですから、
生活の中で起こってくる一切の事柄は、
自分のありようを知るための機会であると知って、
それに全力を尽くしていくことが、
人間生活の基本的態度で
なくては
なりません。
おしりを出して
楽しむことにも
全力を尽くしていくことが
人間生活(私)の基本的態度でなくてはなりません。(あほやな~おれ!)
このような生き方をしてこそ、
霊魂は自(みずか)らのありようを
知ることになり、
そこから人間とは何かという
人間自覚のみちが
開(ひら)けてくるのです。
◇霊魂が人間自覚への精進に
ひたむきになり、
人間とは何かを
知っていくことこそが、
人間生活の真の意義であります。
「自然」
人間の本体は霊魂である
の文章は
ここまでです。
皆様のご健康とご多幸を
お祈りいたします。