カルガモの子育ては懸命で、でも意外と大雑把で、そのくせ手際がいい。
ヒナたちは健気でひたすら可愛らしく、
母鳥の姿は格好良くて、気高く、誇りのようなものすら感じる。
I never saw a wild thing sorry for itself.
A small bird will drop frozen dead from a bough
without ever having felt sorry for itself.
--- D.H. Lawrence
己を憐れむ野生なるものを見たことはない。
たとえ凍え死んで枝から落ちようとも、小鳥が己を憐れと思うことはない。
という詩がある。
『チャタレイ夫人の恋人』の D.H. ロレンスの詩です。
ひたむきなカルガモ親子を見ていると、
一瞬一瞬を無心に生きる野生の潔さをうたったこの詩が胸を過ぎる。
ドーラ♪ とか思いながらも。
野鳥はいまを生きること、子どもを残すことが全てであり、
その瞬間をただ懸命に生きている。
人のように余計な心配をせず、昨日も明日もなく。
どんなに厳しい状況になっても、
それで自分を憐れんだり、世の中を理不尽だと思ったりすることはない。
気高く潔い ただひたすらの、生。
あれこれ悩んだり悲しんだり苦しんだり、淋しがったりするたびに、
彼らのようにありたいと思います。
見習いたいと、思います。
ドーラママの首の、微妙な傾げ具合
: