3つ目は、過去のしがらみとのご縁の満了。
過去の自分とご縁を切る、
それはできませんよね。
また、その必要もなくって、
すべての経験はどんなものであれ愛すべき存在。
そのように思います。
話は逸れるけど、よく潜在意識の書き換え、なんていいますよね?
あれは、無い、と私は思います。
潜在意識ってね、顕在化していないから潜在意識なんだよね。
過去世とか未来世とか顕在化していない意識たち。
あるいは今世の結晶化を待つ未来たち。
または闇に葬った思い出すことさえできない記憶。
心の奥底あるいは高次では繋がっている、だから思い出せるの、過去世って。
だから予感ってあるの、こっちに行きたいという思いがあるの。
それに危機を避けるために直感を与えることもしてくれる。
だって確かに存在しているんだから。
でも、顕在化できないよのね、なかなか。
なのに、書き換えるとか💦
可愛そうでしょ?ここに、見えなくてもあるのにね。
消しちゃいたい、書き換えたい、なんて言う人に彼ら彼女らは
絶対お話しない。
私だったら、自分に否定されたらとても悲しい。
なんでもお話してよ、聞いてあげる。私は私のすべてを受け入れる。
それに不安感とか嫌な感じといった直感的な危機感は
本当に危機を避ける能力を持つ。
最初に期待感を感じたのに後から生じた不安感と一緒にすべきではない、
と思いますよ。
後から来る不安感は自我意識が持つ怖れであって潜在意識ではないです。
最初に感じた直感的な期待感は魂の声。
または過去の体験から来る不安感、また同じことを繰り返すんじゃないか?とか、
その感覚も自我意識。
この不安感は内観し、大丈夫だよって話しかけてあげる。
十分に対話してあげるの。
この辺りをごっちゃにすると、カンが鈍るのではないか?と
余計なお世話だけど思うんです。
ところで過去のしがらみとのご縁の満了。
切るんじゃないのね、満了させてあげる。
もう、いいんだよ、そこに居なくてもって。
これは意図してやったわけではなかったのですが、
結果そうなったということなのです。
弁護士さんに経緯を説明するために、離婚したいと思った経緯を紙に書き出しました。
話し合いを始めるに至った20年弱の記憶と、話し合ってからのここ数年の経緯。
全部、です。
ひとつひとつ思い出しては、感情を入れずに事実を書き留める。
あんなことも、こんなことも、一つ一つ…
20年に及ぶ月日の中で、思い当たる事象を書き出していく。
それは、とても辛い作業でした。
いつかはやらなきゃ、って思っていたのですが、億劫で今までやってきませんでした。
途中感情を挟んでしまい、またはこんなことは言いたくないやって消したり。
何度も書き直しました。
実際、弁護士さんには見せていません。
調停に及んだ際、使用するつもりです。
でね、書きながら思い出すんですよね。
嫌なことばかりではもちろんなかった。
楽しいこと、幸せだった時期、特に子供たちとの思い出。
あれ…もしかすると、私が悪いんだろうか?
世間一般的に言ってこれはよくある家庭の状況で、
私がわがままなだけなんじゃないか?とか。
すると、苦しみが、深くなります。
でもね、全部に向き合うの。
だって、これが私が今まで選んできた人生なんですもの。
書いていると、気が変わるかもしれませんしね。
あんなにいい時もあったな、とか。
やっぱりやり直そうかな?とか。
そんな色々な感情や過去と向き合った上で出した結論です。
自分の心の声、奥深くにしまいこんでしまった声。
私は逃げないよ、私は私を無視しないよ。
過去の自分との決別ではなく、
過去自分で創り出してしまったしがらみとのご縁を満了させました。
これは他者に対する行動ではないけれど、
私の中ではとても大きな行動だったな、
って思います。