日比谷年越し派遣村前夜 2009-12-05 01:10:19 | つぶやきサブロー 日比谷年越し派遣村前夜 地下活動をしていた多喜二が、弟とコンサートに行った日比谷公会堂。 その公園は、今年も職を失い、食を求める人々があつまりそうだ。 多喜二が生きていたら、この光景をどうみるのだろうか・・・・・・。 « 1932年12月4日 岩田義道 ... | トップ | 志賀直哉が文学を語る映像 »
2 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 日比谷公園 (よこ) 2009-12-05 21:28:51 既に「赤旗」で報道されましたが、4日に{日比谷公会堂」}で「言論・表現の自由を求める12・4日日比谷集会」が開かれました。ビラ配布弾圧に関しては9条世界大会でお話も聞いていますし、ビラ配布という近しい表現手段だけに息苦しいです森類の「裁量権」を読むとこういう裁判の愚かしさとそのための恐ろしさが良くわかりますね。権力の暴走にリアルタイムで抗議しその真実を知らしめてくれる作家は今いるのでしょうか?多喜二のように…(私が知らないだけ?)日比谷公園はテント禁止になっていました。今年、家をうしなった人はどこへいけばいいのでしょうか? 返信する 大阪市あいりん地区 (御影暢雄) 2009-12-05 16:59:51 昨日、大阪市あいりん地区で地元住民の支援による暖房着の支給が、同地区三角公園で行われたとNHK二ュ-スが伝えていました。25000人の日雇い労働者が同地区に居住していますが、この頃は職にありつけるのが2000人前後という状況。昨冬は10人が路上で凍死したので、今回の暖房着支給はその予防対策という、地元住民の気持ちが込められているそうです。住民の皆さま、キリスト教団体、NPO等、同地区でボランティア活動に従事されている方々に、私は深い感銘を抱く次第です。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
森類の「裁量権」を読むとこういう裁判の愚かしさとそのための恐ろしさが良くわかりますね。権力の暴走にリアルタイムで抗議しその真実を知らしめてくれる作家は今いるのでしょうか?多喜二のように…(私が知らないだけ?)
日比谷公園はテント禁止になっていました。今年、家をうしなった人はどこへいけばいいのでしょうか?