たくぞうのブログ

趣味の文学、映画、音楽などについて書きます。

島口大樹著『鳥がぼくらは祈り、』を読む

2022-01-19 20:36:39 | 

芥川賞が決まった。砂川文次氏の『ブラックボックス』が獲った。

ぼくは、候補に上がった作品をまだ読んでいないので、これから時間があるときに読んでいこうと思う。


今回候補に上がった、五つの作品の中で、ぼくはなんとなく島口大樹氏の作品が気になった。そこで、彼のデビュー作である『鳥がぼくらは祈り、』を読んでみた。

読後の率直な感想を言うと、とても青臭く、未熟な作品でありながら、画期的な視点の切り替えというか、独特の文体で語られていたので、そこがとても印象的だった。

 

青臭い、と感じたのは、高校生の日常を描いている点では当然のことかもしれない。
画期的な視点の切り替えというのは、この小説の中ではかなり「カメラ」というのが大事なモチーフになっているのだが、カメラを回すように視点がバラバラに切り替わっていく。こうした人称の切り替えはどうやら今回候補に上がった『オン・ザ・プラネット』でもあるらしく、作者はかなり映画好きなんだろうな、というのがわかる。

実際、この『鳥がぼくらは祈り、』においても、そうした過去の映画作品から影響を受けたであろう描写がいくつか出てくる。
ユーモアのある散逸的な会話という点では、間違いなくジャームッシュやタランティーノの影響はあるだろう。
また小説の最初の方で漫才をする友人を茶化す場面や、地元の祭りの中での喧嘩などは、たけし映画を意識したような作りのような気がした。

おそらく通ってきた映画や小説などが、そこらへんの少し古いカルチャーの影響もあるのかもしれないが、とにかく斬新な視点の切り替えと統一性のない文体で若さを感じる一方で、どこかノスタルジックな雰囲気も感じられる。
これは僕が10代の映画監督シタンダリンタの作品を観たときにも感じた新しさと古さの融合である。

総じて、僕はこの小説がとても好きだった。今、あまりこうした未熟で不器用な作品というのは書けないのではないか。島口大樹はこれからも追いかけていきたい作家の一人になった。

 


岡井隆の歌集『静かな生活』を読む

2022-01-16 20:44:54 | 日記

現代短歌の好きな人で岡井隆を知らない人はいないだろう。ロック好きと言って、ローリングストーンズを知らないようなものである。
僕はロックも短歌も好きだが、実はあまり岡井隆の歌を知らない。何首か指で数える程度の歌を知っているくらいである。

この歌集は、2010年から約一年間、ふらんす堂のホームページに掲載された短歌日記を収めてある。短歌日記とは、一日一首歌を詠むのだそうである。岡井隆はこの当時、80歳を超えていたと言うから、それだけで大変な労力を費やしたように思われる。

しかし、実際の歌日記を読んでみると、実にユーモラスで大胆で快活な歌がたくさんある。
また以前から岡井隆の短歌を読んでいて思ったのは、そのダンディズムというか、粘り気のある男らしさみたいなものを感じていたのであるが、この歌集でも存分にその粋な精神が表れている。あとがきにも自ら記しているように、岡井隆は自らのナルシズム精神をよくわかっていながら歌を詠んでいたのであろうと思われて、そういう歌人を僕は他にあまり知らないので、素直にかっこいい人だな、と感じられた。

この歌集には短歌に加えて外国の詩や俳句などが添えられて、それらが合わせ技として効いているのであるが、中原中也の『汚れちまった悲しみに…』とか、僕が知っている詩もあって、そういうのも見ていて楽しかった。

まぁなんにせよ、やっぱり短歌は面白い文化だなと思うし、岡井隆もあとがきに、日本に詩や短歌や俳句や川柳が併存することを喜んでいる、と記しているが、僕も全く同感で、こういう豊かな文化が日本にはたくさんあったんだなぁと思うし、それが今でもちゃんと残っているのが嬉しく思う。

では最後に好きな歌を一首。

インフルを注射して来た二人である 一人は軽くエンザに罹って


河野裕子の歌集『歩く』を読む

2022-01-14 22:55:14 | 

ブログを新しく始めてみました。自分の趣味の音楽や本や映画のことについて気ままにのんびり書いていこうと思います。


ということで最初の投稿は河野裕子さんの歌集から。
先日、図書館で借りておいてまだ読んでいなかったので、ちょっとパラパラっと読んでみる。
歌集を読むという表現が正しいのかどうかわからないが、なんとなく目を通す。


この人の歌には独特の重力が働いているというか、とっても不思議な感覚を覚えることがある。この『歩く』の歌集は、全体的になんだかとてものっぺりとした悠遠な感じを受ける。この歌集は著者の晩年に詠まれた歌を集めているので、そのためなのか。いい意味で力が抜けている。でもどこか怖いくらいの迫力も感じる。歳をとっていると言っても、芭蕉のような軽やかな侘び寂びを感じさせてはくれない。それでも歌の節々にユーモアがあって、それが妙な親近感を持って語りかけてくる。

私は万葉集のような明るい男性的な短歌を好んで読むが、こうした控えめなそれでいて人生の機微に通じた短歌もまた趣があっていいものだ。では最後に好きな歌を一首。

田の真中にのんのんのんのん働きて機嫌よかりし脱穀機の音