○ ERP(統合基幹業務システム)製品「SAP ERP 6.0(ECC 6.0)」の標準サポートを独SAPが2027年末に終了する「2027年問題」。利用企業はタイムリミットまでに、後継製品への移行をはじめ何らかの決断を迫られる。自社の実情に合った選択をするためにも、まずはERPパッケージとSAP2027年問題の本質を理解しておこう。
【答え1】企業の業務全般をカバーするパッケージソフトのこと。会計から経理・財務、人事、生産、調達・購買まで、一通りの業務システムを構築でき、ヒト・モノ・カネといった経営資源に関する情報を一元管理する。
ERPパッケージの「ERP」とはエンタープライズ・リソース・プランニングの略称。企業資源計画と訳されることが多い。企業の経営に必要な資源、すなわちヒト・モノ・カネに関する情報を集約、保存し、必要に応じて意思決定や業務の遂行に利用できるようにするための考え方や方法論を指す。
ERPに基づいて企業が業務を遂行するには、それを支援する情報システムが欠かせない。このERPシステムを構築するために使うパッケージソフトが「ERPパッケージ」だ。企業を動かすために不可欠な業務、いわゆる基幹業務の情報システムの構築、運用に使う。
ERPの登場は1990年代のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)ブームと密接な関係がある。それまでは部門や業務ごとにシステムを構築するのが一般的で、業務や機能の整合を取りづらくなり、企業全体の意思決定も難しくなった。こうした個別最適の弊害を打破するため、先進企業を中心に全社の業務プロセスを全体最適の視点で見直し、整理・再構築する動きが加速した。
BPRの進展に伴い、情報システムについても見直した業務プロセスに基づいて全社の情報を一元管理し、経営の意思決定から現場の実行までを支援する機能が求められるようになった。コンピューターの登場当初から電算化の対象だった会計、財務を中心に、販売や購買、生産と対象を広げて、ERPが形作られていった。
【答え2】最大の違いは経営資源に関するデータを一元管理する統合データベースの存在だ。ERPパッケージは統合データベースを核に、経営から現場までが連動し効率的に動く姿を理想とする。
ERPパッケージは企業の基幹業務向けの主要なアプリケーション群(モジュール)から成る。パッケージベンダーによって詳細は異なるものの、会計から人事、生産、調達・購買まで、一通りの業務向けのモジュールを備える。
ではそれぞれのモジュールに相当する業務アプリケーションソフトを個別に購入し、同様な機能を持つ基幹業務システムを構築すれば、それはERPシステムと呼べるのか。答えは「ノー」だ。
ERPパッケージを特徴付けるのは、多数のモジュールが利用するデータを一元管理する統合データベースの存在にある。在庫の出荷や入荷、調達すべき資材の数量、生産や物流の設備、売り上げ・利益・原価、さらには人材に関する人事や給与など、経営資源に関するデータを過不足なく記録する。
統合データベースの利点はデータを二重に入力する手間や誤入力の恐れを減らせることだ。多数の業務パッケージソフトを導入しているとそれぞれにデータが分散しているため、いくつものデータベースを更新しなければならない。結果としてデータの誤りや不整合が起きる恐れも高まる。
統合データベースにより、複数の業務プロセスを連動させることも可能になる。ある業務の処理結果のデータを統合データベースに登録・更新すれば、それが次の業務への入力となって次々にデータを更新していける。
統合データベースを核に複数の部門が連動して動くには、異なる部門の間でデータを過不足なく受け渡したり各部門がデータの中身を矛盾なく解釈したりする必要がある。全体最適の観点から業務プロセスを設計しておく必要があるわけだ。この点からも、ERPはBPRと密接な関係にあることが分かる。
【答え3】システム構築に必要な機能が標準でそろっており、自社開発に比べて手間とコストを抑えやすいとされる。
「パッケージ」とは目的遂行に必要な機能や手順がひとまとめになったものやサービスを指す言葉。単に寄せ集めただけでなく、先行する事例を開発元が研究して、最も効率的で様々な利用者に当てはまりやすい形で内容を整理・洗練させていることが多い。
こうした手法の成果を「ベストプラクティス」と呼ぶ。利用者は業界のベストプラクティスが詰まったパッケージを通じて、開発のコストや期間を抑えつつ、効果がある程度検証されている業務プロセスや優れた事例の恩恵を受けられるというわけだ。
ERPパッケージはERPシステムを構築・運用するためのパッケージだ。従来はオンプレミスで構築・運用するソフトウエアとほぼ同義だったが、現在はクラウドサービスのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)形態で販売する製品が主流だ。提供形態がクラウドサービスになったとしても、ベストプラクティスに基づく標準の機能や業務プロセスを提供していればパッケージと呼べる。
パッケージとスクラッチ(独自開発)の違いは、既製服とオーダーメードの服に例えられることが多い。既製服は標準的な体形や仕立てに沿ってつくってあるため安価で手軽に購入できるが、自分の体形にフィットするとは限らない。オーダーメードの服は自身の体形にフィットしたものをつくれるが、期間とコストがかさみやすい。
【答え4】独自機能を追加開発する「アドオン」を利用する手があるが、注意が必要だ。
服に体を合わせるように、パッケージに業務を合わせるべきだ――。ERPをはじめ、パッケージソフトを導入する際の原則は「Fit to Standard(フィット・ツー・スタンダード)」方式とされている。パッケージが備える標準機能に合わせて、業務プロセスを変更していく方式だ。
Fit to Standardを実践するには、まずパッケージの持つ機能と自社の業務プロセスや求めるシステム機能を比較し、どれだけズレがあるかを把握する必要がある。この作業をフィット・アンド・ギャップ分析と呼ぶ。
ただ、パッケージの機能へと自社の業務プロセスを全て合わせられるとは限らない。パッケージの標準機能でどうしても対応できない場合は、アドオン(追加開発)ソフトを開発するという手法を選ぶこともできる。ERPパッケージのベンダーが用意するプログラミング言語や開発環境を使って、企業が自社の独自機能を開発してERPパッケージに追加する手法だ。
アドオンの行き過ぎには注意が必要。ERPパッケージをバージョンアップしたり他の製品に移行したりする際に、アドオンのプログラムの動作を検証したり改修したりする必要があるからだ。アドオンをきちんと管理していないと中身がブラックボックスになり、開発や保守のコスト増とスピード低下にもつながりかねない。
【答え5】世界最大手は独SAP。日本でも大企業を中心に支持を集めている。
ERPパッケージの世界最大手は1972年設立の独SAPだ。各種の調査でERPパッケージのシェアにおいて首位とされる。
同社が今の地位を確立する転機となったのが1992年に出荷した「R/3」だ。統合データベースを核に、クライアント/サーバー型アーキテクチャーを採用したERPパッケージとして、日本を含め世界的に支持を広げた。その後もインターネット技術を取り入れた「mySAP.com」、サービス指向アーキテクチャーを取り入れた「SAP ERP」、インメモリー型データベースソフトの「SAP HANA」と、当時としては先進的な仕組みの製品を提供し、支持を広げてきた。
SAPのほかには、米Oracle(オラクル)や米Workday(ワークデイ)も大企業向けのERPを提供している。日本国内のITベンダーが国内企業向けに開発・販売している製品もある。オービックの「OBIC 7」やグランディットの「GRANDIT」といったERP専業ベンダーがあるほか、NTTデータ・ビズインテグラルの「Biz∫」やSCSKの「ProActive C4」など日本の大手ITベンダーも自社製品を持つ。
【答え6】「SAP ERP」の標準サポートをSAPが2027年に打ち切ることを指す。
SAPは「SAP ERP」として販売しているERP製品について、標準サポートを2027年に終了する方針を打ち出している。同期限については、これまでSAPは延期を繰り返してきた。当初は2020年としていたが、2025年に延期。その後、2027年に再度延期している。
ただ、タイムリミットは2025年のケースもある。SAPが提供している「エンハンスメントパッケージ(EhP)」と呼ぶ機能拡張モジュールのうち、「バージョン6」以下を適用しているユーザー企業の標準サポートは2025年までだからだ。日本のユーザー企業の多くは古いEhPを適用しており、2027年まで猶予がある企業は限られるという見方もある。EhP6以上を適用しているユーザー企業はライセンス料金の2%の延長保守料を毎年支払うことで、保守期限を2030年末まで延長できる。
【答え7】ユーザー企業は法改正に準拠した修正プログラムを得られなくなる。何の手立ても講じず既存バージョンを使い続けるのは難しい。
2027年を迎えて標準サポート期限が切れた場合、対象業務に関する法改正に準拠するためのシステム改修用プログラムが提供されなくなる。さらには、未知の不具合でシステム障害が発生しても、不具合を修正したり障害を復旧したりする支援をSAPからは得られなくなる。
日本でSAP製品を利用しているユーザー企業は2000社以上いるとされる。対象の業務は基幹系であることも手伝って、システム障害で業務が滞れば影響は甚大と言わざるを得ない。
【答え8】後継製品「S/4HANA」への移行を含め、何らかの決断を下す必要がある。
開発元であるSAPが推奨する選択肢が、後継製品「S/4HANA」だ。S/4HANAは同じくSAP製のインメモリーデータベースのHANAを採用したERPパッケージである。
ただしS/4HANAへの移行は単なるバージョンアップというより、別の製品の導入と捉えたほうがよい。データベースのアーキテクチャー変更など、新たな技術を大幅に取り入れているからだ。
移行方式は3つある。データやカスタマイズしたプログラムなど、既存システムの内容を原則としてそのままS/4HANAに移行する「Brown Field(ブラウンフィールド)」。コンバージョン方式とも呼ぶ。第2はS/4HANAを使った基幹システムを新規構築する「Green Field(グリーンフィールド)」。既存システムとは別に基幹システムをつくり直すため、リビルドとも呼ぶ。最後はユーザーが選んだ設定やデータだけをS/4HANAに移行する「Blue Field(ブルーフィールド)」だ。
企業はコンバージョンかリビルドかどちらかを採用する場合が多い。リビルドはS/4HANAの新機能を利用できるようになるが、作業工数や費用がかさみやすい。業務プロセスの見直しを伴うケースも多く、移行には数年かかるのが一般的だ。一方、コンバージョンは移行期間が比較的短く、現場の負担を減らすこともできる。ただS/4HANAに実装された新機能が利用しづらく、移行の価値を実感しづらい。
【答え9】クラウド版「S/4HANA Cloud」への移行を前提に、方法論や支援ツールの拡充を急ぐ。
SAPの日本法人であるSAPジャパンはSAP ERPユーザー企業の受け皿として、「S/4HANA Cloud」を推奨する。同社はS/4HANA Cloudに移行することで、ユーザー企業はバージョンアップの手間から解放される上に新機能をタイムリーに利用できるようになるとする。
SAPにとってはクラウド版により、継続的な収益が見込める。従来のオンプレミスで売り切り型のライセンス販売から、継続的に課金していくサブスクリプション型の収益モデルに転換を目指す。SAPジャパンによれば、S/4HANAの新規ユーザー企業の9割がクラウド版だ。
S/4HANA Cloudは複数のユーザー企業が共同利用する「パブリッククラウド版」と、ユーザー企業が占有する「プライベートクラウド版」がある。SAPジャパンによれば、既存ERP製品から移行する企業の圧倒的多数がプライベートクラウド版を選ぶという。SAPは共同利用型でより収益性の高いパブリッククラウド版を推す方針だ。
S/4HANA Cloudの拡販へ、SAPジャパンは2023年1月ごろに顧客の製品活用を支援するポストセールス業務の組織を設けた。従来は製品ごとに対応していたが、横断した組織を新設し、2027年問題の解決に対処する。「営業部隊と同規模以上にしていきたい」とSAPジャパンの稲垣利明バイスプレジデントEnterprise Cloud事業統括は今後の目標について語る。
製品と導入方法論や支援ツールのセット商品の拡販にも力を入れる。その1つが「RISE with SAP」だ。S/4HANA Cloudを中心に、移行ツールやアドオン開発プラットフォームなどから成る。
SAP2027年問題に関するIT業界全体の課題が人材不足の解消だ。タイムリミットが近づくにつれてS/4HANAへの移行プロジェクトが立て込み、エンジニアやコンサルタントといった人材の需給が逼迫する恐れがある。
SAPのパートナー企業でもある日本IBMは人材不足を解消するため、オフショアやニアショアの開発体制増強に注力する。海外ではフィリピン、国内では北海道、沖縄県、広島県などに拠点を開設。2023年9月には長野市に開設する予定で、ニアショアの人員は2倍以上に増やしていくことを目指している。2027年問題に関わる人材不足の解消の一助とする。
【答え10】今まで通り使い続けたい場合は、「第三者保守」というサービスを利用する手段がある。
SAPが提供する保守サービスの代わりに、サポートを専業としているベンダーが提供する「第三者サポート」がある。主な企業は米リミニストリートの日本法人である日本リミニストリートだ。
システム障害発生時のサポート、法規制対応や不具合を修正するパッチの作成といったSAPが提供してきたサービスを、日本リミニストリートが代わって受け持つ。とりわけコストが安い点がメリットとして挙げられる。日本リミニストリートの場合、従来の保守料金と比べて50%程度の費用で保守サービスを提供しているという。
第三者保守を選ぶ上では、特有の検討事項がある。第三者保守ベンダーのサービス内容やサービスレベルはもちろん、事業の継続性やSAPとのライセンス契約との兼ね合いなどを調べ、問題なしと納得できた上で利用すべきだろう。