◯ エンタメ事業は「NTTドコモ経済圏」の武器となるか。
競合と比べ金融やECなどの分野で出遅れていると指摘されているNTTドコモ。だがエンターテインメント分野においては、複数のサービスで競合を上回る実績を上げている。国立競技場の民営化に向けた運営にも名乗りを上げるなど、より大きな取り組みを見せるNTTドコモのエンターテインメント戦略を、ここ最近の動向や新社長の発言などから確認してみよう。
実はエンタメ領域に強いNTTドコモ。
携帯電話やポイントなどで培った顧客基盤を軸に、自社系列のサービス利用を拡大させて顧客を囲い込む、いわゆる経済圏ビジネス。主力の携帯電話事業での成長が見込めなくなった携帯電話会社がこの事業に力を注いでいることは、これまでにも何度か触れている。その中で、NTTドコモは出遅れていると指摘されてきた。
その理由は、経済圏ビジネスの軸となる金融やEC関連事業が弱かったためだ。そこでNTTドコモは、マネックス証券やオリックス・クレジットを子会社化するなどして金融事業を強化。さらにECに関しても、「amazon.co.jp」を運営するアマゾンジャパンと協業し、amazon.co.jpで「dポイント」が利用できる仕組みを整えるなどして、キャッチアップを急速に進めてきた。
だがNTTドコモの経済圏ビジネスが全ての分野で遅れているわけではない。実は他社と比べ優位性を持つ領域もいくつかある。その代表的なものとして挙げられるのがエンターテインメント領域だ。
NTTドコモは、電子書籍の読み放題サービス「dマガジン」や、アニメ専門の映像配信サービス「dアニメストア」などで、競合を抑え大手サービスとして長年人気を維持している。それに加えて総合映像配信サービスでも、「dTV」を2023年に「Lemino」へとリニューアルしてサービスの強化を進めている。
とりわけ映像配信サービスは、競合の携帯電話会社が「Netflix」など外資の大手サービスに押されて撤退したり、規模を縮小したりしてきた経緯がある。それだけに、dTVから数えるとおよそ9年にわたって外資のサービスと対抗し続けられている様子からは、同社のエンターテインメント関連事業の強さを見て取ることができる。
ボクシングに続きJリーグも、スポーツ配信に注力。
同社のエンターテインメント事業が注力している分野の1つがスポーツである。中でも力を入れているのが、プロボクサーである井上尚弥選手の試合配信だ。実は2018年、映像配信事業を展開していたNTTぷららが井上選手のスポンサーになった。その後2022年にNTTぷららがNTTドコモと合併したことで、現在NTTドコモが井上選手のスポンサーになっている。
それ故2022年以降、NTTドコモは井上選手の主要な試合をdTV、そしてLeminoでライブ配信している。2024年9月3日に実施される井上尚弥選手とTJドヘニー選手、そして武居由樹選手と比嘉大吾選手による2つの世界タイトル防衛戦も、Leminoで独占無料ライブ配信することが2024年7月16日に発表された。
今回の試合ではライブ配信に加え、会場での観戦チケットの販売についても経済圏ビジネスに生かそうとしている。「dカード GOLD」の契約者と「dポイント」の会員基盤「dポイントクラブ」の会員に対しては、他のチケット申し込み方法よりも先行して抽選販売を実施するという。非常に人気の高い井上選手の試合ということもあり、今回の同社の取り組みは注目されるところだ。
NTTドコモが開拓を進めているのはボクシングだけではないようだ。2024年6月にNTTドコモの社長に就任した前田義晃氏は、今後スポーツの領域で注力したい分野としてサッカー、より具体的にはJリーグを挙げている。
Jリーグは現在、スポーツの映像配信サービス「DAZN」を手掛ける英DAZN Group(ダゾーングループ)と放映権契約を結んでいる。だが2023年に契約を見直すなど、両者の関係には変化が見られる。そうしたこともあってか、NTTドコモは「2024JリーグYBCルヴァンカップ」の全試合を、終了後に無料で配信することを2024年2月8日に発表している。
加えて「2024年明治安田J3リーグ」の「ヴァンラーレ八戸」「いわてグルージャ盛岡」「福島ユナイテッドFC」を中心とした試合、そして「2024J2昇格プレーオフ」の3試合をLeminoで無料ライブ配信することも発表した。
「J3」はJリーグの3部に当たり、先の契約更新においてDAZN Groupの関与が薄れている。NTTドコモはそうした下位リーグから配信に乗り出すことで、Jリーグとの関係を強化しようとしている様子がうかがえる。
スタジアム・アリーナ運営をプラットフォームに。
そしてもう1つ、NTTドコモはスポーツ以外のライブエンターテインメントにも大きく関係する動きを見せている。それは2024年6月3日、NTTドコモを代表としたグループが、国立競技場運営事業等公募における優先交渉権者に選定されたと発表したことだ。
これは国立競技場の民営化に向けた運営事業者の選定に向けたものである。交渉が順当に進めばNTTドコモは、大規模なスポーツやライブイベントが多く実施される国立競技場の運営に大きく関与することとなる。
NTTドコモがこれまで手掛けてきたのは、あくまでエンターテインメント関連の配信事業が主。スタジアムの運営に踏み出す理由はどこにあるのか。
以前筆者の取材に対して前田氏は、エンターテインメント事業のさらなる成長に向け、配信事業だけにとどまらずコンテンツの制作や興行などにも直接関与していく方針だと答えていた。その一環として、スタジアムやアリーナなどの施設運営にも大きく関与していく方針のようだ。
実はNTTドコモは国立競技場の運営に乗り出す前の2021年にも、東急や前田建設工業ら複数の企業と「Aichi Smart Arena グループ」を構成し、2021年3月に愛知県と、愛知県新体育館整備・運営等事業に関する基本協定書を締結。2025年開業予定の「IGアリーナ」(愛知県新体育館)の運営に直接関わる方針を打ち出している。
スタジアムやアリーナにNTTドコモが関与することで期待される役割は、従来であれば5G(第5世代移動通信システム)などのインフラ整備や、XR(クロスリアリティー)などの新技術を活用した演出の強化といったところだろう。だが前田氏は、インフラや技術の提供だけにとどまらない取り組みを進めたいようだ。
具体的には、チケットの新たな販売モデルや、飲食までも含めた全体的な施設運営をプラットフォーム化し、他のスタジアムやアリーナなどへ多方面に展開することを、新たなビジネスにしたいとしている。それがNTTドコモの経済圏と大きく結びつくことになれば、他社にない非常に強力な武器となることは確かだろう。
ただエンターテインメント関連の事業は、他の事業とは異なる難しさやリスクがあるのもまた事実である。本格的な事業化に向けては、これまでスマートライフ事業を取り仕切り、エンターテインメント事業にも大きく関与してきた前田氏の手腕が大きく問われるところだろう。