昨日は何周回っても本質は変わらない…という話をしました
一周回って、進化してまたやって来るけど、時代や状況やまとうものや使うものが変わって雰囲気やニュアンスが変わっているとしても、本質は変わらないという事でした
そして残っている、残っていく、のは人間だなぁ~と… (^.^)
その人間も輪廻して巡って行くんだから進化しないといけないんじゃないかという事でした
何でもですが物質次元では経済や産業も発展していってます
どこまで進化するのかと思うぐらい昭和な私達にとってもスピードが速くてついていけないぐらいですね
そして、それに人間の心がついて行かないといけないなぁ~という話でもありました
経済や産業とかの関連で言うと、農業なども最近では若い人達が参画したりして今の時代に革命を起こしているような感じですね
農家の高齢者や高齢者とまでも行かない人にとっても刺激されています
それでも最終は人間が進化を受け入れ、人間も変わって行かないといけないんだなと思う事ばかりですね
土に触れて楽しい、恵みの野菜を人に与えれる事が嬉しい、自然との関わり、人と人との触れ合い…そんな本質は変わらないもんです
根底にそんな気持ちや思いが無ければ使いこなせないし、関わる事にも気持ちが込められない
人間の心の本質のところでしょうね (^.^)
自分が今やっている事でたとえ悩みや困難が目の前に立ちはだかったとして…
同じ事をやるにしても、やり方を変えたり、考えを変えたりするけれど
最初の思いは自分の中の思いであるし
進化する機械や機材を使うとしても思いは変わりませんよね
でもその困難が大きくもっと壁が分厚くなったなら、考えを変えて行くしかない
その考えを変えても駄目なら思いを見直さないといけない時もある
自分の中ではこの思いだけは変えれないと思っても、思いの捉え方が違うのかも知れないんですよね
そこでやっと自分の思いと向き合う事になります
本質は変わらなくても思いの概念がズレているのかも知れない
ある意味本質だと言っても本質は一つでないかもしれない
それだって正解や不正解ではない
進めるしかない、進化するしかない
本質の本質、本質の奥の奥、それは宇宙の創生や人類の創生を証明するぐらい奥深く解明されていない事
でも、そこへ向かって進化するという事で、成長する事なんでしょう
哲学者ニーチェは「真実というものは無い、あるのは解釈だけだ」と言ったそうです
これも同じ事ですよね
江戸川コナン君は言っていますが「真実はひとつ」って (^^;)
解釈は無限です、解釈をどう変えて行くか、どう進化させていくか
「事実は一つです」よね、それにその時々の解釈を変えて対応していくかだけですよね
人間がどれだけ生まれてきても、生きて、死んで、また生まれ変わって、生まれて来た時代が違っても…
その時の時代に合わせ、その時の眼の前の事実に合わせ
人間が「解釈」を変えて行くだけかのかな… (^.^)
それがたとえ困難であっても苦労であっても、病気であっても…です
それが事実であるならば、それに向き合い解釈を変えれば眼の前が変化して行くんでしょう
捉え方と解釈ですね (^.^)
先日、私が価値観をリスペクトしているサイキッカーのウイリアムレーネン氏のブログで書いていました
「変化は祝福です」って (^^;)
人生の変化もいろいろです、それを全て祝福と直ぐに言える人は中々いません
今時のコロナウイルスに罹患する事でも、事故に遭う事でも、失業する事でも、癌の宣告された事でも、一瞬で昨日と違う人生となれば思わず困難や不幸が訪れたと思うでしょう
それを祝福できるのかと思うでしょう
それでも生きてる事実には変わりない、その本質は変えれない
それならば解釈を変えればどうだろう…
常々こんなキーワードを課題の様に与えられたと思う私は色々考えてみるのです
いつもそんなキーワードを与えられている時は自分にも置き換える出来事がリアルにやってきている時だったりする
まあだから今までも鍛えられてきたかも知れない (^^;)
解釈を変える時には多少の擦り込みという努力は必要になるけど
人間って、擦り込もうとすると意外と思い込めるんだな、タフだなと思うんですよね
というより単純なのか、それで眼の前の景色が変わればいう事ないよね (^.^)
人間の「生かされている」という本質は変わりませんから
どうせ生きているんだったらどんな事も幸せだと解釈しながら生きたいもんね !(^^)!
そうやって解釈を変えていく事が人間の本質でもあり、この世の本質なんでしょう (^.^)
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