*今までクレしん映画もテレビアニメもほとんど見たことがない人間が書いた「ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん」の感想です。
ネタバレあり!!
ものすごく、めちゃくちゃガッツリとしたロボット映画だった。
ダメだってそんなことしちゃ。そりゃ泣くって。
本題の前に、とりあえず観ながら思ったことを連ねていくと
・またコロッケ出てるやん!
なに?クレしん映画じゃコロッケは普通に声優枠なん?
・ロボひろしが子供たちを助けるとき、よその家の子たちを先に助けて、一番最後にしんのすけに向かって「掴まれ」って言うのいいな。
息子を信用してるんだね。
・たまに町で急に何か言ってくる偉そうなジジイって、ロボットだったんだ…。
人間かと思ってたからムカついてたけど、ロボットならしゃーないか。プログラムだもんね。
・あ、だからコロッケなんだ…。ちゃんと理由があって呼ばれてたんだね。
これって、五木ひろし側にも許可とってるのかなぁ。
・ロボひろし…そんな悲しいこと悟るなよ…最後に「お前はいい子だ」は反則だよ…
・冒頭で満開だった藤の花が、最後は散って実がついてるっていう、粋な時間経過の表現ね。
見終わったときの切ない気持ちにちょうどいいやつ。
で、全部見終わって思ったこと。
この映画は、ロボットものの作品によく用いられる「純粋にこちらへ愛情を向けてくるロボットを"機械"として扱えるか」というテーマに、「心まで全く同じに出来ている "愛する人のコピー" を、お前は "コピーだから" という理由だけで殺せるか」というテーマを組み合わせてくるという "鬼の脚本" である。
観る者を真っ直ぐ殺しにかかってる。
殺すつもりでやってきてる。
こんな致死量こえた組み合わせのものを「楽しいアニメ映画ですよ」みたいなフリして出してきちゃいけない。
ケツとダジャレで糖衣されてるのでスルッと飲めるけど、普通に死ぬ。
黒岩仁太郎の最大の罪は、「人間のコピーロボットを作るときに、元の人間の愛情までコピーした」てことだよね。
それは、あまりにも残酷すぎる。
「人間の心を模倣しているが、所詮は機械」でなければ、生まれた時点で不幸しかない。
でも、この映画は「ロボとーちゃん」てタイトルの作品だから、「とーちゃんがそのまんまロボットになること」で訴えかけてくる形になる以外無いわけだ。
そしたらまぁ、こうなるよね。
しゃーないね。
しゃーないとはいえさ、本当のひろしの記憶と愛情を持ったまま、ロボットであることを受け入れていくの、辛かったなぁ…。
もう、ロボひろしも含めての家族でやってけばいいじゃん…。
見終わったらなんかもう「洗い立てのタオルケットにくるまって寝たい」ってなっちゃった。
クレヨンしんちゃん怖い。
泣き疲れたから終わるね。
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