雑感録

イザナギを知らない子どもたち

僕は自分のルーツをよく知らない。
両親は幼くしてその両親を失ってる(たぶん)ので、先祖といえば、お年玉の金ヅルであるべきジイサマもバアサマも僕にはいない、ぐらいの感覚しかなかったし、ご先祖様敬うべしといった尊敬の念も持ち合わせていない。
日本の神話を意識したのは成人してからずっと後の話。
小学校の個人調査票(昔はそんなもんがあった)の宗教の欄には母親が「浄土宗」と書いてたみたいだけど、ずっと後になって父親の法事の時の念仏に「法然上人」とかいう言葉が出てきて「ああ、そんなの歴史の教科書に出てきたなあ」と思った程度。
幼いころは近所のおばちゃんにプロステンタント教会の日曜学校に連れて行かれてたけど、牧師の話なんかまともに聞いたこともないし、休みの日に面倒なことをするのがイヤで、しばらくしてやめてしまった。
神社仏閣にお参りしても作法を気にするだけで、お祈りとかお願いとかいうものをしたことがない。

人や生命がどこからきたのかとか地球や世界がどうやって生まれたのかとかいった哲学的な命題は、どこまで理解していたかはさて置いて、幼稚ながらも科学的な感覚で捉えていたんじゃないかな。
ただ、八百万の神なのか全知全能の神なのかは別として、絶対かつ普遍的な神様のようなものの存在は信じていて、道義に反するようなことをすれば神様は必ず見ていてバチが当たるみたいな原初的な宗教観はもっていた。
もちろん、父親はデパートの店員、母親は専業主婦だったので、原初的とはいっても漁に出たお父さんが嵐で死んでしまうとか洪水で一年分の食べ物がなくなってしまうとかではない、もっと間接的なものだけど。

だから、神様っぽいものを具体的に意識したのはたぶんサンタクロースが最初だと思う(これもどこまで本気で信じていたのか分からないけれど)。
ただ、どうせ後からサンタはお父さんだったんだよ〜んと言われるぐらいだったら(特に言われた記憶もないけど)、世界はイザナミとイザナギが作ったとか人間はゼウスやユーピテルが気まぐれで作ったとか最初から教えられといて、後から「嘘ぴょ〜ん」って言われても大差ないような気がするのだけど。

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