【十六】僧を緇衆と謂ふ事〈付・黒衣を著る因縁等の事〉
△諸臣の朝服皆玄袍なるを、俗素と云、僧侶の内衣必ず白色なるを緇徒と云、又黒衣と云。
由来、誠に毛詩に緇衣の篇あり、是をば卿士の朝服也と云り、俗の著る袍の色也、僧の衣に非ず、又論語には喪は主素、吉は主玄、吉凶異服と云て、緇衣をば吉衣と定めたり、但日本紀には、道俗と書て、なひ人しろきぬとよみて、しろきぬをば、白衣の衆とする也、是の儀に叶へり、又出家を緇徒と云は、法衣を云、内衣を指に非ず、抑々僧侶黒衣を著する事は、仏在世の時の法と見たり、且は師資の儀を弁ずると為、且は末世に於いて妙色をして厭いならしむるなりと〈云云〉、
分鈔批に云、仏在世の時に、僧衆一所に集て、飲食を作時に、仏の御弟難陀尊者珍奇色の衣を著して出来る、諸衆皆、世尊の来至を謂ひて、皆出て左右に立つ、近く見れば世尊に非ず、難陀なり。難陀の身長、仏に比して足らざる事、僅かに四指の量なり。爾時、仏、此事を知食て、衆を集て告て曰く、諸僧皆黒衣を着すべし、縦ひ身高く色黄なり共、衣の色を以て師資の差別を弁ずべしと〈云云〉、
其より有る所の出家、黒衣を著す、仍、是を緇徒共、緇衣共、黒衣共云也、
是に対して在家を白衣と云、仁王経等に俗を白衣と説り。
『塵添壒嚢鈔』巻13、カナをかなにするなど見易く改める
ということで、僧を「緇衆」と呼ぶことについて、その典拠などを論じたのが、上記一節である。なお、「緇」という漢字は、「黒」を意味し、更には「黒く染めた布」も意味することをまず確認しておきたい。それで、簡単に意味を採りながら見ておきたいのだが、「諸臣の朝服皆玄袍なるを、俗素と云、僧侶の内衣必ず白色なるを緇徒と云、又黒衣と云」というのが、最初の問題意識である。つまり、朝廷での服は「玄」とあるから、黒だという。一方で、僧侶の内衣が「白色」だから「緇徒」といい、また「黒衣」ともいうとしているが、この辺に矛盾を感じているのだろう。
そして、在家である朝廷の服については、特段、論じていない。一方で、『論語』には「緇衣」を「吉衣」だとしているが、これは語句の用例を探ったというのが正しいといえる。『日本書紀』の一件も同様である。その点、本書では、「又出家を緇徒と云は、法衣を云、内衣を指に非ず」とし、最初の問題意識について、1つの解決を示している。
ただし、以上のことだけでは、まだ典拠を元にしていないので、良く分からないといえる。そこで、上記一節では、「抑々僧侶黒衣を著する事は、仏在世の時の法と見たり、且は師資の儀を弁ずると為、且は末世に於いて妙色をして厭いならしむるなり」としているのだが、典拠としては『分鈔批』を示している。これは、中国の華厳寺・大覚が述した『四分律行事鈔批』(全14巻)のことを指している。そこで、同論を調べてみた。
十誦を案ずるに云わく、長老難陀、仏の弟母より生ずる所なり、仏の身と相似たり。三十相有りて、仏より短きこと四指なり。時に難陀、衣を作るに仏と同量なり。諸もろの比丘、若しくは食する時、食中に遥かに阿難の来たるを見て、謂へらく是れ仏なりと言い、皆、起ちて迎逆するに、我等の大師来たれり、世尊来たれり、と。近づきて乃ち非を知り、諸もろの上座、皆な羞づ。作是の思惟を作す、此れは是れ、我等よりも下座なり、云何が起りて迎えん。難陀、亦た羞づ。言乃ち令諸もろの上座をして起ちて我を迎えしむと言う。諸もろの比丘、是を以て仏に白す。仏言わく、今より応に量を減じて衣を作るべし。若し仏の衣と等量にして作る者は、若しくは過して、皆な犯提なり。
『四分律行事鈔批』巻10「与仏等量衣戒九十」
『壒嚢鈔』はこの一節を引いたのだろうか?少し違う気がする。『四分律行事鈔批』では、法衣の大きさについての議論だが、『壒嚢鈔』では色の問題となっている。ただし、色の問題で調べても、同論中に該当する文脈は見えない。個人的に、釈尊の異母弟・難陀尊者が釈尊より「四指」だけ身長が低かったことについて興味を持ったのだが、それを中心に調べた結果が、上記の巻10だから、該当しないというべきであろう。
そこで、難陀尊者と黒衣について調べていくと、『四分律』に以下の一節を見出した。
世尊、諸もろの比丘に告げ、「自今已去、難陀比丘の黒衣を著するを制す」。
『四分律』巻19
・・・いや、あれ?黒衣が制せられている。そうなると、色袈裟を着けていたことになる。
それで、良く分からないことが多いので、後は雑感。「衣の色を以て師資の差別を弁ずべし」については、典拠不明。この辺、何か出て来れば面白い区別だと思ったのだが、今後の検討課題としたい。そういえば、難陀尊者と釈尊の身長の違いは、諸律で論じるところなので、知られたことなのだろう。5~6センチくらいかな?釈尊が高身長だったことになる。この辺も面白い話だと思った。
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