つらつら日暮らし

村山正栄『彼岸の信仰』に学ぶ1(令和4年春・彼岸会)

今日から春の彼岸会である。よって、この彼岸会は、村山正栄『彼岸の信仰』(三密堂書店・大正14年)を見ながら学んでみたいと思う。ところで、本書を発刊した三密堂書店だが、同名の書店は現在でも京都市下京区内に所在している。その書店と同じかどうか確認はしていないけれども、おそらくは同じなのだろう。店舗名からすれば、密教系ということなのだろうか。

そこで、この村山正栄氏(おそらくは僧侶だったと思う)については、当方の拙い調査では『彼岸の信仰』と同年に『盂蘭盆の信仰』という別の書籍を書いていることは分かったが、それくらいしか分からない。なお、「盂蘭盆」が先で「彼岸」が後である。

早速、本文を学んでいきたい。

彼岸会はかの盂蘭盆会の如く印度に起り次いで支那日本等に行はれし法会ではなく、全く我が日本に於いて自然に起り次第に発達して、遂に民間の一般信仰になれるものである。即ち彼岸会は我が国に於てのみ行はる独自の法会であり、信仰であることは特に注意すべきことである。
    『彼岸の信仰』「一 緒説」1頁、漢字は現在通用するものに改める


まず、ここから学んでいきたい。以上の通り、彼岸会については、インドや中国では行われておらず、日本で起こり、その後発達した法会であるという認識は、おそらく現代でも同様だと思う。なお、上記の一節で、「遂に民間の一般信仰になれるもの」の意味については、おそらく今後の文章の中で、詳しく示されるものだと思う。

さて、日本独自であるという意味について、以下の一節も併せて見ておくべきだと思う。

従つて此会にはかの盂蘭盆会の如く此会の所依とする仏説の聖典はないのである。
    前掲同著・同頁


例えば、盂蘭盆会であれば、『盂蘭盆経』という経典がある。もちろん、同経の成立は、釈尊の直説に還元することは出来ないけれども、3~4世紀頃に中国で活動した竺法護による翻訳だとされるが、この辺も疑いがあるわけである。ただし、それでも、経典があるというのは大きく、基本、その教義的意義などは同経典に依って説明される。

それでは、彼岸会はどうだったのかというと、以下のような経典や関連する文献が制作された。いわゆる偽経である。

然るに古来龍樹菩薩の作と伝へらるゝ天正験記、彼岸功徳成就経、並に速出生死到彼岸経と称するもの世に行はれていよいよ彼岸会即ち彼岸の信仰を鼓吹せらるゝに至りしことは、其の信仰内容の変遷史上より見て確かに興味深かきものである。強に偽作偽経なりとして之れを退くが如きはこれ全く信仰の精神を無視せるものである。
    前掲同著・1~2頁


大正時代末期の段階で、上記のことなどが理解されていたことは、注意されておいて良い。また、偽経だから退けてはならない、というのはとても正しくて、確かに、単純な釈尊原理主義的な信仰を持つ人は、後代の成立文献などを退けたいのかもしれないが、であれば、その原理原則のみで、仏教が成り立つかというと、それもまた誤りである。本書の著者は以下のようにも指摘する。

凡そ如何なる信仰も其の根本精神即ち根本的信仰を失はざるに於ては如何なる信仰も時代的反影として必らずや之れを尊重し苟しくも等閑視すべきものではないのである。
    前掲同著・2頁


実は、本書を読んでみようと思ったのが、この一節の発露にある。つまりは、偽経や、思想的展開に対する著者の態度が、当方のそれに近いのである。当方も、単純な真偽などの基準のみで歴史的展開を考えるべきではないとしており、その意味で、彼岸会はもちろん、つきつめれば盂蘭盆会であっても、人々の習慣や信仰に影響したのであれば、そこに有効点を見出していくべきだと考えているのである。

特にそれが、人々に善行を行わせる理由となるのであれば、尚更である。その意味での「善」に関わる彼岸会を評価すべきだと思っているのである。今日からの七日間、新型コロナに十分に対策していただきつつ、墓参などの善行に努めていただきたいと願う次第である。

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