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エンのご飯

2007-01-31 07:02:52 | 日記・エッセイ・コラム
肩関節の臨床検査について

用語の定義
検査方法の精度・有効性を報告する研究では,特異性,感受性,陽性・陰性予測率と言う用語が用いられる。また多くの研究では,臨床試験の妥当性を検討する手段として一人の検者が何度も検査を行ったときの信頼性(検者内信頼性)と数人の検者が同じ検査を行ったときの信頼性(検者間信頼性)の両者が、比較検討されている。この本で紹介している検査方法も,術中所見や核磁気共鳴映像法(MRI)あるいはX線写真のような他の検査結果としばしば比較検討されている。また,この本で紹介している研究では,臨床的検査の結果が正しかったかどうかを手術時に見られる傷や病変で確認するという方法が,一般的基本デザインとなっている。

感受性
スクリーニングや検査の有効性は,調べたい状態の有無を正確に評価できるかどうかで判定される(Portneyと Watkins,1993)。感受性とは,ある検査方法で検査したときに,正確に「陽性」の結果を得る能力と定義され,実際に障害のある患者中何人に陽性反応が得られたかの割合(%)で表される(Portney と Watkins, 1993)。よって感受性は,検査によってその症状があると正確に特定される人数が増加すると上昇する。そのため,感受性が高い検査ほど見逃されてしまう患者は少なくなり,臨床でも大変役立ってくれる。

特異性
特異性とは,実際に症状のない患者を検査したときに,正確に「陰性」の結果を得る能力のことであり,何人で陰性反応が得られたかの割合で表される。特異性が高い検査ほど,何も症状がないのに陽性となってしまう可能性が少ない。PortneyとWatkins(1993)によると,特異性の高い検査では,検査対象の疾患や症状がない人に陽性反応が出ることはまれである。

感受性と特異性の関係
正確に病変を特定し,状態を把握し,治療計画を立てるためには,高い感受性と特異性の検査が大切なことは間違いない。しかし,この感受性と特異性の関係には,その特性上,トレードオフが存在している。感受性を高くしようとすると,陽性となるための基準を低く設定しているため見落としは少なくなるが(Portney と Watkins, 1993),偽陽性が多くなる(特異性の低下)。逆に判定基準を高くすると,ほとんどの正常人は陰性となるが(特異性の上昇),実際に症状があるにもかかわらず見逃されてしまう人が増えてしまい感受性が低くなる。
診察での見落としが極めて高い危険性をもたらす癌や他の生命に危険を及ぼす疾病を特定する場合には,感受性がとても重要となってくる。この本の中に書かれている,肩関節唇を評価するための手技などの筋骨格系の検査も,不正確な検査結果によって患者を不必要な外科的処置にさらす危険性がある。このような危険性やコストのいずれかが関与している場合は,特異性がより重要となってくる(Portney と, Watkins, 1993)。この本では,多岐にわたった様々な検査方法を提供しているが,うまく検査方法を選択し組み合わせることによって感受性と特異性のトレードオフを最小限にすることが可能である。

的中度
時間を効率的に用いるためにある検査を行うかどうかを判断する場合,検査の的中度を検討する。陽性予測率positive predictive value (PPV)は,陽性反応が出た人が実際に検査の対象になった疾患に罹患している可能性を推定するもので,陽性者と罹患者の割合で表される。非常に高いPPVを示す検査法は,疾患の罹患者をかなり正確に推定することができる。
陰性予測率 negative predictive value (NPV)は,陰性反応が出た人が実際に疾患に罹患していない可能性を示す。Itoiら(1999)は,腱板完全断裂の患者の判別をする際に用いるempty and full can testの有効性を検討し,筋力低下を判定基準にするとfull can testのPPVは49%であったと述べている。このことは,この検査によって著しい筋力低下が認められ陽性と判定された患者の約半数が実際に腱板完全断裂であることを示すと同時に,残りの半数はそうではないことを示している。
臨床の場で陽性・陰性予測率を応用することは,必要以上に科学的であり学術的に思えるかもしれない。しかし,ここで,非常に低いPPVの検査方法を用いて,関節唇損傷に合致する症状を有する患者を検査したときのことを考えてみよう。その検査で陽性反応が出たとしても,この検査だけでは関節唇損傷であるかどうかの確定には至らず,確定するまでにさらなる時間や情報が必要となるだろう。このように,行う検査のPPVあるいはNPVが非常に低いと役立たず、さらに最初の検査結果を確認するために別な検査が必要となってくる。また例えば,関節唇病変を特定するためにclunk testを行うと,患者がより不安感を抱いて力が抜けなくなってしまい,さらなる検査が行なえない。よって,肩の検査を行うときは,最も重要で正確な方法を選択することが大切である。

有病率prevalence
有病率の概念は,臨床検査を適用および解釈する際に考慮される。有病率は,特定の集団にその時点で存在する患者数を表している (Portney と Watkins, 1993)。有病率が高いと,感受性と特異性を兼ね備えた検査を行うことで,患者を正確に特定できる可能性が高くなり,PPVもより高くなる傾向がある。逆に,有病率が低いと,偽陽性になる可能性が非常に高くなる。また,例えば,empty or full can testで腱板完全断裂の検査を行ったとき,腱板完全断裂の有病率に関する知識があると,検査結果の解釈に大いに役立ってくれる。肩の前部に痛みがある11歳のエリート少年テニス選手を検査した結果が陽性であっても,その年齢層での有病率が非常に低いことを知っていれば,棘上筋腱の完全断裂を示唆する可能性は低いことが分かる。一方,肩前部痛のある79歳のテニス選手にempty or full can testで著しい筋力低下が認められれば,高齢者の完全断裂の有病率は非常に高いことから,腱板完全断裂を示唆している可能性が非常に高い。